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『ありがとうを知らない聖女』  作者: 音香(Otoca )


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夜明け

レオナルトは、数日を静かに過ごした。


何かを急ぐことはなかった。


剣を振り、身体の調子を確かめ、魔力の巡りを意識する。


――問題はない。


先日の再調整以降、

魔力が立ち上がるまでの遅れもなく、

流れが滞る感覚も消えていた。



(……戻れる)


そう思えるところまで、確かに来ている。


そして、もう一つ。


ロイとミアが、いつまでもこの屋敷にいられるわけではないという現実。


守られている時間は、永遠ではない。


だからこそ――


決めるなら、今だった。


その日の夕方、レオナルトはロイを呼んだ。


「……王宮へ戻る」


短い言葉だったが、迷いはなかった。


ロイは、一瞬だけ目を見開き、

すぐに深く息を吐いた。


「……はい」


それだけで、十分だった。


「使いを出します」

「準備は、こちらで進めます」



その声には、安堵と覚悟が混じっていた。


戻るという選択は、

終わりではなく、再び始まるということなのだと、二人とも分かっていた。


出立の準備は、静かに進んだ。


レオナルトは屋敷の執事たちを集め、

短く礼を述べ、留守を任せる。


「……またしばらく、屋敷を空ける」


それ以上は言わなかった。


彼らもまた、余計なことは聞かない。


それが、この屋敷のやり方だった。




出立前夜。


レオナルトは、ミアを私室に呼び出した。


部屋には、余計な灯りはない。


窓から差し込む月明かりだけが、床を淡く照らしている。


「……体調は?」


ミアが先に口を開いた。


「問題ない」


レオナルトは頷き、

少し間を置いてから、静かに続けた。


「最後に……試させてほしい」


ミアの視線が、わずかに揺れる。


「魔力分けだ」

「実戦前の確認として」


その言葉に、ミアは一瞬、過去を思い出した。



――深く、静かで、逃げ場のない温もり。

――一度踏み込めば、簡単には止まらなかった感覚。



今のレオナルトが本気で魔力を流せば、

制御が難しくなる可能性もある。


ミアは、小さく息を吸い、ぽつりと呟いた。


「……最近、女性の方とは……してませんよね」


言った瞬間、自分で顔が熱くなるのが分かった。


確認であり、牽制であり、

それでもどこか、臆病な言葉だった。


レオナルトは、一瞬だけ目を瞬かせ、

すぐに口元を緩めた。


「……止められなかったら」


低い声。


「足蹴りでもすればいい」


あまりにも淡々と言うものだから、

ミアは思わず言葉を失った。



そんなこと――できるわけがない。


あなたの温度を知っているのに。


静かで、深くて、安心してしまう、その感覚を。


ミアは小さく首を振った。


「……蹴るのは、ちょっと……」


そして、少しだけ真剣な顔になる。



「触れないように、手を拘束させてください」

「馴染ませる調整は、私がします」



まっすぐ、レオナルトを見る。


「なので……レオナルト様は」


「私に“流す”ことだけに、集中してください」


それは、お願いであり、条件だった。


レオナルトは、短く息を吐き、

迷いなく答えた。


「……わかった」


その一言には、信頼と、覚悟が込められていた。




レオナルトは、ベッドの中央に腰を下ろした。

背は枕のある側にもたれかかるように預け、

脚を軽く開いて、安定した姿勢を取る。


ミアは、その前に立ち、

彼の手首を前側でそっと重ねた。


指先が触れるだけで、

静かな緊張が走る。


「……ほどけなさそうですか」


小さな声。


不安を隠すような問いだった。


「あぁ」


低く、落ち着いた声。


レオナルトは、視線を落とし、

結ばれた自分の手を一度だけ見てから頭の上側に置いた。





ミアは、彼の前に座り、静かに息を整える。


最初は――


教わった通りに。


胸元に、そっと手を置き、目をつぶり、聖力を慎重に流す。


「……焦るな」


低く、落ち着いた声。


「まずは、整えるだけでいい」


その声に導かれるように、

ミアはゆっくりと光を巡らせる。


(……大丈夫……)



だが――


次の瞬間。


レオナルトの魔力が、逆流するように流れ込んできた。



「……っ……」


ミアは目を開きレオナルトに目で訴えた。


息が、喉で引っかかる。


外側からではない。

内側から。

撫でるように。

絡め取るように。



「……どうした」


余裕を含んだ声。


「流しただけだぞ」



「……あ……ん……っ……」


思わず、声が漏れた。


聖力で“触れていた”はずの内側が、

今度は――触れ返されている。


まるで、内部を指先でなぞられているような感覚。


「……声、出てるな」


くすり、と笑う気配。


「さっきまで、随分と冷静だったのに」


ミアは、必死に耐えようとするが、

身体が、言うことをきかない。


魔力の波が押し寄せる。


ミアは小さく身体を震わした。


膝が崩れ―― 


そのまま、レオナルトの胸に伏せた。



「……はぁ……はぁ……」


呼吸が、乱れる。


すると。


レオナルトは、満足そうに口角を上げた。


縛られていた自分の手元へ視線を落とし、

そのまま――口で、紐をほどく。



「……おい」


顎を、指先でくい、と持ち上げられる。


「もう終わりか?」


悪戯っぽい微笑み。


「随分、早いな」


答える余裕もない。



「ここからは、俺の番だな」



次の瞬間、

深く、長い口づけ。


逃がさない。



同時に――


魔力が、一気に流れ込んでくる。



「……っ……!」



全身を、熱が駆け抜ける。


撫でられている。

包まれている。

視界が、とろける。


無意識に、

ミアはレオナルトのシャツを掴んでいた。


「苦しいか?」


低い声が、すぐ耳元で囁く。


ミアが小さく頷いた。



「なら――止めれないな」



そう言って、

ミアをそっとベッドに横たえ、覆いかぶさる。



口づけは、止まらない。


魔力も、止まらない。


「……はぁ……はぁ……」


息を整えようとするが、追いつかない。


それを見下ろして、

レオナルトは、満足そうに目を細めた。


汗でおでこに張り付いた前髪を手で拭い、


「ミア……」

「……かわいいな」



「もう限界か?」



わざと、間を置く。



再び、唇が触れる。


「まだ、終わらない」



先ほどよりも、

はっきりと分かるほどの魔力が、流れ込む。



「……んっ……!」



ミアの身体が、びくりと弾んだ。



口づけが離れ、

耳元、首筋へと、ゆっくり降りていく。


「……レ……オ……」


掠れた声。


「やめ……て……」



「……止めると思ったか?」



静かで、低い命令。


魔力が、完全にひとつになる。


「……あっ……無理……」



「このまま、受け止めろ」



熱が、深く、奥まで染み渡る。


ミアの視界が、白く滲む。


「んっ……あっ……」


声が、溶けた。


もう、制御も、判断もできない。


ただ――

身を委ねるしかなかった。


やがて、

魔力の流れも、意識も、静かに収束していった。


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