ep28 S級冒険者
「っ……」
レインの肩がピクリと跳ねた。その顔は明らかに強張っている。
「え? なにあの人たち? 知り合い?」
サヤがレインにひそひそと耳打ちする。レインは目を逸らしたまま小さく頷いた。
「……ちょっと、苦手な人たち。あまり目立たない方がいい」
そのとき、彼らに気づいたソルフォンスが声を上げた。
「おお、メフィスト、ファウスト! 久しいのう! 宴もたけなわじゃ、こっち来て杯を交わそう!」
ソルフォンスの豪快な笑みに、双子はゆるりと歩み寄る。
が──ソルフォンスの隣に座っていたレインに目を止めたメフィストが、笑みをさらに深めた。
「おやおや。まさか“期待の新人”もご一緒とはなぁ……これはまた」
「え、ウチら期待されてるの?」
サヤが首を傾げて無邪気に笑った。
その問いに、メフィストが優雅に手を差し出す。
「そっちは確か、初めましてやな? 俺がメフィスト、そしてこっちが双子の弟、ファウスト。以後よろしゅう」
「えっ! 双子なんだ! 通りで似てると思った〜! 双子いいな〜、ウチも妹ほしかったなー!」
サヤは興味津々な様子で、テンション高く話しかける。
レインは思わず身を乗り出し、小声でサヤの耳元にささやく。
「おい、あんまり余計なこと言うなって……」
「え、なんで? 普通に仲良くしてるだけじゃん?」
そのやりとりを聞きながら、メフィストが笑顔のままレインに目を向けた。
「ええんやで、サヤちゃん。失礼なことなんて何もあらへん。自由に気ままに、好きにしなはれ」
だが次の瞬間、メフィストの目が細まり、空気の温度が一段階下がる。
「──おまえさんらが、うちのギルドに危害を加えない限りは、な?」
レインが言葉を失って俯く。サヤはきょとんとしたまま、事態を飲み込めていない。
沈黙を割るように、ソルフォンスが眉をひそめて口を開いた。
「ほう……それはどういう意味だ、メフィスト」
「そのまんまの意味やで」
肩をすくめるメフィストの隣で、ファウストが低く呟いた。
「ギルドマスターから周知があったはずや……こいつらの能力について」
「確かに力の説明は聞いている……だが、その力とギルドへの危害に何の関係がある?」
ソルフォンスが重く問いかける。
ファウストは鼻を鳴らしながら、じり、とレインとサヤに一歩だけ近づいた。
「……感じひんのか? こいつらの中で蠢いとる“異能”を。これは……人の力やあらへん。“忌まわしき存在”によう似とるわ。この力は、いずれデカい破滅を引き寄せる。……ここにおる全員が──その渦に巻き込まれるんやで」
その言葉が落ちた瞬間、食堂の喧騒が、凍りついたように静まり返った──。
笑い声が止み、カトラリーの音さえ遠ざかる。
レインはその場にうつむいたまま動かない。拳を握りしめる手は膝の上で微かに震えていた。サヤは険しい表情でファウストを見返し、眉間にしわを寄せていた。
そんな中、メフィストがにこりと笑いながらレインに向けて言う。
「せやからなぁ、“期待の新人”くん。自分がどうすべきか、もう分かっとるやろ?」
その言葉には棘しかない。
「ギルドから出ていけってことだろ?」
「……なにそれ、ウチら出ていかなきゃいけないの!?」
サヤが小さく呟いた。トーンは低いが、眉間にはしっかりと怒りの色が浮かんでいた。
(……やっぱり、こうなるんだよな。自分の力を、未来を、そしてこの居場所を。せっかく頑張って……やっと、“仲間”って呼べる人たちと一緒に歩き出せたのに)
(でも、まただ。これからって時に、いつも……“壁”が現れる。不幸の壁が、前に立ちはだかる。普通に努力して、普通に認められて、普通に笑い合える……ただそれだけのことすら、許されないのか。俺のせいで、また誰かが傷つく……また誰かを巻き込む)
抑え込んできた不安と罪悪感が、胸の奥で渦を巻く。
不運という名の鎖が、今も彼の足を掴んで放そうとしない。
(どれだけ頑張っても……俺は――)
そのときだった。
「──それは違います!」
食堂に響いた、張りのある声。
立ち上がったのは、ルナベールだった。椅子が軽く引きずられ、床にかすれた音を残す。彼女の蒼銀髪が肩に揺れ、真剣な眼差しで兄弟を見据えていた。
