ep51 星降る
星のきらめきが、甲板の手すりを照らしていた。
冷たい夜風が、空を翔ける飛空艇の進行方向に流れてゆく。
船首には三人の姿。ロゼたちの帰りを待っていた。
レインは一人、甲板の端で黙々と魔法の訓練をする。
右手を掲げ、魔力を集中させる。掌に渦巻く黒い粒子――だが、それはすぐに霧散した。
「くそ……またダメか……」
レインは額の汗を拭い、深く息を吐く。
初級闇魔法 《ダークレイ》。
闇の光線を放つシンプルな攻撃魔法のはずなのに、未だ安定して発動できないでいた。
一方その後方では、サヤとルナベールが手すりに肘をつき、こっそり恋バナに花を咲かせていた。
「ツンデレのロゼっちに、優男でイケメンのスカイ……あのカップル、絶対相性ピッタリだよね! 」
サヤがにんまりと笑う。
「はい、私もそう思ってました。まるで童話に出てくる騎士と姫のようです」
「スカイに構ってほしくて、ツンツンするロゼっち」
「腕を広げて優しく迎えいれるスカイさん」
「スカイの胸に飛び込んで頬をスリスリするロゼっち」
「「きゃーっ♡」」
悶絶する二人。
「そしてロゼさんの頭を子犬のようにヨシヨシするスカイさん」
「デレデレして目がトロンってなってるロゼっち」
「そしてそのまま抱き寄せて、二人ベッドへ――」
「「きゃああああぁっ♡♡」」
ついに耐えきれず、二人は顔を両手で覆ってその場でジタバタ転がった。
静かな甲板に、腐女子たちの妄想が爆発する。
「真面目でこういうのに縁が無さそうなのに……ルナちゃん中々の腐女子だねぇ」
「腐ッ腐ッ腐……です」
「あっはは! なにそれ、ルナちゃんギャグセン高すぎなんだけど!!」
二人は笑いあったあと、ルナベールが意味深に話題を変えた。
「そういえば……レックスに聞きましたよ。この前、レインさんとデートしてたって」
「ぶっ! な、なんでその情報が回ってんのっ!?」
サヤが思わず身をのけぞらせた。
ルナベールが小悪魔のように微笑む。
「それで……どこまで行ったんですか? もしかして、付き合って……?」
「ううん、ち、違うからっ! そこまで全然いってないから!」
真っ赤になりながらぶんぶん手を振るサヤ。
「……あの日は、ウチが一方的に気持ちを伝えるデートだったから。それに、レインを焦らせたくないし。ちゃんと待ってたいの……レインが心から向き合ってくれるまで」
ルナベールは驚いたように目を瞬かせ、やがて優しく頷いた。
「サヤさん……素敵です。普段の明るい感じとのギャップが萌えます」
「ふふん、でしょ~?」
サヤがちょっと誇らしげに笑う。
今度はサヤの方が逆に問いかけた。
「じゃあルナちゃんは? レインのことどう思ってるの?」
視線の先では、黙々と魔法の訓練を繰り返すレインの背中があった。
ルナベールは少しだけ目を細めた。
「……レインさんは、仲間を守るために身体を張ったり、どんなときも最後まで諦めなかったりして。そういうところ、すごく尊敬しています。私にとっては……“仲間”として、支え合いたい存在です」
「そっか……」
ホッとしたようにサヤが胸をなで下ろす。
するとルナベールがくすりと笑って、付け加えた。
「……あぁ、それと、念のため言っておきます。まだ、レインさんに恋心は抱いてないので、安心してくださいね?」
「なっ、なんでわざわざそんなこと言うのよ~」
「えー? だってサヤさん、自分の好きな人が誰かにとられないか心配するかなーって」
「もー! ルナちゃんのいじわるー!」
サヤが赤くなって大きな声を出す。
「フフ……。冗談ですよ、冗談」
そのとき――
ボォォォォン……!
甲板の上空に、澄んだ汽笛の音が響いた。
タイタニクスが夜の空を進む、定時の9時を告げる合図だった。
その音とともに、階段の方からふたりの姿が現れる。
ロゼとスカイ。
ふたりの指は、まるでお互いを確かめ合うように、優しく絡み合っていた。
ロゼは頬を赤らめながら、少し恥ずかしそうに、それでも嬉しさを隠せない笑顔でスカイを見上げる。そんな彼女を慈しむような、優しい眼差しで見つめ返すスカイ。ロゼという存在すべてを愛おしむような深い想いが滲んでいた。
手と手が重なり、心と心がつながっているのが見てとれる――
そこには言葉を超えた安らぎと、とびきりの幸福が満ちていた。
まるで、この広い世界に“ふたりだけの世界”が生まれているようだった。
その光景に、三人は思わず息をのむ。
そして、気がつけば――誰からともなく、ふっと微笑んでいた。
夜空の星々が、どこまでも澄んだ輝きを放つ。
それは、まるでふたりの幸せを祝福する星の歌のように――
静かに、やさしく、煌めいていた。




