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ep56 死招き

 操舵室に響いたのは、たった一発の銃声だった。


 撃たれた乗組員が無言のまま床に崩れ落ちる。誰もがその場で凍りつき、突きつけられた魔法銃の冷たさに、額から冷や汗を垂らしていた。


「さて、船長。予定通り――目的地までの道のりを、ショートカットして貰おうか」


 ゼファル・ド・ヴァレンシュタインは、悠然と立ち、死を告げる銃の群れを背にして、命じる。


 船長ゲイルは苦渋の表情を浮かべ、言葉を絞り出す。


「……何度も言ったはずだ。九頭煉獄火山帯を横切ることは絶対にできない。あそこは……魔神の残滓に汚染された大地。凶暴な魔物どころか、S級指定の魔物が群れで飛び交っている。船が襲われれば、ひとたまりもない……!」

「……承知している。あの火山帯に巣食う連中は、確かに“生態”という言葉すら通じぬ異常な存在だ。理性も秩序もない。ただ殺し、ただ喰らう……まさに“魔神の呪気”に染まった獣どもだ」


 ゼファルの目が鋭く細められた。


「……あの地に現れた“灼滅鬼ヴォルフガング=ガランダス”――聞いたことはあるか?」


 船長が言葉を失ったまま、固まる。


「今から十数年前の話だ。奴は火山帯の深層から突如として現れ、周囲の三つの街を一夜で灰に変えた。朱雀軍は精鋭部隊を三つ投入したが、撤退する市民の護衛で手一杯……討伐など夢物語だった。私も当時、部隊を率いて出撃した。だが――」


 ゼファルは一瞬だけ、苦い記憶を噛み締めるように黙り込む。


「“触れた者すべてを焼き尽くす黒炎の咆哮”……奴の力は、常識を越えていた。あれを魔物と呼ぶのは、もはや間違いだ。あれはまさに“災厄”。人智では太刀打ちできない、純粋な破壊の化身」


 操舵室の空気が、凍りついたように静まる。


「……だが最後には、朱雀の《環の座のエグゼア》が降臨し、命と引き換えにその身を“封印”した。その封印が……いつまで持つかは、分からない。火山の鼓動が活性化しているのは、あの“封獣”の蠢動によるものだという噂もある」


 ゼファルの視線が、窓の外の遥かな赤黒い空へと向けられる。


「ならば尚更避けねばならないのに、一体なぜ……」

「この〈タイタニクス〉は朱雀最高峰の飛空艇だ。旅客用と謳われてはいるが、その武装は軍の巡洋戦艦に匹敵するほどの火力を秘めている。貴様らには知らされていないだけで、朱雀軍が極秘に開発した魔導兵装が多数積載されているのだ。……まあ、船長。君だけは、そのことを知っていたんじゃないか?」


 船長の顔がピクリと動く。沈黙が、それを肯定した。


「朱雀軍第十三機動戦略部隊《死招きの鉤爪リーパーズ・クロー》指揮官――それが私の肩書きだ。国家機密すら掌握する立場の私が、君たちより多くを知っているのは当然の話だろう?」


 ゼファルは一歩、操舵台に近づく。


「命令に従わないのであれば……君たちは“不要”というわけだ。ここで処理しても、私には一切の支障はない」


 バァンッ!


 再び響いた銃声に、今度は誰もが叫び声を上げた。


 幸い弾は天井をかすめただけだったが、船長の顔は蒼白になり、ついに膝をついた。


「な、なんてことを……! 乗員も、乗客も……皆の命がかかっているんだぞ……!」

「ならば選べ。我が命令に従い、皆を“無事に運ぶ”か……ここで“皆と共に沈む”か――船長」


 その言葉と同時に、魔法銃の銃口が、乗組員たちの額にさらに押し付けられた。


 沈黙の中、船長ヴォルドは顔を伏せ、唇を噛む。そして、ついに静かに手を挙げ、操舵台に向かう。


「……目的地まで、最短ルートで行く……九頭煉獄火山帯を横断する航路に変更だ……! なるべく高度を上げて、魔物の襲撃を回避する」

「賢明な判断だ」


 ゼファルは振り返り、扉へ向かって歩き出す。


 しかし魔法銃は、消えなかった。


 まるで見張るかのように、魔力の霧を纏ったそれらは、操舵室の空中に静止したまま、なおも乗員たちに銃口を向けていた。


「……言っておくが、これは“監視”だ。再び反逆の気配を見せれば、次の引き金は私ではなく……こいつらが勝手に引くことになる」


 冷ややかな一言を残し、ゼファルは操舵室を後にした。


 扉が閉じる音が、処刑の合図のように響き渡った。船内の空気は、戦慄のまま沈み込んでいく。

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