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ep36 魔道具屋

 ランチの間、テーブルを囲んだ若手ギルドメンバーたちは、他愛もない話で盛り上がっていた。

 モンベルンがどれだけクリスティンに逆らえないかとか、レックスがルナベールに片思いしてるのを皆が薄々察してること、サンシャインが「丘の上の公園ってめっちゃデートに良いんだよね~」と熱弁していたり。


 サヤはパンをちぎりながらクスクス笑い、レインもツッコミを入れながら、どこかほっとしたように笑っていた。


 ──食後、そんなにぎやかな面々と別れて、ふたりは市場通りを歩いていた。


「さて、装備でも見に行こうか」

「うん! ウチ、前から気になってた店あるんだ~!」


 ふたりが向かったのは、町で最も大きな魔道具屋 セレスト・アームズ。

 市場通りの中心に構えるその店は、装備、道具、アクセサリー、魔導素材などあらゆる冒険者用アイテムが揃う名店だった。


 扉を開けると、カランとベルが鳴り、ふたりのテンションが一気に上がる。


 店内には所狭しと陳列されたアイテムがずらり。

 鎧、魔法の杖、指輪やネックレス、ブレスレット、ポーションにスクロール……まるでRPGのショップの中に入り込んだようだった。


「うわ~! 見てレイン、このネックレス超キレイじゃない? ルビーかな? それとも……ルベライト?」

「うお、こっちのベルト……『装備者の魔力自然回復速度を上昇させる』って書いてある! なんか、ゲームっぽい……!」


 サヤはショーケースにかじりつき、レインは商品の効果説明文をじっくり読み込んでいた。

 まるで子どものように目を輝かせるふたりに、周囲の客が思わず微笑むほどだ。


 ふと、レインが隣のサヤに問いかけた。


「なあサヤ、お前さ……ゴーストモードに変身すると、身につけてる装備、全部消えてるよな? もしかして、こういう装備、意味なくないか?」


 その一言に、サヤがピタリと動きを止めた。


「……あっ」


 そして、ガーンと効果音が聞こえそうな勢いで頭を抱える。


「まじでレインの言う通りじゃん!! 装備しても変身したらどっかいっちゃうのマジ不便!!」

「それも幽魂転生者(レヴナント)の特性かもなぁ」


 頭を抱えてしゃがみ込みそうなサヤの後ろから、渋い声がかかった。


「おう、そこのお二人さん」


 振り向くと、店の奥から現れたのは、白髪まじりの中年店主だった。

 頑丈そうな革エプロンをつけ、片手には金属磨きのクロスを持っている。


「もしかして、あんたら《赤蓮の牙》のギルド員かい?」


 サヤとレインが顔を見合わせる。


「……はい、そうですけど」

「そうかそうか。いや、いつもギルドには世話になってるからねぇ……ほら、これ」


 そう言って店主がサヤに手渡したのは、小さなガラス瓶。

 中には淡い虹色に光る液体が入っていた。


「これは……薬?」

「おう。“ガイアの秘薬”ってやつだ。攻撃も防御も、魔力も身体能力も、全部が強化される特別な一品さ」

「バフアイテムってやつか……」


 レインが呟くと、店主が頷く。


「今までは効果ごとに別々の薬だったんだがな、冒険者はどうせ全部飲む。だったら一個にまとめちまえってことでな。研究者が長年かけて作った最新にして最高の万能薬だ」

「えっ、でも……危なくないの? 一気にいろいろ効果ついて」

「ハッハッハ! 安心しな。国に届け出も済んでるし、ギルド経由の試験でも問題なしってお墨付きさ」


 サヤが手にした瓶をじっと見つめていると、レインが財布を取り出そうとした。


「これ──おいくらですか?」

「いらんいらん。タダでいい。うちの娘もギルドに世話になってるしよ。さっきの話聞いててな、装備がダメでも、これなら役に立つと思って渡しただけだよ」

「……ほんとにいいの? ありがと、おじさん! やっさし~!」


 サヤが笑顔で礼を言い、レインは少し申し訳なさそうに眉を下げた。


(タダでもらうのも、なんか悪いな……)


 そう思いながら、レインはさっきから気になっていた魔力回復効果付きのベルトを手に取り、レジへ向かった。


 こうして、ふたりは装備も揃え──次なる目的地へと、軽やかに店を後にするのだった。


 魔道具屋を出たふたりは、特に目的も決めず並んで歩き出す。

 街の空は高く晴れ渡り、風に乗って焼き菓子の甘い匂いや露店の香辛料の香りが運ばれてきた。


 昼下がりの商店街は活気にあふれていた。行き交う人々の声、楽器を奏でる旅芸人、魔法で動くからくり人形のパフォーマンス。

 そのすべてが、レインとサヤの“デート”にささやかな彩りを添えてくれていた。


「……さっきの店、ヤバかったねー。ウチ、ああいうアクセいっぱいあったらマジで破産するかも」

「わかる……。てか、説明文読んでるだけでワクワクするの、ゲーム脳すぎて自分がちょっと怖かった」

「んふふ、わかるー! でも……」


 サヤが、ふと横目でレインを見上げる。


「なんかさ、レインって……最初の頃より、ちょっと頼もしくなった気がする」

「へっ!?」


 いきなりの言葉にレインが思いっきり声を裏返す。


「な、な、な、なんだよ急に!」

「べっつに〜。なんかさ、前は常に“あ〜俺は不幸だ〜異世界でも不幸だ~うがぁー!”とかって、うじうじしてたじゃん?」

「おい、俺そんな大げさには言ってねぇぞ……誇張しすぎだろ!」


 ツッコミながらも、レインの耳がほんのり赤くなる。

 サヤはそれを見て、いたずらっぽく笑ったあと、ふと真面目な声になる。


「でも、なんていうか、最近は“前向きになった”って感じ。あの模擬戦のときもさ、ウチのために……その……守ろうとしてくれたりさ」


 ちょっとだけ目を逸らしながら言うその表情に、レインは照れたように後頭部をかいた。


「……ああいうの、たまたまだって。俺が格好つけられるのなんて、ほんの一瞬だから」

「ふぅん、そーいうことにしといたげる」


 サヤがにやにやしながら言い、また前を向いて歩き出す。


「それに、今日もあんなオシャレな店選んでくれたし……ちゃんとレディをリードしてるっぽい? レインなのに。うける」

「おいコラ、最後の一言余計だろ!?」


 レインもその後ろを追いながら、どこか居心地の良さを噛みしめるように息を吐いた。


 でも──その背中が、ちょっとだけ誇らしげに見えるのは、きっと気のせいじゃない。


「でもまあ……ありがとね。なんか、楽しい」

「……うん、俺も。だいぶ、楽しい」


 ふたりの歩幅が、自然とぴったり揃う。

 手が触れそうで、触れない。けれど、それがもどかしくも心地いい。


 そんな微妙な距離感のまま、ふたりは導かれるように街外れの歴史博物館へと向かって歩いていった。

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