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『ありがとうを知らない聖女』  作者: 音香(Otoca )


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30/45

愛しい温もり

夜は、静かに深まっていた。


ミアは自室で、夜着に着替え、寝台の端に腰掛けていた。


薄い布越しに伝わる空気が、ひどく落ち着かない。



(……緊張、してる)


心はまだ半分しか戻っていないはずなのに、

胸の奥には、次々と感情が湧いてくる。


不安。

期待。

怖さ。


そして――わずかな、熱。



深呼吸をひとつした、その時。


控えめなノック音が響いた。


「ミア、私です」


ロイの声だった。


扉を開けると、そこに立っていたのは、

いつもの騎士装束ではない、ラフな部屋着のロイだった。


きっちり整えられていない髪。


肩の力を抜いた立ち姿。


それだけで、胸がきゅっと鳴る。


「……どうぞ」


二人は向かい合って腰を下ろし、

用意してあったお茶を挟んで、静かに待った。


言葉は少ない。


だが、沈黙は気まずくない。


ロイは、湯気の向こうからミアを見ていた。



(……緊張している)


それが、はっきり分かる。


「無理は、しませんから」


低く、穏やかな声。


「嫌だと思ったら、すぐ言ってください」


ミアは、少しだけ微笑んだ。


「……はい」


約束の時間を過ぎても、扉は開かない。


ロイとミアは、自然と視線を交わす。


「……遅いですね」


「そうですね……」



その時。


再び、ノック音。


「悪い、待たせたな」


扉の向こうに、レオナルトが立っていた。


少し疲れたような表情。


だが、目は静かに澄んでいる。


ミアが立ち上がり、声をかけようとした、その前に。


レオナルトは一歩近づき、

何も言わず、ミアの頭を優しく撫でた。


そして――


額に、そっと口づける。



一瞬で、空気が変わった。


「……」


ミアの呼吸が、わずかに乱れる。


「遅くなった」


それだけ言って、レオナルトはロイに軽く頷いた。


視線が交わる。

言葉はいらない。

レオナルトは寝台の中央に腰を下ろし、

背をヘッドボードに預け、足を伸ばす。


「おいで」


低い声。


ミアは、導かれるまま、その間に座らされた。


背後から、レオナルトの腕が回る。


包み込むような抱擁。


重く、確かで、逃げ場のない安心感。


ロイも、静かに寝台へ上がり、

ミアの前に膝をつく。


両手で、そっと頬を包んだ。



「……先に、私から」


「俺は後ろから、馴染ませる」


短いやり取り。

合図のように、ロイが顔を近づける。


「……ミア」


名前を呼ばれて、

ミアの喉が、無意識に鳴る。


唇が、触れた。

深くない。

だが、逃がさないキス。


「……ん……」


小さな吐息。


ロイの指が、頬から顎へ、

ゆっくりとなぞる。


焦らない。


確かめるように、何度も口づける。


ミアは恥ずかしさより先に、“心地いい”が来てしまう。


ロイの魔力は、いつも通り、柔らかい。


温度を持ち、感情を含みながら、静かに流れ込む。


ミアの身体が、自然とそれを受け入れていく。


背後から、レオナルトの腕が、少しだけ強まった。

逃がさない、というより――支えるように。


(……ミア)


