ep61 逃れられぬ絶望
巨大な魔物は、空に向かって両腕をゆっくりと掲げた。
「な、なんだ……攻撃してくるのか!?」
「やばいって……絶対なにかしてくるよあれ……!」
サヤが一歩引きながら、魔物の動きを注視する。
「避けようにも……こんな上空でどうしようも……」
ルナベールが唇を噛んだ。
ゴウゥゥゥゥン
次の瞬間、タイタニクスの機体がグッと前傾し、急上昇を始めた。
エンジンがうなり、甲板の床がきしむ。重力が一気に傾いた。
「うわっ、上昇してる……!」
「逃げるつもりだ……あいつから、上空へ!」
全員が手すりに掴まりながら、飛空艇が雲の中へ突入するのを見届けた。
濃い霧のような水蒸気が窓の外を流れ、何も見えなくなる。
「……助かる……のか?」
レインが呟いたそのときだった。
──バシュッ。
曇天を突き抜け、ついに視界が開ける。
太陽の光が差し込み、雲の上──
蒼天の空が広がる。
「やった……! 抜けた……!」
「さすがにここまでくればもう……」
安堵の声が漏れる。
「よし、このまま逃げ……」
だが、その言葉はすぐに凍りついた。
先ほどまで降り注いでいた太陽の光が消失する。
「なんで急に暗く……」
「……っ! な、なにあれ……?」
誰かが指をさした、その先。
青空を覆い隠す、不自然な影があった。
大気を歪めるほど巨大な“何か”が、遥か上空から――落ちてくる。
「……山?」
「いや……違う! あれは……」
超巨大な隕石。
「い、隕石……!?」
「こんなのが落ちたら、街数個分が消滅するだろ……ッ!」
誰もが息を呑む。
雲の上に希望はなかった。
待っていたのは、空から降る、絶望そのもの。
甲板上の誰もが沈黙する中……
「だ、誰か……あれを攻撃して壊せないのか!?」
乗客の一人が叫ぶ。
「こんなにも冒険者がいるじゃないか!! なあ、早くなんとかしてくれよッ!」
「このままじゃみんな死ぬぞ!! 頼む、皆を助けてくれ!!」
次々と上がる悲鳴と懇願。
だが。
「無理だ! あんなバカみたいな大きさ……」
「攻撃が届いたところで、どうにもならないだろ……」
「あんなの街が潰れるレベルだ……S級冒険者が十数人居ないと……!」
冒険者たちも声を荒げる。焦り、混乱、怒りが渦巻き、言い争いが始まった。
「何とかしろって言ってんだよ!」
「じゃあお前が飛んで殴ってこいっての!」
「ふざけんな、俺たちだって限界だ!」
そんな中。
「……あの、さっきのスカイさんの技なら……!」
ふと、ひとりの乗客が手を挙げて叫んだ。
「さっきの演奏で、ルナベールさん達を強化してたでしょ!? あれで今いる冒険者全員を強化すれば――」
「めちゃくちゃ強力な魔法になるんじゃないか!?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、甲板のあちこちから視線が集まる。
「スカイさん……!」
「頼む! あんたの演奏があれば、俺たち――!」
スカイは視線の中心で立ち尽くしていた。肩は上下し、弓琴を握る手はかすかに震えている。
(……魔力が、まだ戻りきってない。正直……)
彼の額には、再び汗がにじむ。
だが、目の前には――不安で震える乗客たち。武器を握り締める冒険者たち。レインたちの姿も見えた。
スカイは、ふっと微笑む。
「――やってみよう」
「スカイさん!!」
「マジで……ありがとう!!」
歓声が上がる。
レインが心配そうに駆け寄る。
「スカイ……無理すんなよ……!? さっきの演奏、相当消耗してたろ」
「もう休んでいいって! ウチらでなんとか――」
「いや、君たちが背負いすぎる必要はない。これは、皆で守る船なんだ」
「でも……!」
そこへ、ロゼが声をかけた。
「スカイ、本当に……大丈夫なのですか? もう、魔力が……」
スカイはロゼを見て、優しく微笑んだ。
「大丈夫。僕は音を奏でることしか出来ないからね。音で皆を繋ごう」
そう言って、スカイはゆっくりと立ち上がる。
深く、息を吸った。
――そして。
「《ファイナル・レコード・アンリーシュド》!」
その瞬間、甲板が光に包まれた。
金色の音符が空へと舞い、精霊たちが踊るように光を放つ。
1度目はレイン達3人に。
しかし今度は数十人いる冒険者全員に、黄金のオーラが纏われていく。
スカイの魔力の消耗が計り知れない。
一瞬足がぐらついたのを、ロゼが支える。
「……力が……溢れてくる……!」
「これならいけるぞ……!」
「これは凄まじい強さのバフだ……、スカイさんありがとう!」
魔導士達が杖を構えた。
剣士達が刃に魔力を纏わせた。
「ウチも《ダークレイ》でっ!」
サヤが魔法陣を描き、闇の魔法を練る。
ルナベールも先ほどと同じように、両手に光と闇の魔法。
「俺も……!」
レインが空に向かって手を掲げて魔法陣を描く。
だが、魔力が霧散し失敗する。
「……クソッ! こんな大事な時になっても……ッ!」
レインが苦悶の声を漏らす。
「できない……また、俺だけ……!」
すると……
「手を出して」
「えっ……?」
気付けば側にロゼがいた。ロゼがレインの手に優しく触れる。
「焦らないで。魔力は“押し出す"んじゃなくて、“流し込む”の。こう、ゆっくり……シャボン玉の膜が割れないように……優しく」
その手から、優しい光が流れ込む。
レインの手のひらに、再び黒い魔法陣が灯った。
「で、できた……!」
「そう、その調子。あとはそこに息を吹き込むように詠唱するだけですわ」
ロゼが小さく笑った。
レインは今度こそと、鋭い眼差しで上空の隕石を捉える。
そして、甲板上に一時の沈黙が流れ――
「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
スカイの号令が轟く。
その瞬間、タイタニクスの甲板から、数十の魔法と斬撃が――一斉に放たれた。
空を埋め尽くすほどの七色の光が、天から降る隕石へと向かっていく。
魔法。斬撃。闇と光の閃光――
ズドオォォォォン!!!!
全てが、隕石へと命中した。
空が爆ぜる。
凄まじい爆音と爆風。
煙が視界を覆い尽くした。
「……やったか……?」
誰かがつぶやく。
だが……
ゴオォォォォォ!!
風に吹き飛ばされた煙の向こう――
なおも、落ちてくる影があった。
――隕石は、砕けてなどいなかった。
「うそ……」
「ほとんど……効いてない……?」




