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『ありがとうを知らない聖女』  作者: 音香(Otoca )


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触れられない距離

訓練場の端を通りかかった時だった。


金属音と、掛け声。

いつもと同じ光景のはずなのに、ミアの足は自然と止まった。


――ロイが、いた。


剣を納め、呼吸を整えている。 汗に濡れた髪。 少し乱れた前髪。


(……近い)


気づいた瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。


ロイも、ミアに気づいた。


一瞬、目が合う。


その瞬間――


ロイの胸が、ちくりと痛んだ。


(……また、だ)


理由の分からない違和感。 聖女ミアを見る時だけ、胸の奥が引き攣れる。


ロイは無意識に、一歩近づいた。


「……ミア様」


丁寧な呼び方。 でも、声の奥に迷いが混じる。


「ロイ様…… 体調は……」


言い終わる前に、ロイは手を伸ばしていた。


触れようとした、その瞬間。


――ざわり。


空気が、歪んだ。


「……っ!」


ロイの指先が、何かに弾かれる。


見えない膜。 柔らかいのに、確かな拒絶。


「な……」


ミアも、息をのんだ。


胸の奥で、光が“立ち上がる”。


熱じゃない。 眩しさでもない。


覆うような感覚。


(……守ってる?)


ミアの聖力が、外へ出た。


けれどそれは、癒しでも攻撃でもない。


――盾。


ロイとミアの間に、淡い光の層が生まれていた。


「……触れないで」


ミアの声は、震えていた。


ロイは、その場に立ち尽くす。


「……私は……」


触れたかった。


理由は分からない。 でも、触れなければいけない気がした。


なのに、拒まれた。


拒んだのは、ミアじゃない。


――力だ。


(……俺は)


何かを、忘れている。


その確信だけが、胸を締めつける。


ロイが一歩下がった瞬間、光はすっと消えた。


ミアは、その場に座り込みそうになる。


「……ごめんなさい」


反射的に、謝ってしまう。


でも、ロイは首を振った。


「……いや、平気です」


そう言いながらも、目は揺れていた。



遠くから、鋭い視線が突き刺さる。



アリシアだった。



白いローブの裾を揺らし、ゆっくりと近づいてくる。


(……今の、なに)


彼女には、はっきり見えていた。


光の質。 出力。 方向。


――あれは“浄化”じゃない。


(……守護?)


ありえない。


聖女の力は、癒すか、清めるもの。 誰かを“拒む”なんて。


アリシアの指先が、わずかに震える。


「……ミア様?」


優しい声。 でも、その奥に焦りが滲む。


「今の……聖力、ですか?」


ミアは答えられなかった。


ロイは、アリシアを見る。


「……アリシア。今のは……」


アリシアは、微笑んだ。


完璧な笑顔。


「きっと、体調が不安定なだけですわ」


でも、心臓は早鐘を打っている。


(……違う)


あの光は、“選んでいた”。


ロイに触れさせないために。 ミアを守るために。


――聖力が、意思を持っている。


それは、アリシアにとって最悪の兆候だった。


(消したはずなのに……)


記憶を。 結びつきを。


それなのに。


ロイはまだ、無意識で“探している”。


ミアは、立ち上がり、小さく一礼した。


「……失礼します」


逃げるように、その場を離れる。


ロイは追おうとして、止まった。


触れられない。 近づけない。


それが、痛い。


(……俺は)


何を、失った?


