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『ありがとうを知らない聖女』  作者: 音香(Otoca )


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沈黙の闇

ロイは、最近よく足を止めるようになった。


理由は、分かっている。


――考えてしまうからだ。


廊下を歩いていても、

書類に目を通していても、

ふとした拍子に、胸の奥が揺れる。


(……俺は、どこに立っている)


ミアの隣か。


それとも、“共有”という枠の中か。


湖での時間は、確かに甘かった。


ミアの体温も、声も、迷いなくこちらを選んだあの瞬間も、すべて本物だった。


なのに。


(それで、いいのか)


問いが、消えない。


ミアを想う気持ちは恋だ。


独占したい衝動も、はっきりとある。


けれど同時に、

彼女が壊れずに生きるために必要なのが“三人”だという現実も、ロイは誰よりも理解していた。


(……奪えば、彼女は笑わなくなる)


そう分かっているからこそ、

自分の欲をどこまで許していいのか、分からなくなる。


ロイは、拳をぎゅっと握る。


若くないわけじゃない。


だが、軽くもない。


これは遊びじゃない。


未来を分け合う話だ。


――そして、その重さは。


自分だけのものではない。




――――――


レオナルトは、限界に近づいていた。


自覚は、ある。


身体が重い。


魔力の巡りが遅い。


剣を握っても、以前ほどの確信がない。


(……まだ、立てる)


そう言い聞かせながら、彼は一歩先へ出続けていた。


王宮からの圧は、完全には消えていない。


ただ、形を変えただけだ。


監視。

牽制。

沈黙という名の期待。


――早く、結論を出せ。


誰も言わないが、

その圧は確実に、レオナルトの背に乗っていた。


(……俺が折れれば、全部が崩れる)


ミアも、ロイも、

そして“共有”という選択そのものも。


だから、休まない。


甘えない。


……甘えることを、覚えてしまったのに。


ふと、思い出す。


眠っている自分の手を、

黙って握り続けていたミアの温度。


(……弱いな)


自嘲に近い息が漏れる。


守ると決めたはずなのに、今は――守られている。


それが、少しだけ怖かった。



――――――


その夜、ミアは一人で祈っていた。


神殿ではない。


自室の、小さな灯りの下。


祈りの言葉は、途中で止まる。


(……何を、願えばいいんだろう)


誰かを選びたい。


でも、誰かを失いたくない。


ロイの腕の中で感じた、確かな愛。


レオナルトの背に預けた、絶対的な安心。


どちらも、嘘じゃない。


(……ずるいよね、私)


半分しか戻っていない心で、

こんなにも欲張りになっている。


それでも。


ミアは、そっと胸に手を当てる。


二つの魔力が、まだ静かに共存している場所。


拒絶も、拒否も、していない。


(……今は、決められない)


逃げではない。

先延ばしでもない。


ただ――


“決めるための時間”が、必要だった。


ミアは目を閉じる。


(……お願いだから)


誰にも聞こえない声で、祈る。


(もう少しだけ、三人でいさせて)


決断は、まだ先。


でも、覚悟は芽生え始めている。


それぞれが、

それぞれの場所で、

同じ未来を思いながら。


静かに、しかし確実に―― 次の一歩へ向かっていた。



――――――


数日後。


レオナルトは、自分の魔力の巡りが悪くなっていることを、誰にも悟らせないようにしていた。


理由は、ひとつしかない。


――ロイとミアの空気が、変わったからだ。


並んで歩く距離。

視線を交わす時間。

触れなくても分かる、あの甘さ。


(……恋人同士、だな)


胸の奥で、静かに理解する。


二人は、言うだろう。


甘えていい、と。

無理をするな、と。


だが――


(逆の立場なら、俺は……)


想像するだけで、胸が詰まる。


自分がミアの隣で笑い、

ロイがその様子を“理解したふり”で見守る。


それは、もう耐えられそうにない。


本気でミアを愛してしまったんだ……


だからこそ、レオナルトは選んだ。


自分が耐える側でいることを。




回廊の向こうから、二人が歩いてくる。



ロイとミア。


自然に肩が近い。

言葉は少ないが、空気が柔らかい。



ミアが先に気づき、足を止めた。



「……レオナルト様」


「どうした」


声は、いつも通り低く、落ち着いている。



ミアは少し迷ってから、正直に言った。


「最近……聖力の巡りが、少し不安定で」

「三人で、魔力分けをしてほしいんです」


ロイが、隣で補足する。


「無理なら、別の日でも――」


「わかった」


遮るように、しかし穏やかに。


「今夜だな」



それだけ。


理由も、条件も、聞かない。



ミアはほっとしたように微笑み、

ロイは一瞬だけ、レオナルトを見た。


(魔力が乱れている?)



――違和感。



だが、それを言葉にする前に、レオナルトは視線を外していた。



(……気づくな)



それは命令ではなく、祈りだった。




――――――


夜。


結界を張った治療室。

灯りは落とされ、空気が静まり返っている。


ミアは寝台に横になり、左右にロイとレオナルト。


ロイの魔力は、相変わらず温度を帯びている。


感情と共に流れる、柔らかな熱。

ミアの表情も、昼より柔らかい。



(……甘いな)



レオナルトは、そう思いながらも、顔には出さない。


自分の役割を、正確に理解している。



――安定。

――制御。

――馴染ませるための“土台”。



魔力を流す。


外から、慎重に。


だが、内側が悲鳴を上げる。


(……く……)



以前なら問題なかった量が、

今は、骨の内側を削るように痛む。


それでも、表情は変えない。


ミアが、小さく息を吐く。


「……大丈夫、です」


ロイが、すぐに反応する。


「無理していませんか」


「ええ」


その声は、どこか甘い。


レオナルトは、淡々と告げた。


「今日はここまでだ」

「安定している。問題ない」



魔力を引き、結界を解く。



「すまないが仕事が残っている」

「先に失礼する」



立ち上がり、ミアの頭を撫でる。


その仕草は、いつもより優しかった。

ほんの一瞬、微笑む。


それだけで、感情を置いていくように。


「……ゆっくり休め」


扉が閉まる音が、静かに響いた。




執務室へ戻ってきた。


鍵をかけた瞬間、膝が折れた。


「……っ」


床に手をつく間もなく、崩れ落ちる。


外から魔力を馴染ませるだけで、内側が焼けるように痛む。


(……守る、と言ったな)



自嘲が、喉の奥で転がる。


偉そうに。

余裕があるふりをして。


だが今は、

立つことさえ、難しい。


魔力が、内側から削られる感覚。


意識が、遠のく。



(……まだ……)



それ以上、思考は続かなかった。




夜半。


レオナルトは、冷たい床の上で目を覚ました。


倒れたまま、

項垂れるようにドアにもたれ座り込んでいた。



どれくらい時間が経ったのか、分からない。



(……このままで、団長職が務まるのか)



一瞬、よぎる不安。



だが、すぐに打ち消す。


(悟られるわけにはいかない)



昔から、そうだ。


痛みも、恐れも、

すべて自分の内側で処理してきた。



(ミアに、辛い思いはさせない)



だから――


自分の恋心には、蓋をする。


ロイとミアから、距離を取る。


必要な時だけ、呼ばれればいい。


魔力共有の“装置”として。

安定のための“役割”として。


それで、いい。


(……それで、いい)


そう言い聞かせながら、

レオナルトはゆっくりと立ち上がった。



誰にも気づかれないように。


誰にも頼らないように。


また一人で、盾の位置へ戻るために。



その背中は、相変わらずまっすぐだった。



――ただ、以前よりも、少しだけ重くなっていた。

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