ep5 入場
遠くにそびえ立つ巨大な城門が、次第に近づいてきた。
高さ十メートルはあろうかという石造りの門。威圧感たっぷりの装飾が施され、その前には槍を持った門兵たちが厳めしい表情で立っている。
「……ねぇ、レイン」
突然、隣を歩いていたサヤが腕を軽く引いた。
「ん?」
「見てあそこ、門番がいるんだけど」
指さす先には、やはり門兵が数人。鎧をまとい、通行人を一人ずつチェックしていた。
「そりゃまあ、いるだろ」
「え、ウチらこれ通れる? もしかしてさ、通行証とかいるパターンじゃない?」
サヤが少し不安そうに眉を寄せる。
「……いや、たぶん普通に入れるはずだ。ほら、見てみろよ」
レインが城門前を観察すると、他の旅人らしき人々も特に何かを提示することなく、門兵に質問されるだけで通過しているようだった。
「まぁ、通行証は要らなくても、名前とか目的とか聞かれそうだけどな」
「え、マジ? ウチ、異世界の戸籍とかないんだけど?」
「そんなこと言ったら俺もないわ。適当にそれっぽいこと言っとけ」
「えぇぇ……」
サヤは戸惑った表情を浮かべるが、すぐに息を吐いて肩をすくめる。
「……まぁいいや。とりあえず、普通にしてれば怪しまれないってことね?」
「そういうこと。狼狽えたら余計に疑われるぞ」
「……オッケー! じゃあバッチリ決めるわ!」
サヤは胸をドンと叩く。
「お、おい。そこまで気合い入れなくていいからな……」
「大丈夫大丈夫! ウチ、こういうの得意だから! ほら、行くよっ!」
サヤは自信満々の様子で、レインを引っ張りながら城門へと向かっていった。
城門の前には十人ほどの旅人が並び、それぞれ門兵の簡単な質問を受けてから街へと入っていく。
「うわぁ……なんか遊園地の入場ゲートみたいじゃんね」
サヤが小声で呟く。
「気持ちは分かるけど、ヘラヘラしてると怪しまれるぞ」
「わかってるって。っていうか、ウチが先に行く感じ?」
サヤが列の先頭へ進み、すぐに門兵と対峙する形になった。
「お前が前に出たんだから、当然だろ。適当に受け答えしてろよ」
「適当って……」
そう言いつつも、サヤは門兵の前で姿勢を正した。
「おい、お前ら! ここを通るなら、身元を確認する!」
門兵の一人が威圧的な声を上げた。身長が高く、がっしりとした体格の男性兵士だ。
「まずはそこの女、お前からだ。名前は?」
「えっ、あっ、えーと……」
一瞬で詰まるサヤ。
直前まで自信満々だったくせに、いざ聞かれると焦るというギャップ。
レインは呆れつつも、後ろからそっと囁いた。
「……サヤだろ」
「あっ、そうそう! サヤ!!」
慌てて口にするサヤ。
「ふむ。では出身地と目的は?」
「えっ!? しゅ……出身地? 目的は……えっとえっと」
サヤの表情が固まる。
レインは咄嗟に考えた。ここで「出身地はありません」なんて言えば、怪しまれるのは必至。そこで適当にそれっぽい地名をでっち上げた。
「ジャーポン村……観光……って言え」
口元を手で隠しながら、そっと囁く。
「ジャ、ジャーポン村!観光目的でっす!」
サヤがそのまま復唱する。
「……ジャーポン村?」
サヤの額に汗がにじむ。門兵は訝しげに眉をひそめると、隣に立つ別の門兵に小声で話しかけた。
「おい、お前、ジャーポン村って聞いたことあるか?」
「ん? ジャーポン村……?」
別の門兵も考え込み、腕を組む。
「辺境の村なら、オレたちが知らないこともあるが……」
「まぁ、地図には載ってない小さな村も結構あるからな……」
そう言いながら、二人の門兵はちらちらとサヤを見つめながら、ひそひそと相談を続ける。
サヤは頬をひきつらせながら、じわりと背中に冷や汗が流れるのを感じた。隣ではレインも固唾を呑んで様子を見守っている。
時間がやけに長く感じられる。門兵二人の密談が続く中、サヤは無意識に指を握りしめていた。
やがて——
「まぁ、いいか。観光なら問題ないだろう。通っていいぞ」
門兵はあっさりと道を開けた。
サヤはホッと胸をなでおろしながら、門兵の脇をすり抜ける。
「……おい」
