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『ありがとうを知らない聖女』  作者: 音香(Otoca )


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光の重なり

ミアは、静かに天井を見つめていた。


体は横になっているだけなのに、内側はいつも満ちている。


――二つ分の、温度。


ひとつは、深くて重い。


触れれば輪郭がはっきりするような、安定した魔力。


もうひとつは、柔らかくて熱を帯びる。

感情と一緒に流れ込んでくる、揺れのある魔力。



(……団長と、ロイ)


どちらも、自分の中にある。


拒めないほど自然に。


そして、同時に――胸が少しだけ痛む。


(一人に、絞れない)


選べないわけじゃない。


けれど、選んでしまえば、必ず誰かを傷つける。


半分しか戻っていない心でも、その事実だけは、はっきりと分かっていた。



(……申し訳、ないな)



それでも、体は知ってしまった。


二つが重なった時、

自分が“生きている”と感じられることを。




数日後。


ミアは、王宮の庭園を歩いていた。


まだ長くは歩けない。


けれど、部屋の外に出ることは許可された。


隣にいるのは、ロイ。


距離は近すぎず、遠すぎず。


手は繋いでいないが、離れてもいない。


「……疲れていませんか」


ロイが、少し控えめに尋ねる。


「はい。大丈夫です」


答えながら、ミアは小さく息を吸う。



花の匂い。

風の音。

人の気配。



(……こういうの、好きだった)


思い出す感覚が、少しずつ増えている。


ロイはそれに気づいたのか、ほんの少しだけ微笑んだ。


「無理は、しなくていいですから」


その声に、胸の奥が温かくなる。


(……触れたい)


そう想うと、ロイはミアの頭に手を置き、優しくゆっくり撫でた。


(……愛おしい)


その感情は日に日に大きく膨らんでいく。


ミアはロイに目線を向け幸せそうに小さく微笑んだ。


少しずつ小さな変化。


確実にロイの存在が、戻りかけた心を支えていた。





その頃、王宮の奥では――


目に見えない“圧”が、静かに、確実に集まり始めていた。


「聖女の管理体制が曖昧すぎる」

「前例のない魔力接続など、危険だ」

「騎士団長が私情を挟んでいるのではないか?」


どれも、正論を装った言葉だ。


だからこそ、厄介だった。


裁判後、表立った非難は消えた。


だが、その分、声は地下へ潜った。


非公式の会合。


密書。


“忠告”という名の圧力。


王宮貴族たちは、結論を求めているのではない。


管理できる存在かどうかを測っている。



――聖女ミアは、誰の手にあるのか。

――騎士団長は、どこまで独断で動くのか。



そのすべてが、レオナルト一人に向けられていた。



「……あの聖女は、兵器ではないのか?」

「制御できぬ力は、災厄だ」

「感情を失った今こそ、王宮が預かるべきでは?」



遠回しな言い回しの裏にあるのは、取り上げろという意志だった。


レオナルトは、それらをすべて引き受けた。



一つも、ミアの耳に入れないように。



一言も、ロイに悟らせないように。



(……盾になると決めた)



それは、比喩ではない。


政治も、正義も、非難も、すべて自分が前に立って受けるという意味だ。


だが――


いくら剣を振るえば誰にも負けず、

魔力も、意志も、折れたことがない男でも、

身体だけは、正直だった。



執務室。


夜更け。


書類の山を前に、レオナルトは椅子の背にもたれた。


一瞬、視界が揺れる。


「……っ」


指先に、力が入らない。


魔力の枯渇ではない。

怪我でもない。


ただ、疲労が抜けない。


思考は冴えているのに、

身体が、それに追いつかなくなっている。


「……はぁ……」


無意識に、息が漏れた。


誰にも聞かせない、弱音。


(……これが、人間の限界か)


守ると決めた。

選んだ。

後悔はない。


だが、

このまま自分が先に倒れれば、ミアはどうなる?


