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ep40 気高き巨大な不死鳥

 翌朝、まだ空気に冷たさの残る薄明の時間帯。

 レイン、サヤ、ルナベールの三人はギルドを出発し、シェリルからルナベールにだけ伝えられていた集合場所へと向かっていた。


「ねぇルナちゃん、どこ向かってんの? まさか徒歩で火山超えるとかじゃないよね?」


 不安そうに尋ねるサヤに、ルナベールが軽く笑いながら答える。


「フフ……もうすぐ見えてきますよ」


 角を曲がった瞬間、視界が一気に開ける。

 眼前に現れたのは、巨大な発着港――飛空艇場だった。


「……こ、ここは……ッ!」


 レインが思わず息を呑む。サヤも目を見開いて立ち止まった。


 港の中央に鎮座していたのは、見上げても見上げても全貌がつかめないほど巨大な魔導飛空艇だった。

 全長おそよ296メートル。総重量4万トン以上。船体は漆黒と深紅の金属で覆われ、その表面には古代の文様のような魔導文字が脈打つように浮かんでいる。


 特筆すべきは、その形状だった。


 両翼はまるで不死鳥のそれのように大きく広がり、虹色の魔力をはらんだ羽ばたきの幻像を常に周囲に投影していた。

 船首には堂々たるフェニックスの顔を象った像があり、鋭い金の眼差しで進行方向を睨んでいる。

 そして船尾――そこからは燦然たる魔力の尾が噴き出し、炎のように揺らめきながら空へと吸い込まれていた。まさに空を駆ける神獣のような姿だった。


「かっっけえぇぇぇぇ!!!」


 レインが叫んだ。


「これ、前にレインと街で見かけたやつだよね……」


 驚きと感動で硬直しているレインたちの周囲では、すでに多くの乗客や乗組員が忙しそうに動いていた。

 スーツケースを転がす者、見送りのキスを交わす恋人たち、泣きながらハンカチを振る家族、積み込みを急ぐ作業員……

 それぞれの想いが交錯する、旅の玄関口だった。


「すごい……まるで映画のワンシーンみたいだな……」


 そう呟くレインの隣で、サヤが急に青ざめた顔になる。


「え、ちょ待って待って。今回の旅ってもしかして空旅?! ウチ高いところ苦手なんですけどッ!? バカデカイ鉄の塊が空飛ぶとか信じられないんですけど?! 絶対落ちるって絶対落ちるってぇッ!!」

「大丈夫、墜落してもゴーストモードになれば、落下ダメージ無効化できそうじゃね?」

「そういう話じゃないのよぉぉバカあぁぁぁ!」


 情緒不安定なサヤをよそに、ルナベールは真面目な表情で簡単な説明を始めた。


「この飛空艇は、現在存在する中でも最新かつ最大級の魔導飛空艇です。たしか“超級魔導旅客艇”に分類されていて、安全性と快適性の両方が評価されています。朱雀が誇る《再鋼技師さいこうぎし》たちの手によって造られた最高傑作で、その技術力は他国も一目置いているほどなんですよ」


