白と黒
白は良くできた子だった。
運動もできて、勉強もできて、愛想も良かった。
反対に僕は運動もダメ、勉強もダメ、人見知りだった。
見た目は全く同じなのに、名前通り、僕は白の反対だった。
僕らは本当に親でも見分けが付かないほど似ていた。僕らを見分けられるのは、お母さんだけだった。
お母さんだけは僕らを同じように愛してくれた。
みんなは、白だけを愛した。
ある日、僕らは近所の犬を連れて川で遊んでいた。
天気が悪くなってきたので、「帰ろうよ」と白に言うと、「まだ大丈夫」と言われた。
雨が強くなってきて、川の流れが早くなってきたから、「危ないよ」と言うと、「もう少し」と言って聞かなかった。
僕は怖くなったので1人で上がって白と犬が遊ぶのをみていた。
だんだん川が荒れてきて、さすがに怖くなった僕は、「危ないから上がって」と白に怒った。すると白は、「もう少しなんだ、ごめんよ」と謝った。
僕は怒って、「もう知るもんか」と一人で帰ることにした。白は「ごめんよ、ごめんよ」と謝っていた。謝るくせに出てこなかった。
家に着くと、お母さんは心配した様子で「どこにいたの?こんなに大雨なのに」と聞いてきた。川で遊んでいたこと、白がまだ遊んでいる事を伝えると、見た事ないくらい怖い顔をして走って出ていった。僕は怖くなって着いて行った。
白が見つかったのは、2日後のことだった。川を少し下った場所で頭を打って死んでいるのを、お母さんと、見つけた。
お母さんは信じられないくらい泣いていた。僕は何度も注意したのに。白がお母さんを泣かしたんだ。
白が死んでから、お母さんはよく僕の名前を間違うようになった。今まで間違うことなんかなかったけど、僕らはよく似ていたから仕方ないのかもしれない。
みんなは白が死んで、僕が生きている事をよく思っていないようだった。子供の僕にもわかるくらい、あまりに露骨だった。
でも僕はそんな風に思われる白が誇らしかったし、羨ましくなんてなかった。それは多分お母さんだけは僕の事を愛してくれていたからだと思う。
僕は白の分までお母さんを喜ばせたくなって、運動も勉強も頑張って、大人には愛想を振りまいた。みんな、白が戻ってきてくれたみたいと大喜びした。
お母さんは、僕の事を白と呼び始めた。間違いじゃないと気づいても、お母さんが喜ぶならと、僕は白になる事にした。
僕は黒で、白になった。
しばらくして、僕はなんで白があの時川から出てこなかったのかがわかった。僕らは白黒だった。白を一人にしたのは僕だった。
僕が留守番をしている時に火事が起こった。外に出ることはできたけど、誰かが助けてくれるのを待った。
外から怒鳴り声に似た大声が聞こえた。「白、白」って。僕は火に囲まれながら、小さな涙を流した。「僕は黒だよ」最後の力を振り絞って出した声は、火のたぎる音でかき消された。お母さんには届いたかな、お母さんは白が死んだ時みたいに、僕が死んだ事を泣いてくれるかな。それとも、また白が死んだ事に泣くのかな。
僕は黒で、白であろうとした。
僕は灰になった。