再生
レオナルトは、十日間眠り続けた。
深い眠りだった。
夢も、記憶も、ほとんど浮かばない。
ただ、ときおり――
温かい光と、必死に呼ぶ声だけが、遠くで揺れていた。
そして。
十日目の朝。
レオナルトは、ゆっくりと目を開けた。
天井が見える。
眩しさはない。
視界も、揺れていない。
(……?)
呼吸を、ひとつ。
――軽い。
胸の奥に、あの重苦しさがない。
内側を削るような痛みも、倦怠感もない。
恐る恐る、意識を内側へ向ける。
魔力。
確かに――
(……生まれている)
微弱ではあるが、はっきりと“生成されている感覚”があった。
流れている。
循環している。
完全な全盛期ではない。
だが、確実に「生きている力」だった。
「……嘘、みたいだな」
掠れた声が、静かな部屋に落ちる。
もう二度と戻らないと思っていた。
諦めきっていた。
その事実が、遅れて胸に込み上げる。
気づけば、視界が滲んでいた。
一筋の涙が、こめかみを伝って落ちる。
――生きている。
――まだ、立てる。
そのとき、控えめなノック音がした。
「……失礼します」
ロイだった。
扉を開けた瞬間、彼は立ち尽くした。
ベッドの上で、上体を起こしている姿。
開いた目。
(……起きてる)
「……団長?」
信じられない、という声。
「目を……覚ましたんですね」
「……ああ」
短く、だが確かな返事。
「身体の調子は……?」
ロイは慎重に、まるで壊れ物に触れるように尋ねた。
レオナルトは、一瞬だけ間を置き、
「……問題ない」
そう答えた。
その言葉を聞いた瞬間、
ロイの膝が、音もなく床に落ちた。
「……っ……」
肩が震える。
「……よかった……」
声が、詰まる。
「本当に……本当によかったです……」
必死に堪えていた感情が、溢れ出した。
レオナルトは、驚いたように目を瞬き――
それから、ゆっくりと手を伸ばし、ロイの頭を撫でた。
「……心配、かけたな」
低く、穏やかな声。
ロイは何も言えず、ただ深く頷いた。
二人の間に、しばらく言葉のない時間が流れる。
それで、十分だった。
その後、レオナルトは久しぶりに軽い食事を取った。
湯気の立つスープ。
スープを口に運んでも、手は震えない。
食事を終えレオナルトは私室へ戻った。
窓を開け外を眺めても、視界は安定し、食後の倦怠感もない。
(……こんな日が、また来るとは)
思わず、苦笑が漏れる。
そのとき。
ノック音。
今度は、少し軽い。
「……失礼します」
扉の向こうから、聞き慣れた声。
ミアだった。
アイゼン領の教会で、癒しを施して戻ってきたばかりらしい。
旅装のまま、部屋に入ってくる。
そして――
窓際に立っている、レオナルトの背中を見た。
一瞬、言葉を失う。
(……立ってる)
以前よりも、まだ少し細い。
だが、確かに“立つ背中”だった。
「……レオナルト様……」
声が、震える。
「……よかった……」
ミアは、今や纏う魔力の状態が視えるようになった。
壊れ、沈黙していたはずの流れが、
今は静かに、確かに巡っている。
その光景に、涙が静かに零れ落ちた。
レオナルトは振り返り、
迷いなくミアを抱き締めた。
強く。
確かに。
「……ミアのおかげだ」
低く、真剣な声。
「本当に……ありがとう」
ミアは、胸に顔を埋めながら、首を振った。
「レオナルト様が……」
「諦めなかったからです」
小さく、だがはっきりと。
「だから……戻ってきたんです」
レオナルトは、しばらくその言葉を噛み締め、
さらに腕に力を込めた。
それから、数日。
回復は、驚くほど早かった。
元々、人よりも魔力量の多い体質。
生成器官が修復されたことで、
失われていた“巡り”が一気に戻り始めたのだ。
そして――
訓練場。
金属音が、澄んだ空気に響く。
レオナルトとロイが、剣を交えていた。
鋭い踏み込み。
迷いのない太刀筋。
それに続いて、
アイゼン領の騎士たちが次々と挑む。
――だが。
「……勝てません……!」
「次、お願いします……!」
誰一人、レオナルトに一太刀も入れられない。
ロイは、息を整えながら苦笑した。
「団長……」
「少しは手加減してくださいよ」
「この間まで倒れてた人の動きじゃないですよ」
レオナルトは剣を収め、肩を回す。
「……これでも」
静かな声。
「前より、少し違和感はある」
「力も、動きもな」
だが、その言葉とは裏腹に、立ち姿は揺るぎない。
騎士たちは、改めて理解する。
――この男は、やはり“盾”だ。
一度、折れかけても。
失いかけても。
再び、剣を握り、立つ男なのだと。
レオナルトは、空を見上げた。
澄んだ空。
(……戻ってきたな)
すべてではない。
だが、確かに。
時間は、再び動き始めていた。




