ep39 始まりの予感
レインとサヤの初めてのデートを終えてから、数日が経った頃。
ここでの暮らしにも少しずつ慣れ、いくつかのクエストをこなしていくうちに、彼らの日常はすっかりギルドの一員としてのものになっていた。
その日、ギルドの中はいつも通りの活気に包まれていた。
クエストを終えた冒険者が報告に戻ってきたり、新しい仕事を探してうろつく者がいたりと、雑然とした空気の中で、ひときわ落ち着いた笑顔を浮かべる受付嬢・シェリルが声をかけてきた。
「おはようございます、三人とも。ちょうどいいタイミングですね」
「シェリルさん、おはようございます。どうしたんですか?」
「実は、ちょうど今緊急の依頼が入ってきたんです」
レイン、サヤ、ルナベールの《トライデント》の面々がカウンターに集まり、シェリルの前に立つ。
その手元には、まだ書きかけの依頼書と、手直しされた伝票の束があった。
「緊急? モンスター絡みですか?」
「いえ、えっと……依頼内容は――『貴族の娘の護衛』。クエストランクはB。目的地は西の北端にある交易都市《焔牙峡》ヴァイス・エンジー》です」
シェリルの言葉に、ルナベールが小さく頷いた。
「ヴァイス・エンジー……火山地帯を越えた先の大都市ですね。国を端から端に横断するので、ここからですと陸路で1週間、海路で4日、空路で2日といったところですか」
「旅行いいね! 旅行したい!」
「依頼だって言うとるだろうが」
サヤがボケて、レインがツッコムいつもの流れ。
「移動手段は依頼内容に記載がありませんでしたので、直接依頼主の元へ行って確かめる他ありませんね」
「えっ、それじゃあ何日分の着替えを持っていけばいいのか分かんなくない?」
「そこはサヤのいう通り不便だな……」
と、悩むレイン。
「そうですよね~、緊急依頼だったもので詳細な情報が欠け落ちてました。これに関しては、私の方で依頼主に直接確認して、明日までにお伝えしておきますね」
「すいません、いつもわがまま聞いてもらって。ありがとうございます」
「いえいえ! それが私のお仕事ですから」
シェリルはにこやかに応えた後、依頼の概要を説明し始めた。
「依頼主は軍の関係者らしく、かなりの上級貴族です。護衛対象はその婚約者の女性。彼女の身辺を守るのが任務になります。対応できる人手が今、他にいなくて……」
「ま、俺らしかいないってことか」
「受けるかどうか、三人で相談して決めてください」
シェリルが一歩下がり、三人だけの輪ができる。
「どうしましょう?」とルナベールが静かに問いかける。
その声音には、ただの護衛任務では済まなさそうな予感も含まれていた。
レインは腕を組みながら、天井を仰ぐように軽く唸る。
「報酬も良さそうだしな……」
「貴族かぁ……絶対ワガママなタイプでしょ。めんどくさそ~……」
「ここ最近は、情報収集、人探し、街の警備とか、地味な依頼ばかりでしたよね?」
ルナベールが言葉を重ねる。
「恐らくこのクエストを成功させれば、ギルド内での信用も上がるはずです。冒険者ランクの昇格にも繋がるかもしれません。それによって《トライデント》としても、より自由な活動がしやすくなると思うんです」
「たしかにそうだね~」
サヤは思い返すように指を折る。
「皿洗い、掃除、迷子の子猫探し……うん、どれも冒険っていうより町内ボランティアみたいだったもんね。たまにはドカンと、”それっぽい”のやってみたいかも!」
レインは笑みを浮かべ、決意を込めた声で言った。
「よし、決まりだな。受けよう」
その一言に、サヤとルナベールが力強く頷いた。
「じゃあ、ちゃっちゃと準備して、明日に備えようか!」
「おー!」
三人は再び受付カウンターへ向かい、シェリルに依頼を正式に受ける旨を伝えた。
「了解です。では、依頼受理の処理をこちらで進めておきますね。集合場所や詳細については、明朝までに伝達いたします。準備を万全にしておいてくださいね」
シェリルは手際よく手続きの書類をまとめながら、いつもの柔らかい笑みを見せた。
「それじゃあ、長旅に向けて買い出しに行こうか」
レインの言葉に、サヤがぱっと手を挙げる。
「はーい! まずは食料! 保存食と甘いお菓子はマストね!」
「……甘いのばっかじゃ栄養偏りますよ、サヤさん」
ルナベールが苦笑しつつも、すでに頭の中で買い物リストを組み始めている。
「回復薬と応急キットもチェックしておきます。旅の中で何があるかわかりませんし」
ギルドを出て、三人はにぎやかな街並みに歩を進める。
市場では香辛料の香りが漂い、道端では旅芸人が火の玉を回して子どもたちを喜ばせていた。
「久々の本格的な遠出だな……ダンジョン探索以来だよな」
レインが目を細めて空を見上げる。
「うんうん! なんか、旅立ちって感じするね~。こう……わくわくするような、ドキドキするような?」
「明日からの護衛、うまくいくといいですね」
ルナベールの声には、少しの緊張と、それ以上の期待が込められていた。
買い物袋が少しずつ膨らんでいく中、三人の足取りは軽やかだった。
この時はまだ、彼らがこれから出会う運命の人々と、空を駆ける運命を知る由もなかった。




