ep31 戦い方
「グリム……え、なにそれ?」
「自分の能力ぐらいちゃんと把握を……うっ」
膝が崩れそうになるのをサヤが支える。
「大丈夫!?」
「クッ……立ってるのがやっとだ。それよりお前はワープできるはずなんだ。術技書に書いてあったろ」
「ワープ? ……あっそういえば、そんなスキルがあった気がする!」
「もし出来るなら俺も一緒にワープさせて逃げ続けろ。その間に俺が……」
「なるほど! レインの考えてること、理解した!」
レインとサヤが、視線を交わした。
「なんや、もう作戦会議は終わったか? ま、どのみち次で終わらすから意味あらへんけどな」
ファウストの煽りにサヤがニヤリと笑う。
「それはどうでしょうね~♪」
サヤがレインの肩に手を置く。
「いくよ、レイン♪」
「ああ、任せた」
パチンッ
サヤが指を鳴らした瞬間、二人の姿が霧のように掻き消えた。
その場に残された観客席では、ギルドメンバーたちがざわつき始める。
「……消えた!?」
「え、どこ行った!?」
「一瞬で……?」
レックスがきょろきょろと辺りを見回し、クリスティンは息をのむ。
その様子を見ていたメフィストが静かに声を投げた。
「ファウスト、索敵せぇ。お前の感知なら見つけられるやろ」
「分かっとる……」
ファウストが目を細め、気配を探るスキルを発動する。視線が研ぎ澄まされ、空間を裂くようにその意識が拡がる。
だが──
「なんやと……見えへん。 いや、そんなはずない……どこや……?」
ファウストの額に、一筋の汗がにじむ。
その異常に、メフィストも目を細めた。
「……おいおい、本気かいな。お前でも感知できんて、どんなスキル使っとんねん……?」
そのときだった。
ヒュンッ
投げられるような音とともに、背後から小石が飛んだ。
「……ッ!?」
「カタストロフィア!」
ファウストが振り返るよりも先に、レインの《厄災招来 》が発動する。
“不運”を引き寄せたその一撃は、無造作に投げ込まれた小石をファウストの左目に叩き込んだ。
「ちっ……コイツッ!」
わずかな痛みと反応の遅れ──
パチンッ
そこにサヤがワープを再発動し、二人の姿はまたしても消える。
「……なんや、かくれんぼのつもりか!?」
ファウストが苛立ち始める。
約十秒後、ふたたびレインとサヤがファウストの背後に現れた。
サヤがどこからか持ってきた陶器の花瓶をぶん投げた。
同時に、レインが《厄災招来 》を再び発動。
花瓶が不意に破裂し、破片が鋭い弾丸のように襲い掛かる。
「クッ……!」
驚異的な反射神経でほとんどの破片を躱すも、一部が肩と頬をかすめ、うっすらと血が滲んだ。
「上等や……!」
刹那、ファウストが二人を追いかけようとした瞬間──
ふたたび、二人は姿を消した。
観客席にざわめきが広がる。
「こりゃ特異な戦法だな」
「あのファウストが翻弄されている……?」
「はは……やるじゃねーか、あの二人」
ファウストは気配を研ぎ澄まし、神経を尖らせるが、次々に“場所”“時間”“タイミング”をズラされ、翻弄され続ける。
観客席で腕を組んでいたジンの金色の瞳がきらりと光を放った。その瞬間、瞳孔の奥で淡く魔力がうねる。──スナイパーとしての特殊な索敵スキルが密かに発動していたのだ。
彼の視界は、訓練場ではなく、遥か離れたギルド宿舎内のとある一室を捉えていた。そこには、回復薬を飲みながら談笑しているレインとサヤの姿。
「フハハハ……まさかそんな所にワープしていたとはな。面白い真似をする」
口元をゆるめ、愉快そうに鼻で笑う。
「ワープと探知妨害、そして因果操作──弱者にしては見事な連携だ。まるで計算し尽くされた舞台……いや、これはもはや漫才か」
