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ep54 静寂

「《デスパレード》」


 ――ピタリ。


 時間が止まったかのように、部屋の空気が凍りついた。


 眉間に突きつけられた、無数の魔法銃。


 レイン、サヤ、ルナベール、そしてマリリア――そのすべての額に、まるで処刑を宣告するように銃口が浮かび上がっていた。


 銃身は青白く光り、機械的な音を立てて微細に震えている。それらは宙に浮かび、まるで意志を持つようにゼファルの怒りを代弁していた。


 《デスパレード》――空間から無数の魔法銃を召喚し、あらゆる角度から敵を射抜く“銃の雨”。狙撃、掃射、追尾、すべてを意志ひとつで制御し、戦場そのものを掌握する。

 一人で数百人分の火力を持つとまで言われ、この能力によってゼファルは、わずか数年で軍の幹部にまで上り詰めた。


 誰も、動けなかった。

 命令一つで、四人全員の頭部を同時に吹き飛ばすのは容易いと感じ取っていたからだ。


「……ロゼ」


 静かに、だが圧倒的な威圧を込めて、ゼファルが言った。


「……あの音楽家の男とは二度と会うな」


 言葉の奥に潜むのは、命令ではなく、脅迫。


「もしまた会ったら……どうなるかわかるだろ?」


 ちらり、とゼファルの視線が銃口に向けられる。宙に浮かんだそれらが、レインたちの額により深く押し付けられた。


 ロゼの喉が、詰まる。

 彼女の瞳は、迷いと絶望に揺れながら、それでも答えを探していた。


 けれど――


「……わかりました」


 その声は、小さく震えていた。

 だが、それでも絞り出すように、はっきりと発せられた。


「……会いません。あの人とは……もう、会いませんから」


 ゼファルの目が、満足げに細められた。


 その時だった。


「失礼します!」


 ドアが開き、船長と数人の乗員が部屋に入ってきた。

 全員、険しい表情を浮かべている。


「先ほど大きな音が……これは一体、何が――」

「……何でもない」


 ゼファルが振り返り、冷たく言い放った。

 同時に、宙を漂っていた魔法銃たちが次々に光の粒となって消えていく。


 レインたちは一斉に、深く息を吐いた。

 解き放たれた緊張と恐怖に、身体の芯がぐらつくようだった。


「それより、船長。話がある。場所を変えようか」


 まるで何事もなかったかのように、ゼファルは軽やかに言った。

 そして足音も静かに、部屋を後にする。


 扉が静かに閉まる。


 ゼファルの背中が完全に部屋から消えた瞬間――

 そこに残された空気は、張り詰めていたものが一気に弾け、静かに崩れ落ちるような沈黙に包まれた。


 サヤが小さく息をついた。

 ルナベールは膝に手をついて、地面を見つめたまま呼吸を整えている。

 レインは壁にもたれ、首元を押さえてうめいた。


 ロゼだけが、動けなかった。


「……っ」


 その場にへたりこみ、震える手で口元を覆った。


 かろうじて堪えていたものが、ふっと糸が切れたようにこぼれる。


 ――ぽろっ。


 一粒、涙が頬を伝う。


「ごめんなさい……ごめんなさい。私のせいで、みんな……危ない目に……」


 震える声で、ロゼが言った。

 その目は伏せられたまま、涙の跡が静かに床へと落ちていく。


「……ロゼ」


 擦り傷だらけの足を引きずりながら、ロゼのそばへ歩み寄るレイン。そして、床に膝をついて目線を合わせた。


 その声に、ロゼは涙に濡れたまま顔を上げる。


「ちゃんと自分の気持ち言えたんだな……よくがんばった」


 ロゼの瞳が揺れる。


「でも、無理に一人で戦おうとしなくていい。怖かったら誰かに頼ったっていいんだ。たとえ負けたとしても、また一緒に立ち上がればいいからさ」


 そう言って、レインは笑って見せた。どこか頼りない、でも真っ直ぐな笑顔だった。


 続いて、サヤがしゃがみこみ、ロゼの背中を軽くぽんぽんと叩いた。


「ねぇロゼっち、ウチさ……正直、ロゼっちのこと最初はカタくて近寄りづらいって思ってた」


 ロゼが小さく笑う。涙の中に、かすかな光が差す。


「でもさっきは最高に輝いてたよ! さっきの告白とかマジ尊敬。ウチでもなかなか言えないし」


 サヤは指でピースを作って、照れ隠しのようにウィンクしてみせる。


「だからさ、ロゼっちはロゼっちのままでいいんだって。泣きたい時は泣いてよし!」


 最後に、ルナベールが小さく息をついて、前に出た。


 彼女はいつも通り冷静だったが、その瞳の奥には静かな熱があった。


「私は……あなたの決断を、否定しません。けれど……あなたが本当に守りたいものを、自分で見失ってほしくない」


 言葉を選びながら、しっかりと見据える。


「あなたが“歌いたい”と思ったのなら、あなたの人生にその価値があるという証明を、私たちは支えます……一緒に」


 ロゼの目から、新たな涙がこぼれ落ちる。


 マリリアが一歩、娘に近づいた。


 いつものような厳しい面持ちではない。

 声を荒げることも、命令するような言い方も、今はなかった。


「ロゼ……大丈夫?」


 その声は、まるで別人のように柔らかかった。


 ロゼはかすかに顔を上げ、ぼんやりと母を見つめた。


「……お母様?」


 マリリアは、ぎこちなくしゃがみこみ、娘の頬にそっと手を添えた。


「あなた……震えてるわ。怖かったのね……本当に……」


 娘の髪をそっと撫でながら、彼女自身も唇を震わせていた。


「……ずっと、気付いていたの。でも、私はあなたに“強くあってほしい”って……そればかりで……ごめんなさい」


 ロゼは首を横に振る。


「違うの。私の方こそ、もっと早く言えばよかった……歌手になりたいとか、冒険がしたいとか、スカイのことも……」


 肩が震え、嗚咽がこみ上げる。


「でも、あの時全部が怖くなって……!」


 心の奥から、黒く固まった絶望が滲み出す。


「私は……彼に、スカイと会うなって言われただけで、何もできなくなった……あんなに夢を語って、自由に生きたいって言ったくせに……たったそれだけで、もう……怖くて、動けなくなって……!」


 ロゼは胸をかきむしるようにして、崩れる。


「こんな形で終わるなんて……そんなの、嫌だ……!」


 その名を口にした瞬間、胸に空いた穴が痛む。

 ぽっかりと、風が吹き抜けるような喪失感。


「スカイのおかげで、生きていたいって、初めて思えたのに……!」


 母マリリアが、ぎゅっとロゼを抱きしめる。

 この日、彼女は初めて“母”として娘を抱きしめた。


「ロゼ……もう一人じゃないわ。大丈夫、あなたの味方は、ちゃんといる……」


 その言葉に、ロゼの涙が止まらなかった。


 ロゼが母の腕の中で泣き続ける中、しばしの沈黙があった。


 誰も言葉を発せず、ただ、嵐の去ったあとのように、部屋には静けさが残っていた。


 今度の涙は、悲しみだけのものじゃなかった。


 その中には、ほんのかすかに……希望の色が、にじんでいた。

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