背後で、アリシアがそっとロイの腕に触れる。


その瞬間、胸の痛みは和らぐ。


――それが、答えみたいで。


でも同時に、ロイの中に違和感が残った。


(……違う)


“楽になる”のと、“正しい”のは、違う。


訓練場の端で、団長がすべてを見ていた。


腕を組み、静かに。


(……始まったな)


聖力は、もう“癒し”だけの力じゃない。


守るために、拒む力。


そしてそれは――


消された記憶が、まだ生きている証拠だった。



異変のあと、王宮の空気は目に見えないほど張りつめていた。


ミアは離れの部屋に戻され、外出を控えるように言われた。

それは「配慮」だったはずなのに、彼女には檻みたいに感じられた。


(……立ち上がらなきゃ)


あの光のせいで、皆に迷惑をかけた。 また“余計なこと”をした。


そう思った矢先だった。


「ミア様」


控えめなノック。 入ってきたのは、アリシアだった。


白いローブ。 穏やかな微笑み。

でも――目が、冷たい。


「お身体、まだ本調子ではありませんよね」


「……はい」


「でしたら、あまり無理をなさらない方が……また倒れられたら、騎士団の皆様が困ってしまいますわ」


“困る”。


その言葉が、胸に刺さる。


「ミア様は、優しいから……つい頑張ってしまうでしょう? でも、結果が伴わなければ――それは、ただの自己満足ですもの」


柔らかい声。 丁寧な言葉。

なのに、逃げ場がない。


「聖女として“正しくない力”が出るのは……少し、怖いですわ」


(……正しくない)


ミアは小さく息を吸った。


「私……役に立ちたいだけです」


そう言うと、アリシアは一瞬だけ目を細めた。


「ええ。でも“役に立ちたい”という気持ちは、ときに人を傷つけますの」


――あなた自身も。


そう言われた気がして、ミアは何も言えなくなった。




その日の夕方。

緊急の討伐命令が下りた。

瘴気の濃度が急激に上昇。 負傷者が出る可能性が高い。



「ミアは行かせない」


団長の声は、即断だった。


「今の状態では危険すぎる」


ミアは一歩前に出た。


「……行かせてください」


団長が振り向く。


「だめだ」


「討伐に同行しなくてもいいです。救護班でも、後方でも……何か、できることを」


焦りが声に滲む。

行かなければ。 役に立たなければ。


そうでなければ――


(……私は、また要らない)


「ミア」


団長の声が低くなる。


「お前は、守られる側だ」


その言葉に、胸がひくりと痛んだ。


守られる。 =戦力じゃない。


ミアは、無意識に笑っていた。


「大丈夫です。もう……倒れませんから」


その笑顔は、完璧だった。


揺れない。 崩れない。


だからこそ、団長は止めきれなかった。


討伐へ向かう馬車。


扉が閉まる。


中にいたのは、ロイとアリシア。


――その配置を見た瞬間、ミアは理解した。


(……わざとだ)


アリシアは当然のようにロイの隣に座る。


「ロイ様、こちらへ」


ロイは一瞬だけミアを見た。


でも、すぐに視線を逸らす。


アリシアはロイの腕に自身の腕を絡めて身を預けた。



「……失礼します」


その距離が、遠い。


馬車が動き出す。


揺れ。 蹄の音。

沈黙。


ミアは、口角を上げた。


「……副長様。体調は、もう大丈夫そうですね」


声は明るい。 丁寧で、完璧。


「……ええ。おかげさまで」


ロイは、アリシアに優しい目線を向け微笑んだ。



“おかげ”。


その言葉に、心が何も感じない。


アリシアが、くすっと笑う。


「ミア様、さすがですね。お辛いはずなのに……とても落ち着いていらっしゃる」


褒め言葉の形をした、確認。


ミアは微笑んだまま答える。


「慣れているだけです」


――何に?


そう問われた気がしたけれど、答えは出てこなかった。



ロイは、膝の上で手を握りしめていた。


ミアの笑顔に陰がある。


あんな顔をする人ではなかったはず。


(……はず?)


胸がざわつき答えを出せずにいる。



ミアはさっきまであった虚無感が、静かに引いていく。


代わりに残るのは、冷たい安心感。


(……楽、だ)


考えなくていい。 感じなくていい。


ミアは、完璧な笑顔のまま、窓の外を見た。


森が近づいてくる。

討伐地。


彼女の心は、もうそこに向かっていなかった。


ただ――


壊れないために、何も感じない場所へ


静かに、沈んでいくだけだった。

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