自分に言い聞かせるように、呼吸を整え、ミアの首筋に口づけた。


ロイは一度だけ唇を離し、額を寄せた。


「……大丈夫ですね」


「……はい……」


その返事を聞いて、

再び、ゆっくりと口づける。


今度は、少し深く。


レオナルトの魔力が、背後から静かに重なる。


包み込むような圧。 押さえつけるのではなく、逃げ場を与えない安定。


ミアは、思わず小さく息を吐いた。


「……ぁ……」


「……大丈夫だ」


耳元で、低い声が落ちる。

それだけで、背中に預けた体から力が抜けていく。


前にいるロイが、その変化を見逃さない。


「……ほら、こっち」


両手で頬を包み、ゆっくりと顔を上げさせる。


視線が合った瞬間、ロイは迷いなく唇を重ねた。


深いが、急がない。 確かめるように、何度も。

ミアの指先が、無意識にロイの胸元を掴む。


「……ん……」


小さな声が漏れた瞬間、 背後から、レオナルトの腕がきゅっと締まった。


「……声を、殺さなくていい」


抑えた声。 だが、その響きには熱がある。


レオナルトの唇が、ミアの背中に触れる。

キスではない。 触れるだけ。

それだけで、魔力が一段深く流れ込んだ。


触覚として流れ込む。


温度。

圧。

撫でられているような、錯覚。


ミアはロイの胸元を掴んでいた手を力なく押した。


するとロイは一度、唇を離した。


「……っ……待って……」


ミアはうつ向き、息を整えようとした。


しかし、頭も身体ついてこない……



次の瞬間――


レオナルトは、ミアの顎に指をかけ、角度を変え、持ち上げた。


ロイよりも深く、熱を含んだキス。


大人の余裕で、唇の重なりを支配する。


「……っ……」


ミアの喉から、力の抜けた声が零れる。


レオナルトは、唇を離さずに低く囁く。


「今は、感じるだけでいい」


命令と甘さが、同時に流れ込む。


魔力が、内側から静かに広がる。


ロイとは違う、触れられている感覚と、溶けるような温度。


ミアの身体が、完全に預けられる。


「……レオ……っ……」


息が、甘くなる。


レオナルトは、口角だけをわずかに上げた。


「もうとろけてるな」


その言葉だけで、ミアの頬が熱を帯びる。




「団長、今のはさすがに反則です」


ロイはただ、静かに笑った。


「……今度は、私の番ですね」


囁きは穏やかで、声に余裕がある。


顎に指を添え、視線を上げさせる。

急がない。 逃げ場も残す。


唇が触れる直前で、わざと止めた。


「さっきみたいに、奪われるの……嫌じゃないでしょう?」


答えを待たず、深く口づける 、何度も、確かめるように。


「……んっ……んっ……ぁ……」


触れるたび、ミアの体が小さく揺れるのを、ロイは見逃さない。


「……ほら」


低く、穏やかな声。


しかし、止めてくれる気配もない。


「も……ぅ……んっ……!っ……」


ミアの呼吸が乱れた、その瞬間。


ロイは満足したように、ほんの少しだけ魔力を弱めた。


前と後ろ。


異なる熱が、同時に触れる。


ロイの指先は、慣れた位置に落ち着き、

レオナルトの腕は、離さない。


「力抜いて……」


「受け止めろ」


命令と同時に、魔力が強く絡む。



ミアの喉から、抑えきれない息が零れ、身体がびくりと大きく揺れる。


それと同時にミアの心では光が集まり、塞がっていく感覚があった。


魔力が応えるように脈打つ。



レオナルトの額が、ミアの髪に触れる。


「……温かいな」


それだけの言葉。


(……我慢しろ)


余裕は、もうほとんどない。

それでも、抱き締める力を緩めない。


ロイは、そんな気配に気づきながらも、あえて何も言わない。

今は――

三人で“流す”時間だから。

やがて、ミアの呼吸がゆっくりと整い、 体から力が抜けていく。


ミアは、やがて意識がふっと遠のいていく。

最後に感じたのは、

二つの温度と、確かな安心だった。



――眠りに落ちる。


(……ここまで、だな)


レオナルトは、腕の中の重みを感じながら、 胸の奥で、何かが静かに切れる音を聞いた。


(……あ)


立ち上がり、深く息を吐く。


「……ロイ」


声は、少し掠れていた。


「ミアが起きるまで、そばにいてやってくれ」

「……あとを、頼む」


それだけ言うと、振り返らずに部屋を出る。


私室へ戻る廊下は、やけに長かった。


(……終わったな)


魔力の感触がない。


レオナルトは、静かに扉を閉めた。




一方、ロイは、眠るミアのそばに座り、

そっと髪を撫でていた。


(……無事だ)


安堵と、言葉にできない重さを胸に抱きながら。


夜は、まだ深かった。


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