低い声がかかり、サヤの心臓が跳ね上がる。ゆっくりと振り返ると、門兵がサヤの全身をじっと見ていた。
「……その服装は、ちょっと派手じゃないか?」
「え、えっと……あはは、これはウチの村の民族衣装なんですぅ〜……」
「……そうか」
門兵は半信半疑の顔をしながらも、特に追及することなく見逃してくれた。
そのままサヤは門をくぐり、ホッとした表情でレインを振り返る。
「まーじ焦ったぁ~、意外といけるもんだね」
「お前、マジでギリギリだったぞ……」
「まぁまぁ、結果オーライ!」
少し長い城門をくぐり抜けた瞬間、レインとサヤの目の前に広がったのは、まさに"異世界"の光景だった。
石畳の道が整然と続き、その両脇には木造や石造りの建物がずらりと並ぶ。道行く人々は活気に満ち、露店では商人が大声を張り上げながら商品を売り込み、あちこちで笑い声や談笑が飛び交っていた。
街の通りを歩く人々は、多種多様だった。
黒いローブに身を包み、手には分厚い魔導書を抱えた魔導士風の男が、口元に手を当てながら何やら呪文を呟いている。その足元では、小さな光の粒がふわふわと舞い、魔法の気配を漂わせていた。
隣を歩くのは、長い耳としなやかな尻尾を持つ獣人の女性。毛並みの美しい狼耳がピンと立ち、好奇心旺盛そうな瞳で露店の品々を眺めている。彼女の横では、虎のような縞模様の耳を持つ獣人の男が、肉の串焼きを豪快に頬張りながら歩いていた。
その後ろから、鋼鉄の鎧に身を包んだ屈強な男が、剣を肩に担ぎながら堂々とした足取りで進んでいく。その腰には、いくつもの小さなポーチがぶら下がっており、戦場帰りの冒険者であることを物語っていた。
「ねぇ、レイン! レイン!! あの獣人のお姉さんめっちゃ可愛くない!? 魔法使いかな!? あの剣持ったお兄さんも絶対強そうだよね!! うわぁ~異世界すっごい……!!!」
とにかくすべてが新鮮で、どこを見ても飽きることがない。
だが、それだけではなかった。
「ちょ、なにこれ……!?」
サヤが目を見開いて指をさした先、宙に浮かぶ木箱がスーッと移動している。さらに視線を巡らせると、街の至るところで荷物が宙を舞い、光る魔法陣が淡い輝きを放っていた。
「魔法……」
レインも思わず息を呑む。
店の前では、店員が指を軽く動かすだけで商品が空中に並び、光の魔法がレジ代わりに計算を始める。屋台では火を操る魔法で一瞬にして食材が焼かれ、氷の魔法で冷えた飲み物が次々と提供されている。
「え、待って待って、魔法ってあんな感じで使うんだ……!? めっちゃ便利じゃん!」
サヤがテンションMAXで飛び跳ねる。その拍子に、胸元の大きな果実のような膨らみが弾み、そのたびに服の布地がピンと張る。日差しに照らされた褐色の肌が艶やかに光り、谷間に落ちた汗がゆっくりと流れ落ちていく。
その光景を目にした通行人たちは、思わず足を止め、ゴクリと唾を飲み込む。
壮年の商人が「……ほう」と息を漏らし、近くを歩いていた青年たちはあからさまに目のやり場に困っている。勇者然とした冒険者風の男ですら、ちらちらとサヤの胸元を気にしているようだった。
だが、当の本人はそんな視線などまるで気にせず、ひたすら街の光景に目を輝かせている。
「いやぁー! 異世界最高!!」
楽しげに声を上げながら、スキップするように駆け出した。
レインもまた、小説の一ページの中に飛び込んだような気分になった。
「あまりはしゃぎすぎるなよ」
「ムリムリムリ!! こんなのワクワクしない方がどうかしてるって!!」
サヤはすでに街の活気に飲まれ、目を輝かせていた。
「よし、いこう! レイン!!」
「いくって、お前どこに行くか分かって……」
言い終わる前に、サヤがレインの手をガシッと掴んだ。
「とりあえず全部回る!!!」
「は!?」
次の瞬間、サヤの勢いに引っ張られ、レインは強制的に街の探索に巻き込まれる。
サヤが興奮しながら駆け巡る先々で、異世界の驚きが次々と飛び込んでくる。
◇露店エリア
路地には屋台がずらりと並び、香ばしい肉の匂いやスパイスの香りが漂ってくる。串焼きの肉を魔法の火で炙り、瞬時に焼き上げる屋台があれば、冷たい魔法水で瞬時に凍らせたフルーツを売る店もある。
