表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ありがとうを知らない聖女』  作者: 音香(Otoca )


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/45

再生

レオナルトは、十日間眠り続けた。


深い眠りだった。


夢も、記憶も、ほとんど浮かばない。


ただ、ときおり――


温かい光と、必死に呼ぶ声だけが、遠くで揺れていた。



そして。


十日目の朝。


レオナルトは、ゆっくりと目を開けた。



天井が見える。



眩しさはない。



視界も、揺れていない。



(……?)



呼吸を、ひとつ。


――軽い。


胸の奥に、あの重苦しさがない。


内側を削るような痛みも、倦怠感もない。


恐る恐る、意識を内側へ向ける。



魔力。



確かに――


(……生まれている)


微弱ではあるが、はっきりと“生成されている感覚”があった。


流れている。


循環している。


完全な全盛期ではない。


だが、確実に「生きている力」だった。



「……嘘、みたいだな」



掠れた声が、静かな部屋に落ちる。


もう二度と戻らないと思っていた。


諦めきっていた。


その事実が、遅れて胸に込み上げる。


気づけば、視界が滲んでいた。



一筋の涙が、こめかみを伝って落ちる。



――生きている。

――まだ、立てる。



そのとき、控えめなノック音がした。


「……失礼します」


ロイだった。


扉を開けた瞬間、彼は立ち尽くした。



ベッドの上で、上体を起こしている姿。



開いた目。



(……起きてる)


「……団長?」



信じられない、という声。



「目を……覚ましたんですね」


「……ああ」


短く、だが確かな返事。


「身体の調子は……?」


ロイは慎重に、まるで壊れ物に触れるように尋ねた。


レオナルトは、一瞬だけ間を置き、



「……問題ない」



そう答えた。


その言葉を聞いた瞬間、

ロイの膝が、音もなく床に落ちた。



「……っ……」



肩が震える。


「……よかった……」


声が、詰まる。


「本当に……本当によかったです……」



必死に堪えていた感情が、溢れ出した。


レオナルトは、驚いたように目を瞬き――


それから、ゆっくりと手を伸ばし、ロイの頭を撫でた。


「……心配、かけたな」


低く、穏やかな声。


ロイは何も言えず、ただ深く頷いた。



二人の間に、しばらく言葉のない時間が流れる。


それで、十分だった。




その後、レオナルトは久しぶりに軽い食事を取った。


湯気の立つスープ。


スープを口に運んでも、手は震えない。


食事を終えレオナルトは私室へ戻った。


窓を開け外を眺めても、視界は安定し、食後の倦怠感もない。


(……こんな日が、また来るとは)


思わず、苦笑が漏れる。



そのとき。


ノック音。

今度は、少し軽い。


「……失礼します」


扉の向こうから、聞き慣れた声。


ミアだった。


アイゼン領の教会で、癒しを施して戻ってきたばかりらしい。


旅装のまま、部屋に入ってくる。


そして――


窓際に立っている、レオナルトの背中を見た。


一瞬、言葉を失う。


(……立ってる)


以前よりも、まだ少し細い。


だが、確かに“立つ背中”だった。



「……レオナルト様……」



声が、震える。



「……よかった……」



ミアは、今や纏う魔力の状態が視えるようになった。


壊れ、沈黙していたはずの流れが、

今は静かに、確かに巡っている。


その光景に、涙が静かに零れ落ちた。


レオナルトは振り返り、

迷いなくミアを抱き締めた。



強く。


確かに。


「……ミアのおかげだ」


低く、真剣な声。


「本当に……ありがとう」



ミアは、胸に顔を埋めながら、首を振った。


「レオナルト様が……」

「諦めなかったからです」



小さく、だがはっきりと。


「だから……戻ってきたんです」


レオナルトは、しばらくその言葉を噛み締め、

さらに腕に力を込めた。




それから、数日。


回復は、驚くほど早かった。


元々、人よりも魔力量の多い体質。


生成器官が修復されたことで、

失われていた“巡り”が一気に戻り始めたのだ。



そして――


訓練場。


金属音が、澄んだ空気に響く。


レオナルトとロイが、剣を交えていた。


鋭い踏み込み。


迷いのない太刀筋。


それに続いて、

アイゼン領の騎士たちが次々と挑む。



――だが。


「……勝てません……!」

「次、お願いします……!」


誰一人、レオナルトに一太刀も入れられない。


ロイは、息を整えながら苦笑した。


「団長……」

「少しは手加減してくださいよ」

「この間まで倒れてた人の動きじゃないですよ」


レオナルトは剣を収め、肩を回す。


「……これでも」


静かな声。


「前より、少し違和感はある」

「力も、動きもな」


だが、その言葉とは裏腹に、立ち姿は揺るぎない。


騎士たちは、改めて理解する。



――この男は、やはり“盾”だ。

一度、折れかけても。

失いかけても。

再び、剣を握り、立つ男なのだと。



レオナルトは、空を見上げた。


澄んだ空。


(……戻ってきたな)


すべてではない。


だが、確かに。


時間は、再び動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