第6話 呉越同舟
その男は「サン・ジェルマン」と名乗った。
それは雪子のような「能力者」でなくても、都市伝説の類をかじったことがある歴史好きなら、誰もが知っている伝説の人物の名だ。
(…でも、イメージだともっとこう小柄な優男っていうか。)
「そうね。それは、彼の肖像画とされているモノのイメージのせいね。」
(そう…なんだ。)
「実際に私たち日本人からすれば、大柄な類になるわ。」
「それにオレ、ここ10年は鍛えてるしね。」
男が横から口を挟んだ。
「この人、こう見えて、最初はかなり強引だったのよ。」
「それは雪子があまりに魅力的で、つい興奮してしまったんだよ。」
なんか目の前でノロケが始まったので、中の雪子がさえぎった。
(あの有名なサン・ジェルマンなんですよね?)
「そうだよ。」
男が当たり前のように答えた。
(!?なんてこと。この人、中の私の声が聞こえてる?)
「この人、有名なタイムトラベル能力の他に、読心術、炎を生み出すチカラ、念動力なんかも持っているのよ。オマケに不老不死。」
(一人でそんなに?)
「肉体ごと別次元に飛ばせるワザを、アナタも彼から学ぶといいわ。」
(ああ、それは今後の課題なので、ぜひ教えて欲しいです。)
「オレはNASA崩れの元海兵隊員だから、宇宙旅行にはちょっとしたコネがあってね。ナニを言っても振り向いてくれなかった雪子が、それに食いついたってワケ。」
「かねてから宇宙に出たかった私としては、抗いがたい誘惑だったってことね。」
いけない。なんだかまたノロケが始まりそうだ。
「私ね、しばらくの間は次元旅行はお休みにして、この時間軸内での宇宙旅行にチャレンジしたいの。」
「そのための協力は惜しまないと誓って、オレは結婚を承諾してもらったんだ。」
「まずは月面探索。次は火星よ。なにしろ資金と体力は有り余っているから。私にとっても今がチャンスなのよ。」
その後も、宇宙飛行士の雪子さんは、夫とともにNASAから頼まれた細かい実験などの雑用をこなしたり、宇宙食を食べたりしながら、宇宙への熱い思いを中の雪子に語って聞かせた。
設定されていた12時間は、あっという間に近づいていた。
間もなく彼女ともお別れだ。
どさくさに紛れてサン・ジェルマンから、肉体を別次元に飛ばす方法と不老不死の秘密も聞けたし、今回の旅は特に得るものが多かった。
(じゃあ、二人とも色々ありがとう。また逢えるかわからないけど、元気でね?)
「あなたもね。あんまりがんばると精神を消耗するわよ。」
と、外の雪子さん。
「お互い、言わば商売敵みたいなものだけど、どこで出会ってもよろしく。」
と、サン・ジェルマン。
中の雪子はそこまで聞くと、静かに去って行った。