ep68 明るい未来
夜風は穏やかで、星はよく瞬いていた。
蒼穹を渡る銀の雲が、ゆるやかに空を滑っていく。タイタニクスの甲板――その端に設けられた展望テラスで、二人は並んで腰掛けていた。
スカイが、小さく息を吐いて空を仰ぐ。
「まずは、馬車で白虎へ渡ろう。南の剛牙州バロンは、獣人族の武人たちが鍛錬を積む“戦士の大地”って呼ばれててね。乾いた大地に石畳の集落、空には無数の凧が舞っていて……命が呼吸してるって感じられる場所なんだ。きっと君も好きになるよ」
スカイの語るその土地に、ロゼは目を輝かせて頷いた。
「まぁ! なんて素敵なのでしょう。ぜひ、その……獣人族のグラール族にもお会いしてみたいですわ。見た目に反して、とても人懐っこい方々だとお聞きしたことがあります」
「ああ、間違いない。僕も前に訪れた時にね……一週間、朝から晩までお祭りに付き合わされたよ。寝てると肩を叩かれて“踊ろう!”って」
スカイは苦笑混じりに肩をすくめる。
「それはそれは……ご苦労様でしたわ」
「ははっ、まぁ楽しかったけどね。さすがに体力削られたよ。でも――ロゼも一緒に居れば、きっと一ヶ月……いや、半年いても、楽しいって感じると思う」
「まあ、スカイったら。そんな大げさを。さすがに半年も踊り続けたら、私が先に音を上げてしまいますわよ。ふふっ」
二人の笑い声が、夜空へと溶けていく。しばしの静寂のあと、ロゼがぽつりと呟いた。
「私は、青龍の首都……水の都、蒼天京レ・ヴァイオンにも行ってみたいですわ。青く透き通った水路の上を、龍と人が共に渡し舟を操る街。夜になると、水面に千の灯りが映り、まるで星が落ちてきたみたいになるって……」
「うん、あそこも素晴らしいよ。水上に浮かぶオペラ座とか、龍族と共演する楽団の演奏とか……幻想と現実の境目が曖昧になる街だ。蒼の都にして、夢の都――そんな場所さ」
そう語るスカイの瞳には、過去に訪れた美しい記憶が滲んでいた。
「それに、ちょうどこの時期は“星降る月”の祭典が開催されるんだ。灯りを纏った舟が何百と並び、水上舞踏会が開かれる。まるで星々が舞い踊っているみたいにね」
スカイがそっと、ロゼの方を見て微笑む。
「そうだ、二人で踊るのはどうだい? ロゼ、ダンスの腕前は?」
「伊達に貴族をやっておりませんわ。そういったたしなみも、幼い頃からきちんと教育を受けておりますの。そういうスカイは?」
「……誘っておいてなんだけど、あいにく踊るのはあまり得意じゃないんだ。だから……ロゼにリードを頼んでもいいかな?」
「ふふふ。先ほどは私が楽器の手ほどきを受けましたものね。次は私があなたを導いてあげましょう。王子様のように、優雅にステップを踏めるように――」
スカイは照れたように笑って言った。
「ありがとう。じゃあ旅をする中で、僕はロゼに楽器の演奏を教えて……」
「私はスカイにダンスを教える……」
二人は顔を見合わせ、ふわりと笑う。
――それは、ただ静かに過ぎる夜のひととき。
けれど、その未来を確かに思い描いた、かけがえのない時間だった。
「きっと、素敵な旅になりますわね」
「うん。間違いなく、世界で一番素敵な旅だよ」
空には、ひときわ大きな流れ星がひとつ、尾を引きながら落ちていった。




