ep66 墜落
ジンの一撃によって、街に落ちようとしていた隕石は完全に消滅した。
その瞬間、甲板にいた誰もが一斉に沸き立つ。
「やったぁあああああ!!!」
「助かった……助かったぞぉおおおッ!」
「ジン様万歳!」
歓喜の声が空に向かって飛び交い、乗客も冒険者も互いを抱き合う。
レインは深く息を吐き、ふぅ、と胸を撫で下ろした。サヤも隣でぐったりと座り込みながら、空を仰ぐ。ルナベールは髪をかきあげながらも、微笑みを浮かべた。
「これであの街の人も助かった……んだよな?」
「ええ……今のところは」
甲板の隅では、スカイが膝をつきながら、こらえきれずに涙を流していた。
その肩をそっと抱くように、ロゼが傍に寄り添っている。
「……ありがとう。本当にありがとう、みんな……」
温かな空気が一瞬だけ甲板を包む。
その中で、レインがぽつりと呟いた。
「……にしても、俺たちのギルドって、なんか……化け物ばっかりだな。ジンといい、メフィストといい、ルナといい……」
ルナベールは小さく笑って応じる。
「私はともかく、確かにギルドの皆さんは並外れた能力の持ち主ばかりです。国から指名されるほどの実力者も少なくありません。……遠征で留守にしている方々もいますし」
「え、それマジで……?」
レインがひそかに青ざめた時――
ギャオオオォォォオオ!!!
空気が裂けるような凶鳴が、空を震わせた。
耳をつんざくその咆哮に、誰もが思わず振り返る。
割れた火口の先に留まっていたヴォルフガング=ガランダスが、こちらをギラリと睨む。
乗客たちはたじろぎ、背を向けて隠れるように身を寄せ合った。
魔物の怒りは、もはや明白だった。
「な、なぁ……あいつ、どうするんだよ。このまま放っておくわけにも……」
「無理言うな! さっきの戦いでこっちはもう限界だ! 人も、船も! あんなの、正面から戦えば今度こそ全滅するぞ……!」
「ああ、ここは大人しくエグゼアに任せよう……!」
声を荒げる冒険者たちの言葉に、周囲も次第に同調し始める。
エグゼアがなんとかしてくれる。
誰もが自分には荷が重すぎると、諦めるように視線を落としていった。
そんな空気の中、スカイは苦々しく唇を噛み締めていた。
力なき自分を責めるように、うつむいて――
その時。
ズドォンッ!!!
――甲板が大きく傾いた。
「きゃあああッ!」
「な、なんだ!? 今の衝撃は――!」
甲板上に悲鳴が走る。
右舷の翼が、見るも無残に吹き飛ばされていた。
残った破片が、焦げた煙を上げながら落下していく。
「まさか……これは!」
それはヴォルフガングの不意の攻撃だった。
放たれた魔力の塊は、タイタニクスの片翼を吹き飛ばすほどの威力。
その一撃に、船体に再び混乱が広がる。
――魔物は、逃がす気などない。
甲板に残った者たち全員が、あの禍つきの咆哮と一撃が意味するものを、ようやく悟った。
『今度こそ――貴様らを喰らい尽くす』
その眼は、確かにそう告げていた。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
魔物の喉元が輝き、禍々しい魔力が収束していく。
光が一点に集まり、やがてそれは灼熱の光線へと変貌した。
ビィイイイイイイ―――ッ!!
咆哮と共に、光線が放たれる。
「来るぞッ!!」
「避けろおおおおおッ!!」
片翼を失ったタイタニクスは、なおも飛び続けた。その巨体を、火傷した鳥のように、必死に横滑りさせる。
機体が旋回するたび、悲鳴が響き、柵にしがみつく者が転げ落ちそうになる。
だが――限界は近かった。
「っ、だめだ……!」
「次、直撃すれば……ッ!」
艦内に冷たい恐怖が走る。
このままでは、今度こそ墜落する。
先の攻撃に続き、灼滅鬼は再び口を開き、光を溜め始めていた。
タイタニクスの機体はすでに傷だらけで、炎を噴き、軋む音をあげている。
「このままでは船体が持ちません!
操縦室に飛び交う叫び。
乗客たちの間には沈黙と絶望が広がる。
――そのときだった。
ギィ……ッ
軋む床の音と共に、スカイが立ち上がる。
「スカイ、あなた……なにをするつもりなの!?」
スカイは、返事をしない。
その目に、ためらいも迷いもなく、ただ“絶望”をまっすぐに見つめていた。
ロゼが駆け寄り、腕を掴む。
「やめて! これ以上はあなたの身体が持たないッ!」
それでもスカイはロゼに優しく微笑む。
「……ロゼ。君に頼みがあるんだ」




