表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/68

ep60 灼滅鬼

 激しい戦場の裏側で、静まり返った飛空艇の奥まった廊下。その一角に、ひとり膝をついて呻く男がいた。


「……くっ、ぐあああ……ッ!」


 苦悶の声を押し殺しながら、壁に背を預けるゼファル。額にはびっしりと冷や汗が滲み、息は荒く、全身が痙攣していた。


 背中の一部、軍服の内側が赤黒く染まっている。


 (なぜ今、この傷が……!)


 痛みの奥に、灼熱の記憶が蘇る。業火に包まれた荒野。咆哮を上げながら現れた、異形の魔物。その体には、明らかに“何か”が宿っていた。


 ――魔神の残滓。


 その魔物の爪に深く穿たれた背中の傷は、静かに……しかし確かにゼファルの中で燻っていたのだ。


「ま、まさか……あの化け物の封印が……解かれようとしているとでも……言うのか……ッ!?」


 痛みは次第に熱を帯び、全身を内側から焼くように広がっていく。

 ゼファルは歯を食いしばりながら、次第に暗転していく視界に抗った。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 戦いが終わった。


 魔物がすべて消え、空には焼けた匂いだけが残る。


「……まじか、勝った……! 俺たち生きてるぞ!」

「やったぁあああああ!!」

「うおおおおぉぉぉ!!」


 歓声が一気に甲板を包んだ。


「すげぇ……本当にやったのか……!」

「助かった……あの魔物の群れを倒すなんて……」


 その視線が向いた先――レイン、サヤ、ルナベールの3人が立っていた。


「なあ、あの3人、さっきの連携……見たか?」

「新人だろ!? やべぇよ、化けもんだな!」

「ゴーストレイヴン……彼らが噂の……!」

「ルナベールさん! 握手してもらえますか? 昔からファンなんです!」

「えっ……え、わ、私……?」


 ルナベールはぱちくりと瞬きをして立ち止まる。突然の声に戸惑いながらも、ゆっくりと手を差し出した。


「ありがとうございますっ! めっちゃ感動しました! さっきの光と闇の魔法、鳥肌でした!」

「そ、そう? よかった……」


 頬を少し赤くしながら、控えめに微笑む。


「な、なんかすげー人気出てない……?」


 レインが周囲を見回してぽつり。


「あんま持ち上げられると照れるというか……」

「ちょっとレイン! こういう時くらいカッコつけなよ!」


 サヤがレインの肩をぽんっと叩く。


「にしてもレイン、雷呼べるようになったの凄いじゃん!」

「いや、あれはスカイの技あってのもんだし……でも、まさか天候まで変わるとは思わなかった」


 レインは少し照れたように肩をすくめた。


「むしろサヤの亡霊軍団の方が怖かったんだけど。いつの間に新技できるようになってるんだよ」

「でしょ~★ んでもアレ、ぶっつけでやったからねw 成功して良かった~」


 サヤがケラケラ笑いながら胸を張る。


「お前なかなか度胸あるな……デスゲイザーみたいに取り返しつかない技だったらどうすんだよ……」

「魔物相手だったし、そこはしっかり相手選ぶって~」


 サヤがウインクして指を立てた。


 少し離れた場所。スカイは弓琴をそっと下ろす。


「……やるね、本当に」


 スカイの肩がわずかに上下していた。美しくも激しい演奏 《ファイナル・レコード・アンリーシュド》は、彼の魔力を大きく削っていたのだろう。額には汗が滲み、息もわずかに乱れている。


「スカイ……!」


  ロゼが駆け寄り、心配そうにその腕を支えた。


「大丈夫。ちょっと疲れただけだよ」


 スカイは苦笑して、軽く首を振る。

 そこへ、マリリアが静かに歩み寄った。


「ありがとう、皆を守ってくれて。立派でしたよ」

 

 そして冒険者たちが駆け寄ってくる。


「スカイさん、マジすげぇっす!」

「演奏でバフとデバフを同時にやってのけるなんてすげぇぜ!」

「さすがバード! あれでテンション上がんねぇ方がおかしいって!」


 スカイは少し戸惑いながらも、微笑を浮かべた。


「僕は何も……みんなが頑張ってくれたからだよ」


 その輪に、レインが一歩前に出た。


「いや、あれはちゃんとスカイのおかげだよ。あの演奏がなきゃ、ここまでの戦いにはならなかった」

「うんうん! スカイのおかげで、自分じゃないみたいな力が出せたもん! マジ凄かったよ!」

「自分の限界を超えた、その先の領域に踏み込めたのも……スカイさんの技があってこそです」


 三人の言葉に、スカイは驚いたように目を瞬かせたあと、少し照れたように笑った。


「ありがとう。でも……僕一人ではこの危機は切り抜けられなかったと思う。みんながいたからこその、勝利だよ」


 その言葉に、周囲からもう一度、自然と拍手が起こった。焦げた風の中、戦いの静寂に、あたたかな音が満ちていた。


 ――だが。


「……ねえ、なんかアレ、近くない……?」


 その希望に包まれた空気が、一転した。


「いや、さっきまでもっと遠くにあったはずだぞ」

「えっ、戦ってる間にここまで近づいちゃったってこと?!」


 レインたちも顔を上げて固まる。

 視線の先、巨大な山脈のようにそびえ立つ九つの火山――九頭煉獄火山。それが、タイタニクスのすぐ前方に迫っていた。


 ゴゴゴゴ……ッ!


 地鳴りのような音が空気を震わせた。

 次の瞬間、九つの火口が眩い赤に染まり、光を放つ。


「これ、まさか……!」


 ――ドォンッ!!


 轟音と共に、火柱が爆ぜ、黒煙と火山弾が空高く打ち上がった。


「うわあああああああっ!!」

「ウソだろ!? マジで噴火したぁっ!?」

「来る……! 絶対、何か来るぞ……!!」


 激しく噴火する火山の中心から、黒く焼け焦げた巨影が、ゆっくりと頭をもたげた。


 全長は、優に数百メートル。タイタニクスがその前に浮かぶと、まるで豆粒のようだ。全身からは黒炎と瘴気が立ち上り、周囲の空間すら歪んで見える。

 筋肉の塊のような四肢には、巨大な鎖の断片が絡まり、ところどころに砕けた魔封の刻印が刻まれている。


「……な、なんだよ、あれ……でかすぎる……」


 魔物の目が、赤黒い光を灯し、飛空艇を真っ直ぐに睨みつけていた。


 その存在感だけで、空気が重く、息が詰まる。

 誰かが喉を鳴らし、震える声で呟く。


「あ、あれは……」


 隣の冒険者が目を見開いたまま、唇を震わせた。


「……灼滅鬼(しゃくめつき)ヴォルフガング=ガランダス……!」


 その名が発せられた瞬間、あちこちから悲鳴が上がった。


「嘘だ……っ、封印されたはずじゃ……!?」

「十年前の“焦土災厄”の元凶じゃないか……!」

「本当に……あいつが……!?」

「終わった……もうダメだ」

「エグゼアでも倒せなかったってのに……無理だ……勝てるわけない!」


 黒炎に包まれた巨体が、火口の外へと這い出した。

 そのたびに、地鳴りのような音が周囲を揺らす。


 そして、ヴォルフガング=ガランダスは、咆哮した。


 ──ギャァアアアアアアアアアオオオオオオオオン……!!


 耳を塞いでも震えるような、魂を揺さぶる絶叫。

 その瞬間、タイタニクス全体が大きく揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