第4話 求婚
それは照和の雪子が帰った後のことである。
ホノルルの裏通りのバーのカウンターで、右手に包帯を巻いた黒人の男が、しょげ返った顔をして水割りを飲んでいた。
すると奥のテーブルで一人で飲んでいた、まるで海兵隊のようにゴツイ体格の白人男性が、ゆっくりとやって来て隣に座った。
そもそもこのバーは、現地のチンピラや荒くれのたまり場で、観光客の白人の来るようなところではない。
この白人は、先週ここにフラッとやって来て、言いがかりをつけてきた現地のチンピラどもを次々にぶちのめしてしまった。
そうやってここを、すっかり自分の居場所にしてしまっていたのだった。
※ ここはハワイなので、以下の会話は全て英語でなされたものである。
しかし文章で描写する都合上、日本語で表記することを許されたい。
「よう、兄弟。なにしけたツラしてんだよ?」
「…ああ、あんたか。なあに、路地裏の魔女にやられたんだよ。」
白人の男は黒人に10ドル紙幣を渡す。
「面白そうじゃねえか。詳しく聞かせろよ。」
「アレは、いくらアンタでも無理だ。関わらねえ方がいいぜ。」
「いいから話を聞かせろって。」
すると黒人の男は渋々先ほどの事件の顛末を語った。
「なんだよ。ナイフ持って、二人がかりで行って、帰り打ちにあったってかい。」
「噂の魔女には、今まで色んなヤツが絡みに行って、誰一人勝ったヤツが居ないんだ。あいつ、変な術を使う。本物の魔女だよ。」
「いいねえ。ますます興味が出てきた。この辺のチンピラ相手じゃ暇つぶしにもならねえ。そいつに出会える詳しい場所と時間を教えろ。」
「あんたも物好きだなあ。どうなっても知らねえからな。」
そう言いながらも少し期待を込めて、黒人は魔女の情報を伝えたのだった。
翌週の金曜日の18時ごろ、その白人は、雪子のコンドミニアムの前で待ち伏せしていた。
果たしてそこに、黒人から聞いていた通りの服装と背格好の、日本人の女がやって来たのだった。
「あんたが噂の魔女かい?」
「なあに。今度は白人の海兵隊員さんなの?」
雪子はうんざり顔で答える。
「オレは昔から、変わった女が好みでね。」
「あら、そう。」
「昔からダチには、❝理想は高いが趣味が悪いヤツ❞って言われてるんだ。」
「それで私に興味を持ったのだとしたら、ずいぶん不名誉な話ね。」
「オレは見た通り腕っぷしも強いが、ちょっとした特技もあるんだぜ?」
「それを見てあげないと、帰ってもらえないみたいね?」
「あんた、話が早いな。ますます気に入ったぜ。」
そう言うと男は、右手の指をパチンと鳴らした。
すると男の手の上に、ソフトボール大の炎の塊が現れた。
「あら、面白い手品ね。さあ、もう見てあげたから帰っていいかしら?」
雪子がそう言うと、男が右手を振りかぶって投げる動作をした。
すると、先ほどの炎の玉が雪子に向かって飛んで来た。
しかし雪子が両手を突き出すと、ソレは空中で静止した。
そして雪子は、両手に何やらチカラを込めた。
次の瞬間、炎の玉は消えてしまった。
「オトナの火遊びなんて、シャレにならないわよ。この辺は燃えやすい物も色々落ちてるから、なおさらよ。」
雪子が男に言うと、男の目はすっかりハートマークになっていた。
「ブラボー!凄いよ。今のどうやったんだ?限定空間の酸素量をゼロにしたのか?アンタのチカラは本物だ。クレバーな戦い方だ。それにイイ女だ!」
言いたいことを言い終わると、いきなり男は雪子の前に跪いた。
そして、おもむろに指輪の入った箱を開けて見せてこう言った。
「頼む、オレと結婚してくれ!」
「はあ!?」