その思考が、胸の奥を締めつける。


レオナルトは、ゆっくりと目を閉じた。


休めばいい。

分かっている。


だが、休めば――

その隙を、彼らは必ず突いてくる。


「……まだだ」


低く呟く。


誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように。


「俺が立っている限り……誰にも触れさせない」


それは、誓いというより、意地に近い決意だった。



王宮の静寂の中で、誰にも気づかれないまま――



最強の盾は、少しずつ、確実に、削られていっていた。





そして、その日が来た。


治療室は、外界から完全に切り離されていた。


幾重にも張られた結界が、空気を重く、静かにする。


灯りは最低限。


白い寝台だけが、柔らかな光に浮かび上がっていた。


ミアは、そこに横たわっている。


薄いシーツ越しに感じる冷たさに、ほんのわずか、指先が強張った。


右にロイ。


左にレオナルト。


距離は近い。


だが、触れてはいない。


触れないまま、互いの呼吸だけが分かる距離。


「……初回だ」


レオナルトが、低く告げる。


声は落ち着いているが、張り詰めているのが分かった。


「魔力は、同時に流す。だが競うな」


「ミアの反応を最優先にする」


ロイは、短く頷く。


普段よりも口数が少ない。


「……少しでも異変があれば、すぐ引きます」


それは誓いのようだった。


ミアは、二人を見比べてから、静かに目を閉じる。


「……お願いします」


その声は、まだ不安を含んでいた。


けれど、逃げる気はなかった。


最初に動いたのは、レオナルトだった。


手のひらを、ミアの額の少し上にかざす。


触れない。


だが、距離は限界まで近い。


――安定の魔力。


静かで、重く、深い。

水底のように、揺らがない流れ。


次に、ロイ。


ミアの手首の上に、そっと手を置く。


こちらは、確かに触れる。


温度を持った魔力が、脈に沿って流れ込む。

――感情の魔力。

熱を帯び、広がろうとする力。


「……っ」


ミアの喉が、小さく鳴った。


同時に入ったはずなのに、体の中で、速度が違う。


ロイの魔力が、先に広がり、

レオナルトの魔力が、それを抑え込もうとする。


守るために。


壊さないために。


だが――



「……っ、あ……」


ミアの体が、小さく震えた。


膜が、軋む。


二つの力が、噛み合わないまま重なり、居場所を奪い合うように揺れる。


(……怖い)


拒絶ではない。


だが、受け止めきれない。


「ミア!」


ロイが即座に反応した。


「止めます!」


魔力を引くのが、ほんの一瞬遅れた。


レオナルトは、即座に制御へ回る。


抑え、整え、包み直す。


室内の空気が、ふっと緩んだ。


「……大丈夫か」


低い声。


ミアは、荒くなった呼吸を整えながら、ゆっくり頷いた。


「……はい」


少し間を置いて、正直に続ける。


「でも……少し、怖かったです」


二人の視線が、同時に彼女に向く。


どちらの魔力も、嫌ではなかった。


むしろ――温かかった。


ただ、半分の心では、

二人分を“同時に”受け止める余裕がなかった。


ロイは、唇を噛む。


「……私の魔力が、強すぎました」


「違う」


レオナルトは即座に否定する。


「失敗じゃない」


視線をミアに落とし、頭を撫で静かに言う。


「初回の確認だ」


「身体が、どう反応するかを知るための」


ミアは、その言葉に小さく息を吐いた。


(……三人で、進んでる)


完璧じゃない。

ぎこちない。

怖さもある。


それでも。


「……時間、かかってもいいです」


ミアは、そう言った。


「私……嫌じゃなかったから」


その一言に、ロイの肩から、ほんの少し力が抜ける。


レオナルトは、短く頷いた。


「なら、今日はここまでだ」


命令ではなく、判断だった。


三人の間に残ったのは、成功でも失敗でもない――


“始まった”という感触だけ。


初めて、同じ場所に立った夜だった。





部屋に戻ったミアは、そっと胸に手を当てた。


まだ、完全じゃない。


でも、確かに――光はある。


半分だけ戻った心が、

二人の存在に触れながら、ゆっくり形を探している。


(……分けてもらう、って……こういうことなんですね)


一人では戻れない。


でも、独りでもない。


その事実が、静かに、胸を満たしていった。


――光は、まだ破片のまま。


けれど、確実に。


重なり始めていた。


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