希望の光
レオナルトを寝室へ運ぶよう、最初に口を開いたのはミアだった。
「……ロイ、お願いします」
声は静かだったが、揺れていない。
ロイは一瞬だけ躊躇い、それから頷いた。
「分かりました」
彼は慎重に、しかし迷いなくレオナルトの身体を支えた。
力の抜けた重みが、その状態を物語っている。
ベッドへ横たえられたレオナルトは、目を閉じたまま動かない。
ミアは、深く息を吸い、両手を重ねた。
淡い光が、静かに溢れる。
――癒し。
聖女として、最も慣れ親しんだ力。
光は確かに流れ込む。
けれど。
(……反応が、薄い)
欠けているのではない。
壊れている。
器の不足ではなく、構造そのものが歪み、断たれている。
光は弾かれ、染み込まず、留まらない。
レオナルトが、ゆっくりと目を開けた。
「……もう、いい」
声は小さく、だが穏やかだった。
「ありがとう」
それは、礼であり、別れに近い諦めだった。
ミアの胸が、きゅっと締まる。
ロイが一歩前に出た。
「……今日は、ここまでにしましょう」
優しいが、はっきりした声。
「今は、休ませるのが先です」
ミアは唇を噛みしめ、頷いた。
「……はい」
ロイに促され、二人は客間の寝室へ戻った。
ミアは、椅子に腰掛けたまま動けずにいた。
窓の外は、いつの間にか明るくなっている。
夜が、終わっていた。
(……どうしたらいい)
癒しの光は、身体の傷なら治せる。
回復魔法なら、疲労も、痛みも取り除ける。
でも――魔力は。
魔力を生み出す器官の損傷……
それは、人間で言えば、心臓のようなものではないか。
心臓が止まれば、人は生きられない。
けれど、移植という可能性がある。
では――
(……生成器官そのものを、狙う?)
構造を“治す”のではなく、
機能を“再構築”する。
癒しと回復を、同時に。
一点に集中させて。
考え込むミアの前に、ロイが静かに紅茶を置いた。
「……温かいですよ」
責めない。
急かさない。
ただ、隣にいる。
その存在に、ミアは小さく息を吐いた。
「……ありがとう、ロイ」
彼は何も言わず、微かに微笑んだ。
夕刻。
レオナルトは、ゆっくりと目を覚ました。
身体が――軽い。
完全ではない。
だが、朝方までの、あの削られるような苦しさが和らいでいる。
(……ミアの、癒し……か)
扉が開き、ロイが様子を見に来た。
「……目、覚めましたか」
「……ああ」
短い会話が続く。
その後、執事に案内され、ミアが入ってきた。
その目は、迷いを捨てていた。
「お願いがあります」
ミアは、二人を見た。
「もう一度、聖力をかけさせてください」
レオナルトは、静かに眉を寄せる。
「……無理はするな」
「お前も、完全ではないだろう」
「それでもです」
ミアは、深く頭を下げた。
「もう一度、お願いします」
沈黙。
やがて、レオナルトは低く言った。
「……俺が拒否したら、そこで終わりだ」
ミアは、頷いた。
「はい」
そして、ロイを見た。
「……お願いがあるの」
「二人にしてもらえますか」
それは、揺るぎない決意だった。
ロイは一瞬目を閉じ、それから言った。
「……廊下にいます」
「危険だと判断したら、止めに入ります」
それだけ告げ、静かに部屋を出る。
ミアは、ゆっくりとレオナルトに近づいた。
彼は、当然のように“横で癒す”のだと思っていた。
だが。
「……失礼します」
その一言とともに、ミアはベッドに上がった。
そして――
レオナルトの下腹部に跨るように、馬乗りになる。
一瞬、レオナルトの身体が強張る。
「……ミア?」
ミアは答えず、両手を彼の胸に当てた。
心臓の鼓動。
その奥。
さらに深く。
目を閉じ、探る。
壊れた場所。
歪んだ流れ。
塞がれ、裂け、絡まった“道”。
(……ここ)
光が、今度は一点に集中する。
温かい光が、魔力の通路をなぞり、全身を巡る。
レオナルトは、息を呑んだ。
――来ている。
確かに、来ている。
だが、それは癒しではない。
修正。
再構築。
ピキッ、と内部で何かが鳴る。
「……っ……」
思わず、低く唸る。
痛みだ。
鋭く、鈍く、内側を削るような。
レオナルトは布団を強く握り、歯を食いしばる。
修復箇所は、ひとつではない。
無数だ。
ミアの額から、汗が滴り落ちる。
(……それでも)
心の奥で、はっきりと想う。
(私が助ける)
今まで、ずっと助けられてきた。
守られてきた。
(今度は、私が絶対助ける)
その瞬間。
光が、一段階、強くなる。
眩しいほどの聖光。
ミアの胸の奥で、何かが――“はまる”。
砕けていた心が、最後の欠片まで揃う感覚。
恐れも、迷いも、躊躇も。
すべてが、ひとつの想いに収束する。
――守りたい。
――助けたい。
ミアの心は、完全に戻った。
光は、壊れていた箇所をひとつずつ塞いでいく。
痛みは、続く。
だが、破壊ではない。
再生だ。
やがて。
光が、静かに収まった。
ミアは、汗だくのまま、目を開ける。
レオナルトは、激痛に耐えきれず、意識を失っていた。
だが。
顔色は、明らかに違っている。
血の気が戻り、呼吸が深い。
ミアは、その姿を見つめながら、静かに息を吐いた。
(……賭けた)
そして――
(……繋いだ)
結果がどうなるかは、まだ分からない。
けれど。
もう、戻らない。
この選択だけは。




