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『ありがとうを知らない聖女』  作者: 音香(Otoca )


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違和感の答え

ミアは、最近よく息を止める。


理由は分からない。


けれど、胸の奥に小さな棘が残っている。


朝、神殿で祈りを捧げても。


回復魔法を使っても。


誰かに微笑みかけても。


(……足りない)


何かが、決定的に。


聖力は、ほぼ戻っている。


心も、ほとんど。


それなのに――


“守られている感覚”だけが、欠けていた。


レオナルトがいない。


それは分かっている。


領地へ戻った、と聞いた。


でも。


(……違う)


不在そのものじゃない。


説明されなかったこと。


選ばせてもらえなかったこと。


それが、静かに胸を締め付ける。



「……ミア?」


ロイの声で、我に返る。


「大丈夫です」


そう答えながら、ミアは自分に嘘をついていると気づく。


大丈夫では、ない。



その日の夜。


ミアは一人、王宮の資料室に足を運んだ。



聖女の記録。

魔力共有の報告書。

団長職の異動履歴。



【レオナルト・フォン・アイゼン

魔力機能の重大損傷により、戦闘職不適格 退職】


「……退職?」


声に出して、初めて実感する。


(……知らされてない)


その瞬間、違和感は“確信”に変わった。


守られていたのではない。


遠ざけられていたのだ。


「……私、蚊帳の外だった」


拳が、小さく震える。


選ばれなかったのではない。


選ばせてもらえなかった。


ミアは、ゆっくりと立ち上がった。


もう、黙って受け取る側ではいられない。


その夜、ミアはロイを呼び止めた。


逃げ場を与えない距離で、真正面から。


「……ロイ」


名を呼ぶ声が、少しだけ震えている。


「いつから、知っていたんですか」


ロイの肩が、わずかに強張った。


「……団長のことです」


答えを待たず、ミアは続ける。


「いつから知っていたのか」

「どうして、私に言わなかったのか」


責める声ではない。


けれど、逃がさない問いだった。



沈黙。



ロイは視線を逸らしたまま、しばらく言葉を探す。


「守りたかっただけです」

「……団長が、そう望んでいました」

「誰にも言うなと」

「あなたには、特に……」


その答えに、ミアの喉が詰まる。


「守るために、隠したんですか」


静かな声。


だが、その一言は鋭かった。


ロイは、はっと顔を上げる。


「……違います」


「魔力機能の重大損傷とはどうゆうことですか」


ロイは、唇を噛みしめた。


「魔力を“生み出す”器官が壊れたんです」


その瞬間。

ミアの顔から、すっと血の気が引いた。


「……壊れた?」


絞り出すような声。


ロイは、ゆっくりと頷く。


「はい」



沈黙。



言葉も、呼吸も、止まったような静けさ。


やがて、ミアは深く息を吸い、もう一度立ち上がった。


「……行きます」


ロイが、思わず声をかける。


「ミア……!」


「探します」


震えている。


けれど、目は揺れていない。


「今度は、私が」


守られるだけの聖女ではない。

選ばせてもらう存在でもない。


――自分で、行く。




王宮の回廊は、夜でも明るい。


灯り。警備。結界。


すべてが、**「聖女は守られるもの」**として配置されている。



ミアは、その中央に立っていた。


「聖女ミア。これ以上は――」


衛兵の声が、途中で止まる。


ミアの足元から、淡い光が広がった。


派手な聖光ではなく、意思の強い光だった。



「私は、逃げません」



静かな声。


「命令にも背きません」

「でも……従うとも、言っていません」



大神官が一歩前に出る。


「聖女、越境は認められない」

「それは王権への――」


「違います」


ミアは、はっきりと言った。


空気が、張り詰める。


ロイが、半歩前に出た。


副長としての立ち位置。


「通してください」

「責任は、私が負います」



王宮側の視線が、ロイに集中する。


だが、ミアは首を振った。


「いいえ」


一歩、前へ。


