沈黙の絆
ロイは、その夜、ほとんど眠れなかった。
目を閉じると、浮かぶのはレオナルトの背中だった。
治療室を出ていくときの、あの歩き方。
いつもと同じ速度。
いつもと同じ姿勢。
――だからこそ、分かった。
(……気のせいじゃない)
思い返すほど、違和感ははっきりしてくる。
(……無理をしている)
魔力の流れは、確実に乱れていた。
共有の最中、ミアの聖力が安定していく一方で、
レオナルトの魔力だけが、外へ、外へと押し出されていた。
それは“役割”を果たす流れではない。
削る流れだ。
魔力の流れ。 言葉の少なさ。 そして――あまりにも、踏み込みすぎない態度。
(……距離を、取られている)
自分とミアから。
意図的に。
ロイは、ベッドに腰掛けたまま、両手で顔を覆う。
(……俺は、何を見ないふりをしていた)
(……団長は……一人で、引き受ける気だ)
ロイは、唇を噛んだ。
共有を選んだ。
三人で進むと決めた。
それなのに――
最も重いものを、最も口数の少ない男が、黙って背負っている。
それは、許容ではない。
一番無理をしている人間を放置している。
それは、騎士としても、 副長としても、 そして―― 一人の男としても、許されない。
――――――
翌朝。
ロイは、団長執務室の前に立っていた。
ノックの前に、深く息を吸う。
感情ではなく、覚悟を整える。
扉を叩く。
「……入れ」
低く、端的な声。
中に入ると、レオナルトは机に向かっていた。
書類は整い、姿勢は正しい。
魔力も、表面上は安定している。
――完璧だ。
だから、ロイは回りくどい言い方をしなかった。
「団長」
「何だ」
「魔力の巡りが、落ちています」
一瞬。
本当に一瞬だけ、
レオナルトの指が止まった。
だが、すぐに書類へ戻る。
「問題ない」
即答。
切り捨てるような声音。
「業務に支障は出ていない」
ロイは、一歩前に出た。
副長としての距離。
だが、声は低く、感情を抑えている。
「……それは、表の話です」
レオナルトが、顔を上げる。
冷たい視線。
「裏を覗く権限は、誰にも与えていない」
拒絶だ。
はっきりとした線引き。
ロイの胸が、わずかに痛む。
(……これだ)
これが、レオナルトのやり方。
踏み込ませないことで、守る。
「それでも」
ロイは、引かなかった。
「共有の魔力運用は、私の管轄でもあります」
「副長として、把握義務がある」
肩書きを、あえて出す。
感情論ではなく、職務として。
「昨日の共有後、団長の魔力回復は確認されていません」 「外部からの安定処理が、限界を超えています」
沈黙。
空気が、冷える。
「……だから何だ」
レオナルトの声は、さらに低くなる。
「俺が壊れる前に、代わりがいるとでも言うのか」
その言葉に、ロイの喉が詰まった。
(……自分を、切り離している)
それでも、言わなければならない。
「違います」
はっきりと。
「あなたが壊れたら、共有そのものが崩れます」
「それは、ミアにとって一番残酷です」
一瞬だけ、
レオナルトの瞳が揺れた。
だが、すぐに閉じる。
「……ミアは、守られる」
冷たい声。
「俺が立っている限り」
ロイは、拳を握った。
「その“限り”が、もう短いとしたら?」
静かな問い。
「あなたは、誰にも言わず、誰にも触れさせず」
「一人で終わらせるつもりですか」
レオナルトは、ゆっくりと立ち上がった。
圧が、室内を満たす。
「踏み込みすぎだ、ロイ」
「承知しています」
ロイは、一歩も退かない。
「ですが、これは“共有の一部”としての判断です」
一拍。
「あなたが黙るなら」 「私が動きます」
それは宣言だった。
副長として。
共有を選んだ一人として。
「治療師に連絡を入れます」
「王宮の監査記録も洗い直す」
「魔力損傷の痕跡を、正式に残します」
「命令ではありません」
視線を逸らさず、続ける。
「……あなたを、一人にしないためです」
長い沈黙。
やがて、レオナルトは小さく息を吐いた。
「……厄介な男になったな」
皮肉のようで、どこか力がない。
ロイは、静かに答える。
「あなたが、そう育てました」
レオナルトは、目を閉じた。
「……ミアには言うな」
低い声。
懇願に近い。
ロイは、首を振った。
「約束できません」
「彼女は、癒す役割を選び始めています」
「知らずに関わらせる方が、残酷です」
再び、沈黙。
レオナルトの肩が、わずかに下がった。
「……勝手にしろ」
それは、拒絶ではなかった。
許可だった。
――――――
その日から、ロイは動いた。
治療師との面会。
王宮記録の精査。
魔力損傷に関する、非公式だが確実な報告。
派手にはしない。
だが、逃げ場も残さない。
(……これは、戦いじゃない)
守るための配置だ。
夜、回廊を歩きながら、ロイは思う。
ミアにとって――
(俺は、恋人かもしれない)
(共有の一部かもしれない)
どちらでもいい。
今は――
沈黙を破る役目を、選んだだけだ。
――――――
その頃、レオナルトは一人、執務室に残っていた。
書類を閉じ、椅子にもたれる。
胸の奥が、鈍く痛む。
(……気づかれたな)
それでも、後悔はない。
ミアに辛い思いをさせないためなら、
自分が削れることなど、選択ですらない。
(……だから)
自分の恋心には、蓋をする。
近づかない。
求めない。
必要な時だけ、役割としてそこにいる。
それでいい。
(……それで)
そう言い聞かせながら、
レオナルトは再び立ち上がる。
誰にも悟られないように。
誰にも頼らないように。
盾の位置へ戻るために。
――その背中は、相変わらずまっすぐだった。
ただ、以前よりも、確実に重くなっていた。




