第2話 気分転換
(ところで、現在の日時を教えていただけますか?)
中の雪子が尋ねる。
「今は1988年4月8日…日本は確か金曜日よね。和暦なら正和63年。時間は14時くらいね。」
(すると貴女は誕生日が来たばかりの23歳ですね?)
「そう。大学の方も一段落ついたし、ちょっとハワイに来て気分転換ってとこかな。」
(セスナ機の免許を取るんですか?)
「実はもう取れてて、飛行時間を更新中なの。」
(…ひよっとして、他にも乗り物の免許を?)
「そうよ。よくわかったわね。他には、バイク、自動車、船舶、それにショベルカーやクレーンなどの特殊車両とか。」
(凄いですね。)
「楽しいわよ。アナタもやってみたら?」
(…考えておきます。)
「なんかね、チカラに頼らずに、自分の肉体で物理的にどこまでやれるのか、ふと知りたくなってね…。」
(最初に出会った、別時間軸のワタシはやっぱり疲れていて、心理学と教育学を学んで、中学校の美術の教師をやるんだと言ってました。)
「ああ、それも面白そうね。」
外の雪子さんは、中の雪子と話をしながら立ち上がる。
そして、食事していたトレーを、フードコートの所定の場所に片付けた。
「じゃあ、ちょっと夕食の食材を探すわね。」
(ああ、どうぞ。いつもの行動でお願いいします。)
雪子は、アラモアナのスーパーマーケットのゾーンに移動すると、肉やら野菜やらを買い始めた。
(旅行先で自炊もしているんですね?)
「そう。これも気分転換の一環。一カ月は滞在予定だから。別にお金には困ってないんだけど、料理もなかなか楽しいわよ。」
(参考になります。)
一通り買い物が終わると、雪子はバスパに跨り帰路につく。
マウイ島も少し裏手に入ると、随分ローカルな雰囲気になる。
このあたりまで入ると、お手軽な価格で過ごせるコンドミニアムがたくさんあるのだ。
(この年齢になるまでに、私、相当稼いでいるから、お金は有り余ってるはずなのに…あえてこんなことをしているんだわ。)
中の雪子の考えが伝わって外の雪子が答える。
「そのとおり!なんだか生きてるって気がして来ない?」
(もしかして私も5年もしたら、こんな風に疲れてしまうのかな?)
「まあ、どうなることやら。お楽しみにだねえ。」
外の雪子さんは楽しそうに言う。
中と外でそんなことを言いあいながら、宿泊場所の玄関口にベスパを置くと、背後から忍び寄る気配を感じた。
(後ろに何か良くない者が来てますよ?)
「…解ってる。」
外の雪子がゆっくりと振り返る。




