「ありがとう」を知らない聖女は、優しさが怖かった。
誰にも必要とされず生きてきた私が、異世界で“聖女ミア”として目覚めた。
冷徹な騎士団長の命令で討伐に同行する中、唯一救いだったのは副長ロイの優しい手。
でも――優しさを知るほど、失うのが怖くなる。
救う力を持つのに、救われ方を知らない聖女の物語。
主人公聖女:ミア(転生前:山本恵)
第二騎士団副長:ロイ・フレデリック
第二騎士団団長:レオナルト・フォン・アイゼン
悪役聖女:アリシア・ハインツ
――ガタンゴトン
朝の満員電車は嫌になる。
毎日毎日、同じ時間の同じ車両に乗る。
会社に到着する時間さえ同じである。
それでも、私は遅刻をしたことがない。
誰かに迷惑をかけるのが怖いから。
それに――遅れてしまったら、私の居場所はもっと小さくなる気がして。
静かな性格だから恋人は25年間いたことがない。
人数集めの合コンなどには何回か参加したことはあるが、最終的には空気扱いになる。
私は山本恵、25歳。
家、学校、職場で誰も私を気にとめてくれることはなかった。
ただの便利屋。迷惑な存在。
――そんなとこだろう。
「山本さん、これ追加でやっといてくれる?」
「山本さん、悪いけどこれも今日中にお願い…助かるわ」
「恵!ノソノソ小さい声で喋るのやめてくれない?ご飯も早く食べてくれないと片付かないじゃない」
いつものこと。
断ったら嫌われる。
嫌われたら、次の日からもっと怖くなる。
頼まれたことは全部メモして、終わったら消す。消すたびに、少しだけ自分が軽くなる気がした。
だから私は笑ってうなずいた。
「はい、大丈夫です」って。
本当は、全然大丈夫じゃないのに。
テストで100点を採って両親に見せても、携帯片手に
「ふーん」の一言のみ。
――それでも私は、頑張った。
頑張ることしか、知らなかった。
私の生きる意味ってなんだろう。
そんな事を考えながら今日も一日が終わってゆく。
――カチッカチッ…
「ふぅ……終わった…」
時刻は23時。
恵は急いで身支度を整えて会社を出る。
――明日は私の誕生日。
祝ってくれる人はいない。
でも、せめて一日くらいは。
「今日もよくやったね」って、
自分で自分に言ってあげたい。
帰りにコンビニでケーキでも買って帰ろうかな。
小さいやつでいい。
どうせ私には、それくらいがちょうどいい。
横断歩道で信号待ちをする。
青に変わるのを、ぼーっと待つ。
(……私、「ありがとう」って言われたこと、あったっけ)
――その時。
バーン。
大きな音と共に恵の体が跳ね上がり、冷たいアスファルトに叩きつけられた。
目の前が滲む。
痛みよりも、息ができない苦しさが先にきた。
(ああ……ケーキ、買いたかったな)
そんなことを思ってしまった。
意識は朦朧とし、目から一筋の涙がこぼれていた。
「……ミア」
かすれた声がした。
ゆっくりと目を開ける。
天井が白い。匂いが違う。病院じゃない。
(……あれ?ここはどこ?)
車に跳ねられて――
その先が、思い出せない。
そんなことを考えていると、手が温かいことに気づいた。
誰かが、私の手を握っている。
「ミア様。気がつきましたか」
視界が定まって、顔が見える。
(……誰?)
息をのむほど整った顔立ちの、見知らぬ男の人だった。
でも、その瞳だけは優しくて。
安心したはずなのに、なぜか胸が苦しくなった。
私は起き上がろうとして、全身が軋む。
「……っ」
思わず唇を噛みしめる。
「まだ無理をしてはいけない。あなたは聖力を使いすぎて倒れたんです」
聖力。
聞き慣れない言葉が、静かに頭に落ちた。
「……」
「今日はもう少し休んだ方がいい。団長には私から話しておきます」
私は小さく頷いた。
彼は優しく微笑むと部屋をあとにした。
部屋に一人になり、ゆっくり状況を理解しようとした。
(私は事故に遭って…目覚めたらミア?って人になっていて…あっそうだ!)
恵は部屋の片隅に置いてあった鏡の前に立ち、映る自分を見て驚いた。
歳は18歳くらいだろうか?
大人っぽくあるけれど幼さも残っている顔つきに、少しウェーブのあるグレーのロングの髪。
目は黄緑で、まるで宝石みたいだった。
後から、夕食のスープを運んで来てくれたメイドに色々聞いてみることにした。
「なんか記憶が曖昧で…私のこと詳しく聞いてもいい?……名前は、ミア?」
「はい。ミア様は平民でしたが、聖力が発現し聖女として王宮の離れで暮らしています」
「聖女……」
「そして第二騎士団と共に討伐へ同行し、治癒と浄化を担当されていました」
第二騎士団の中でミアのお世話係は副長のロイ・フレデリック。
目覚めた時に手を握ってくれていた彼らしい。
その事実だけで、胸の奥が少し熱くなった。
一つずつ整理していくと、元のミアの感情なのか――
彼がいないと怖いと思ってしまった。
――あの手の温かさ……瞳の優しさまで。
私なんかに、どうしてあんな顔を向けてくれたのだろう。
(……でも、私はミアじゃない)
胸の奥が、じわじわと苦しくなる。
そんな時だった。
――コンコンコン。
扉が三度、叩かれた。
「失礼いたします」
入ってきたメイドの表情が、さっきまでと違う。
かすかに緊張している。
「ミア様。団長様がお見えです」
団長――第二騎士団の。
私は息をのんだ。
その直後、廊下の空気が一気に変わる。
足音が近づくだけで、背筋が伸びてしまうほどの圧があった。
扉が開き、背の高い男が現れる。
鋭い目。無駄のない動き。
冷たい視線が、私を一瞬で測る。
「聖女。目が覚めたか」
低く、よく通る声。
「……はい」
「ならば明朝、討伐に同行してもらいたい」
私は言葉を失った。
倒れたばかりなのに。
ここがどこかもわからないのに。
「あなたの聖力が必要だ」
――逃げられない。
でも治癒を使えるのは私だけだって聞いた…
理解した瞬間、喉が震えた。
団長は淡々と続ける。
「ロイ。準備を」
「……承知しました」
その声が聞こえた瞬間だけ、胸が少しだけ落ち着いてしまった。
それが、なぜだか悔しかった。
私の手のひらが、きゅっと握りしめられる。
――怖い。
だけど。
なぜか私は思った。
(この人がいるなら……大丈夫…)
次の朝が怖いのに、同時にどこかで救われた気がした。
……この気持ち……それが怖かった。
読んでくださってありがとうございます。
『ありがとうを知らない聖女』更新していきます。
今回は少し長めの連載にしようと思っています。
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