 ルナベールの言葉に、レインがあたりを見回して呟いた。


「なんか貴族っぽい人が多いな……俺らみたいなの、浮いてないか?」

「まぁ、この飛空艇に乗るには本来、庶民には到底手が出せない金額の航空券を買う必要がありますからね」


 ルナベールはさらりと答える。


「でも今回、船長の計らいで“身分を問わず、抽選で搭乗できるチケット”が配られたんです。私たちも依頼という形で便乗できたのは、ある意味ラッキーですね」

「へぇ~、船長、優しい~……でも無理ぃ。"渡航"はやめ"とこう"よ~」


 意味不明なダジャレを言うほど、サヤが情緒不安定だ。


「まぁ、倍率はとんでもなかったらしいですけど。うちのギルドでも乗ったことある人もあまりいませんし、思い出にしましょう!」

「だな!……ところで、この飛空艇の名前はなんて言うんだ?」


 レインが飛空艇を仰ぎながらそう言ったそのとき――


「ノブレス・タイタン・フェニックス。”気高き、巨大な不死鳥”――」


 荘厳かつ軽やかな声が、背後からふいに届いた。


 三人が振り返ると、そこには旅人風の装束に身を包み、銀と紺のマントをひるがえした男が立っていた。


「――略して、《タイタニクス》。それがこの子の名前さ」


 彼はにこやかに微笑みながら、帽子のつばに手を添え、ゆっくりと一礼する。


「だれ......?」


 ぽつりと、サヤが男に尋ねた。目を細めながら、少し警戒するような声色で。


 男は気さくな笑みを浮かべて、手をひらひらと振った。


「──あ~ごめんごめん。驚かせちゃったかな? 僕の名はスカイ・J・フェニックス。この子――タイタニクスと同じ名前なんだ。運命を感じるだろう?」


 男はそう言って、後ろにそびえる飛空艇を親しげに「我が相棒」とでも言うように指差した。


 レインが一歩前に出て尋ねる。


「スカイ……さんも、乗るんですか?」

「スカイでいいよ、堅苦しいのは苦手でね」


 彼は肩をすくめて小さく笑った。


「僕も、今回の空旅に招待されてるんだ。船長に“空の旅に色を添えてほしい”って頼まれてね」


 ルナベールが興味深そうに首をかしげる。


「結構乗られてるんですか?」

「うん。船長とはちょっとした縁があってさ。僕の音楽が、このタイタニクスに“物語”をもたらすらしい」

「音楽……?」


 レインが反応する。

 スカイは満足げに頷くと、背に背負っていたケースから、弓のようにしなった細身の弦楽器を取り出した。


「僕の職業はバード。世界を渡り、出来事を詩にし、音にする旅人さ。この弓琴(きゅうきん)は、僕の武器であり、楽器であり、そして……人生の伴侶でもある」


 サヤがぽかんと口を開けて、「めっちゃ詩人っぽい」と呟いた。


「さてと……この“夢が詰まった冒険”の始まりに、相応しい一曲を――奏でてあげよう」


 スカイは静かに目を閉じ、吹き抜ける風を受けながら、弓琴の弦を優しく撫でた。


 その瞬間、空気が震えた。


 柔らかで透明な音色が、港の喧騒の中にすっと染み込んでいく。

 軽やかなメロディが重なり、まるで風そのものが音になったかのようだった。


 心を包み込むような温かさと、胸の奥を刺激する高揚感。

 次第に人々が足を止め、荷物を運んでいた者たちも、見送りの家族も、恋人たちも――すべてが音に引き寄せられていった。


 ルナベールが、そっと手を胸に当てる。


「……これは、魔導音楽……?」


 音に秘められた魔力が、聴く者の感情と共鳴する。

 不安がやわらぎ、勇気が芽生え、旅立ちへの希望が音に乗って心に満ちていく。


 演奏が続く中、サヤは無意識に口を開け、じっとスカイの姿を見つめていた。

 足元をすくわれるような浮遊感、地上から切り離されることへの恐怖。それは、彼女にとって二重の不安だった。


「……空なんて怖いに決まってるし、どうやって鉄の塊が空を飛ぶのよって思ってたけど……」


 どうしてだろう。


 スカイの音楽は、空に漂う雲みたいに柔らかく、暖かくて、落ちることよりも、舞い上がることのほうが素敵に思えるような気がしてきた。

 音が彼女の心の中に入り込み、ぎゅっと縮こまっていた不安を優しくほぐしていく。まるで「大丈夫だよ」と、誰かがそっと背中を撫でてくれているような……そんな感覚だった。


 サヤは静かに目を閉じ、音に身を委ねる。

 気づけば、彼女の口元には小さな笑みが浮かんでいた。


「あれ、さっきまでの不安が……。今なら乗れる気がしてきたかも」


 演奏がクライマックスを迎えると、タイタニクスの両翼が音に反応したかのように、虹色の魔力を湛えてふわりと広がった。

 まるでフェニックスが空へと舞い上がるかのような、壮麗な光景だった。


 そして、最後の一音が空に溶けた瞬間――周囲には、誰ともなく自然と拍手が広がっていた。


 スカイは軽く一礼し、弓琴を抱え直す。


「さて……旅立ちの曲は終わり。あとは、この空でどんな物語が生まれるか、だね」


 その言葉に、レインもサヤもルナベールも、言葉を失ったまま、ただ頷くしかなかった。

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