「私が行きます」 「私の意思で」 「私の足で」


聖力が、静かに波打つ。


結界が、軋む。


結界が軋んだ瞬間、ミアの指先が、わずかに震えた。


しかし壊さない。


押し通すのでもない。


“拒まないで通る”――聖女としてではなく、一人の人間として。



沈黙ののち。



国王の声が、奥から落ちてきた。



「……行きなさい」


短い言葉。


「だが、戻る道も、覚悟も――忘れるな」


ミアは、深く一礼した。


「はい」


その背中は、もう迷っていなかった。



――――――


アイゼン領は、静かだった。


レオナルトは屋敷の書斎で、書類を閉じる。


魔力は、ほとんど感じない。


呼吸のたびに、胸が重い。


(……今日も、駄目か)


回復は、しない。


それでも、生きている。


――それでいい、と言い聞かせている。


その時。


遠くで、馬の音がした。


違和感。


使用人が慌てて駆け込む。


「だ、団長……いえ、領主様……」


言い直したことに、胸が少しだけ痛む。



「……聖女様が」



一瞬、思考が止まる。



「……誰が?」



「聖女ミア様と、副長ロイ様が……」



立ち上がろうとして、膝が揺れる。


(……来るな)


そう思ったのに、胸の奥が、確かに安堵していた。


ミアは屋敷の玄関まで急いだ。

近づく気配。


扉が、開く。



そこに立っていたのは――


確かに、レオナルトだった。


だが。

少し痩せて、弱ってみえた。


それでも、芯はまっすぐで。



「……来るなと言ったはずだ」


低い声。

拒絶ではない。

自制だった。



ミアは、一歩踏み出す。



「……言われてません」


その一言で、レオナルトの表情が揺れた。



ロイは、二人の間に立たない。


ただ、後ろにいる。


これは、ミアの選択だから。




屋敷の執事に客間へ案内された。


客間へ通されると、ミアは旅装のままレオナルトに感情をぶつけた。



「どうして、言わなかったんですか」


挨拶の、間もない。


最初の言葉が、それだった。


レオナルトは、一瞬だけ目を伏せる。


「……必要ない」


「私にとっては、必要でした」


間髪入れず。

同時に。


「壊れるなら、壊れるって」

「いなくなるなら、いなくなるって」

「……選ばせてほしかった」



声が、少しだけ揺れる。


だが、泣かない。


レオナルトは、静かに息を吐いた。


「選ばせたら、お前は止めるだろし、付いて来ただろう」


「来ました」


即答。


「でも、それは“私が選んだ”結果です」


レオナルトの指が、わずかに震える。


「……それが、嫌だった」


低い声。


「お前に、代償を背負わせるのが」


「背負うって……」


ミアは、レオナルトの瞳をまっすぐ見た。


「あなたが全部背負う方が、ずっと残酷です」


その言葉に、レオナルトの表情が崩れる。


ほんの一瞬。


ロイが、二人の横に立った。


「団長」


声は抑えているが、強い。


「もう“一人で決める”段階は、終わっています」


「……ロイ」


「あなたが守った未来に」

「あなた自身が、含まれていないのは――おかしい」



沈黙。



三人の間に、言葉にならない感情が溜まる。


怒り。 安堵。 後悔。 愛情。


すべてが、同時に存在していた。


ミアは、そっと手を伸ばす。


震えながら。


レオナルトの袖を掴んだ。


「戻れないなら」

「壊れてしまったのなら」


一呼吸。


「それでも、私は、あなたのそばに立ちます」


レオナルトの喉が、詰まる。


「……それは、俺が選ぶことじゃない」


「だから」


ミアは、微かに笑った。


「今度は、三人で決めましょう」


ロイが、小さく頷く。


「逃げません」

「置いてもいきません」



レオナルトは、ゆっくりと目を閉じた。


盾として生きてきた男が、

初めて――守られる側に立たされる瞬間だった。



「……厄介だな」



かすれた声。


だが、その言葉の奥に、拒絶はなかった。


夜は、静かだった。


けれど――


三人の関係は、ついに逃げ場のない場所へ踏み込んだ。


言葉が足りないまま。


それでも、背を向けずに。


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