血族の末裔として
ネオンが煌めく雑踏の中、私は歩いている。星々は姿を隠し、私が好きだった夜空は、様々なビル群から放たれる極彩色のネオンによって漆黒に染まっている。
電柱に貼られた、幾枚もの貼り紙が風に揺られ、今にも、夜空へ吸い込まれていきそうだ。
私は、その中の一枚を手に取り、視線を走らせる。
『行方不明者。K・Mちゃん。6歳。20XX年、X月X日。都内の小学校から、集団下校中に、忽然として失踪。失踪当時の服装は赤いワンピース。似ている子供を見た際は、こちらの番号まで━━』
ここ一週間の間で、このような貼り紙を幾つも見た。失踪者に共通しているのは、『6歳』という年齢だけ。性別は雑多だった。警察の発表によれば、失踪現場には子供たちの痕跡も、犯人の痕跡も、一才残されていないという。
「物騒な世の中に、なったものよね」
背後から声をかけられ、私は咄嗟に振り向く。
見知った人物の顔が闇に紛れ、そこにあった。
「姉さん、着けてきたのね」
「あなたが、この事件に関心を抱いていたのはわかっていたから。手を引きなさい。危険過ぎるわ」
「姉さんこそ、手を引いて」
私は踵を返し、雑踏の中へ紛れ込む。
「舞香……」
私も姉さんも、6歳の頃に、同じ経験をした。記憶は定かではないが、何かが腐敗した臭いが漂う部屋に閉じ込められていたことだけは覚えている。救出された時、私の手の甲には『6」の数字が焼印されていた。当時、失踪した、他の子供たちは未だに見つかっていない。
どうして私と姉さんだけが助かったのか、それはわかっている。私たちには特別な血が流れているから。悠久の時を生き、深い微睡の中で永遠に死ぬことのない古き者共の血。
私たちの血族は、産まれながらに、呪われている。
私には千里わ見通す目が宿り、姉さんには、自らの血を媒介にし、敵対する者に確定の死をもたらす武器を創造する能力が備わった。
犯人にとって、私たちを狙ったのは、誤謬と言わざるを得ない。特に私を狙ったのは。私には、視える。お前たちが子供たちを攫って、何をしようとしているのか。
電光掲示板がニュース速報を伝えている。『失踪者の子供ちの総数は『665』人に及び━━」
夜の帷があけ、世界は朝靄に包まれていく。後もう一人で、彼らの儀式は完成する。
私は目を開く。呪われた千里の目を。逆十字に吊るされた『665』人の子供たち。その中心には祭壇が設けられている。そして、黒衣を纏った、者たちの姿。
「見つけたわ」
私は帰途につく。両親もいない空っぽの家。
「舞香。帰ったのね」
「ただいま。姉さん。そして、さよならよ」
私は姉さんの腹部に隠し持っていたナイフを深々と刺す。
「舞香……どうして」
「あなたが、『666』人目よ。ここまで集めるのに、苦労したわ。力を行使する度に劣化していくんですもの。所詮は古き者の血ね」
「あなた、最初から……」
「だから、手を引けと言ったのに。血を分けた姉として、あなただけは助けたかったのに、邪魔ばかりするんですもの」
「じゃあ、父さんと母さんを殺したのも……」
「そう、私よ。私たちの儀式を血眼になって、止めようとしていたから、単純に邪魔だったの。人が人を殺す理由なんて、それだけで十分でしょう?」
━━私は地下深くに設けられた、第三の神殿で、祭壇に横たえられた姉を見ている。血の影響か、彼女の腹部に空いた穴は修復されていた。
子供たちに視線を移す。色彩豊かな服に身を包んだ子供たちの表情には苦悶の色が浮かんでいる。
黒衣の男が一人近づいてくる。その顔を私は鮮明に覚えている。私と姉を攫った『反キリスト』の頭目。
「お前のおかげで、準備は全て整った」
「そうね。随分手間がかかったわ。お陰で私はこの様」
右目があった場所に、指を突き入れる。そこには虚空の闇が広がっている。
「千里眼の代償だな」
「血は代を経る毎に、薄まっていくものよ。こればかりはどうしようもないわ」
鼻を鳴らし、黒衣の男が、祭壇へと歩み寄る。
「同胞たちよ。今宵、我らの長きに渡る願いは成就する。『665』の子供たち、そして古き者の血をもって」
私はナイフを自らの掌に刺し、私たちの血族に伝わる、古き者の言葉を発する。
それと呼応するように祭壇で眠っていた姉が目を覚ました。姉の手には、血で編まれた釘が握られていた。
「久しぶりね」
黒衣の男が、驚きのあまり、腰をつく。
私は姉さんの元へ駆け寄り、「姉さん、おかえり」
「ただいま、舞香」
「舞香、何故だ。お前は我々の━━」
「お前たちが私たちにしたこと、忘れたとは言わせないわ。反キリストの再誕なんて口実に過ぎない。お前たちは自分の欲望を満たせれば、それでよかった。千里の目が視せてくれたわ。お前たちが私たちの体を凌辱した一部始終を」
子供たちを見やる。
「この子たちにも、同じことをしたわね。本当に度し難いわ。姉さん、この子たちを解放して」
姉さんは首肯し、釘を私に手渡した。
「聖なる釘よ。後は頼むわね」
「姉さんこそ、子供たちをお願い」
私は釘を持ち、男に歩み寄る。
「同胞よ、この女を殺せ」
男の声が上擦っている。何も起きない。そこには静謐があるばかり。
「後ろを見てみなさい」
男の後ろには無惨にも切り刻まれた骸の群れが倒れていた。
「何故だ。お前に、そのような能力は備わっていない筈」
「当然よ。姉さんがやったの。お前たちが私たちを監視しているのは千里の目で知っていた。両親を監視しているも。この『右目』でね」
私は虚空の穴が右目に釘を刺し入れ、『左目』で男を凝視する。
「私の手に獣数字を刻んだのが、お前たちの最大の誤り。反キリストは欺く者たち。私の血に流れる、古き者の血が私の左目に新たな力をもたらした」
男の顔から赤みが消え、蒼白へ変わっていく。
「私の『左目』は欺きの目。姉さんはあの通り、生きてるし、両親も死んでいない。そして、お前の仲間は全て死んだ。たかが人間が作った矮小なカルトに、古き者の末裔が負けると思った?」
「待ってくれ、舞香。私は世界をよりよい形に━━」
私は聖なる釘を男の心臓に突き刺した。鮮血が迸り、私の服を濡らす。
「仮に、神がお前たちを許したとしても、『ヘレナ』は許さないでしょうね」
「舞香!!」
姉さんが子供たちを引き連れ、やってくる。
「終わったわ、姉さん」
私たちと子供たちは、陽光に照らされた、大地を踏みしめる。
私たちは古き者の血族。私たちの子孫が、いつか、この血の呪縛から解放されるのを私は切に願う。
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