「うわぁ! なんか美味そうなのいっぱいある!!」
サヤは目を輝かせ、食欲全開で露店を見渡す。
「これ……焼き鳥?」
露店の前にぶら下がる木製の看板には、異世界らしい文字が刻まれていた。しかし、不思議なことに、その意味がすぐに理解できる。
「ファイアチキン……火を宿した魔物の肉……? あれ、文字が読める……」
じっくり見てみると、確かに異世界の文字が並んでいる。だが、頭の中で自然に"翻訳"される感覚があった。まるで……言葉が直接脳に流れ込んでくるような感覚。
自分の理解が追いつかず、首を傾げる。
「どうしたの?」
サヤが隣から覗き込んだ。
「……いや、なんか知らんが、異世界の文字が普通に読める」
「え、マジ!? ちょっと見してみ?」
サヤも看板の文字をじっと見つめる。そして数秒後——
「あ、ウチも読めるわ」
「あっさりかよ!」
「てか、この世界の言葉も普通に話せてたよねウチら」
門兵と会話したことを思い出すレイン。
「そういやそうだったな。まぁ小説とかじゃあよくあることだし、理解できることに越したことはないか」
どうやら異世界転生の際に、この世界の言語を理解できるようになったのだろう。
「てかさー、これでメニューもバッチリ読めるわけだし、この美味しそうな串焼きを一つ……って、ちょっと待って!!」
サヤが突然大声を上げた。
「ウチら、お金持ってなくない!?!?」
異世界転生の興奮に押されて、完全に忘れていた。
「ってことは、何も買えない!?」
「そりゃそうだろ……まさか異世界転生したら初期資金が配られるとか思ってたのか?」
「え、なんかポケットに勝手にゴールド入ってるとか、そういう展開は!? 神様が言葉話せるようにしてくれたついでにワンチャン!」
「ねぇよ!」
サヤはしばらくの間「マジかぁ……」と落胆した表情を浮かべたが——
「……まぁ、冒険者になれば稼げるっしょ!!」
数秒後にはすぐ元気になっていた。
「よし、ギルド行こ!! そしたらお金もゲットできるし!!」
「はぁ……」
相変わらずのポジティブ思考に、レインは呆れながらも、彼女の後を追うしかなかった。
◇広場
中心の噴水がある広場では、妖精のような小柄な種族の子供たちが、水しぶきを上げながらはしゃぎ回っている。彼らの背には薄く透き通った羽が生えており、くすくすと笑いながら宙に舞い上がる姿は、まるで幻想のようだった。
さらに、何組かの大道芸人たちが魔法を使ったパフォーマンスを披露していた。
「え、これマジックじゃなくて"ガチ"の魔法じゃん!!」
サヤが指をさす先では、炎と水を自由に操る芸人が、水の中に炎を閉じ込めるという奇妙な芸を披露していた。観客たちは歓声を上げ、大人も子供も楽しそうに見守っている。
「……想像以上に魔法が文化に溶け込んでるな」
レインもつい見入ってしまう。
◇武具屋
「おぉぉぉ!! これぞ異世界の武器屋!!」
剣や槍、魔法の杖がズラリと並ぶ店内にサヤが興奮しながら駆け込む。
「ねぇレイン、見て見て! この槍超カッコよくね!? 先っちょから砲撃できたらもっと良いよね!」
サヤが重そうな長槍を両手で支えながら構える。
「どこの狩猟ゲーだよ……」
「槍が砲撃ぃ!? ダッハハハハ!! 金髪のネェちゃん面白いこと言うねぇ。そのアイデア貰ったぜ」
「おー、おっちゃんノリ良いね! ガチで作っちゃったらウチに試運転させてね!」
サヤが店員のおっさんと無邪気に戯れる姿を見ながら、レインは深い溜息をついた。
そうして街を駆け回ることしばらく——
「ん?」
レインがふと足を止める。目の前に、目立つ看板が掲げられていた。
《冒険者ギルド・赤蓮の牙》
重厚な木製の扉。中からは活気のある声が響き、屈強な男たちの姿がチラリと見える。
「……ようやく見つけたか」
レインが安堵したように呟く。
「お、ここが冒険者ギルドね!」
サヤも期待に満ちた表情で看板を見上げた。
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