ジンは金色の瞳を細め、余裕の笑みを浮かべた。
「いいぞ、もっと見せてみろ。おまえたちの"茶番"がどこまで本物に化けるか……弱者の策も、極まれば美しい」
彼の笑みには、皮肉とも賞賛ともつかない深い興味が宿っていた。
サヤとレインは、訓練場からワープした自室の床に座っていた。
まるで激戦の合間に設けられた秘密の休憩所のように、そこには静かな時間が流れていた。
「ワープで部屋に戻った時は驚いたが、いい機転の利かせ方だったな」
そう言って肩をほぐすレインに、サヤが得意げに笑いながら返す。
「えっへへ! 部屋に戻っちゃいけないなんてルールなかったもんね~、冴えてるでしょ!」
「死神の足音。一定範囲内にワープが可能。そして、影なき者で感知魔法を無効化するステルス性能……お前そこまで考えて」
「いや、別に? ウチはぶっちゃけレインのケガ放っておけなかっただけ。はい、回復薬」
「あ、サンキュ」
レインが瓶を受け取り、ごくりと中身を飲み干す。
「なんか卑怯に見えるけど、俺たちなりの戦い方ってやつだよな」
レインが小さく笑うと、サヤもニカッと歯を見せた。
「そうそう! あいつガチで強いんだから、これぐらい大丈夫っしょ。むしろ褒めてほしいくらいだし」
「……だな」
レインは立ち上がり、手首を軽く回す。
「次なに投げよっかな。あ、その回復薬の瓶にしよ♪」
「ていうかさっきの花瓶……もしかして狙ってやったのか?」
レインがそう尋ねると、サヤはケロッと笑って肩をすくめた。
「んー? 別に深い意味はないよ? ウチ、あんま攻撃できる手段ないからさ、とりあえず何か投げとこって思って」
「……え、マジでそれだけ?」
「うん。手元に石とか花瓶とかあると、とりあえず投げたくなるじゃん? 気持ちの問題ってやつ♪」
レインはしばらく絶句してから、小さく呟いた。
「……待てよ」
レインはサヤの投げた花瓶が、カタストロフィアと同時に破片となってファウストへ襲いかかった瞬間を見て、ハッと目を見開いた。
それは、明確なダメージとなって相手を貫いた。ただの偶然──じゃない。自分のスキルが、“狙って”相手に作用した手応えが確かにあった。
これまで、カタストロフィアは“運任せ”のような印象があった。相手が魔法を唱えたり、剣を振るったり──何かしらの行動を起こしたときに、それを逆手にとる形で不運を引き起こし、初めて結果として作用する。
あくまで受動的な干渉。それが、自分のスキルの限界だと、どこかで思い込んでいた。
だが――
「投げるっていう動作に、俺の《カタストロフィア》を合わせれば、ただの物でも“偶然”を装って狙って当てられる。……受け身じゃなく、“能動的な不運”を当てにいけるってことか!」
「おお~……なんか難しいけどスゴそうじゃんそれ!」
サヤはよく分かっていない様子でうなずく。
「つまりさ、ウチが意味もなく物投げてるように見えて、実はめっちゃ戦略的だったってことだよね!?」
「……いや、それは違うけど……結果的に助かった」
「うふふ~♪ やっぱウチって才能ある~」
レインは苦笑しつつも、その内心では確かな手応えを感じていた。
ついに、自分たちにしかできない戦い方が見つかり始めていた。
「やっと……俺にも、攻めの一手ができたかもしれない。サヤ! 投げるものをかき集めてくれ!」
「アイアイサー!」
ふっと笑うレインの表情には、今までになかった確信の色が浮かんでいた。
「よし、そろそろ行くぞ! この戦いを終わらせよう」
二人は視線を交わし、再び戦場へと消えた。