「レインさんとサヤさんが、ギルドに危害を与えるなんて……そんなの、あり得ません!」
食堂の空気が、ふっと揺れた。
「私は信じてます。二人は、ちゃんと自分の力に向き合ってる。それにギルドマスターも言ってました……“二人の力は成長に応じて制御できるようになる”……と。だから私は二人を見守ります。何を言われようと」
胸に手を当てるルナベールの姿は、小柄ながらも、はっきりと“意志”を持っていた。
レインは、その言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。まるで、閉ざされかけた心の扉に、光が差し込んだようだった。
しかし──
「ほぉ……?」
メフィストが笑いながらサイドの髪を指でかき上げ、ファウストと視線を交わす。
そしてファウストが口を開いた。
「せやけどな、いくら本人が成長しても──その“力”が暴れずに大人しくついてきてくれる、なんて誰にも分からへんやろ?」
ファウストの声には冷えた理屈と経験からくる重みがあった。
「ええか、ルナ。力っちゅうのはな、育つんや。しかも、持ち主の意思を超えてな。暴れ出したら、誰にも止められへん……」
視線をレインへと向ける。その眼差しは鋭く、断罪に近いものだった。
「──もしも“覚醒”なんてしたら、その時点で手遅れや。取り返しつかんことになる」
ざわついていた空気は、再び重たく凍りついた。誰もが言葉を失い、兄弟の言葉が静かに食堂の隅々へと沁みわたっていく。
その中心で、ルナベールは拳を握りしめた。
「……それでも、私は信じています。レインさんとサヤさんは、そんな力に呑まれたりなんてしません」
その言葉に、メフィストがフッと鼻を鳴らした。
「おいおい……ファウスト、お前の彼女もうちょい賢い子や思うたが、意外に感情的なんやなぁ。ちょっと前まで“孤高の魔導士”なんて呼ばれとったのに」
嘲るような笑みに、ルナベールの眉がピクリと動いた。
だが、その隣でファウストが一歩、ルナベールに近づきながら手を差し出す。
「なぁ、ルナ。お前は頭ええ子や……誰について行くべきか、ちゃんと分かっとるやろ?せやから、俺が守ったる。……安心して、俺の腕の中で輝くんや」
スッと差し出される手。まるで舞踏会でエスコートするような優雅な所作──だが、場の誰もが違和感と不快感を覚えていた。
「えっ……ルナちゃん、この胡散臭い性格悪そうな人の彼女……だったん?」
サヤが目をぱちくりさせたまま口を開いた。
ルナベールは耳まで真っ赤に染めながら、ピシッと背筋を伸ばして叫んだ。
「ち、違いますっ! ファウストさんが勝手に言い寄ってきてるだけです! 私は彼女なんかじゃありません!」
「おい、ファウスト。お前思いっきり振られとるやないかい」
メフィストが腹を抱えて爆笑した。
「アホか、ルナは照れとるだけや。ツンデレやねん。本心はワイが一番よぅ知っとる」
食堂のあちこちで、ギルドの仲間たちが一斉に溜め息をついたり、額に手を当てたりする。
「また始まった……」と呟くクリスティン。
「ねぇ、誰か止めようよ……」と困り顔のナナ。
「ルナベールさんに変なこと言うな! 何がツンデレだ、勝手に彼氏ヅラしやがって!!」
レックスは怒っていた。
だがそのやりとりの最中──
レインが、ゆっくりと立ち上がった。
不幸な力が仲間を傷つけるかもしれない未来に、心が絶望しかけた。だけど、ルナベールは信じてくれた。俺とサヤを迎え入れてくれたフレイさんの信頼もある。少なくとも俺はこの信頼を裏切りたくない。
そう思えたからこそ、レインは顔を上げる。そして、揺るぎない声で言った。
「……俺は、力に呑まれたりなんてしない。絶対に、自分の力を制御してみせる」
その声は震えていなかった。静かに、けれど確かな意志を宿していた。
ファウストが鼻を鳴らす。
「ほぉん?」
しかしレインは続ける。
「それと──ルナは俺の、大切な仲間だ。……だから、絡むのやめてくれ。迷惑だ」
空気が、再び緊張に包まれる。
「……なんやと?」
ファウストの声が、低く唸るように響いた。目と目がぶつかり合い、ふたりの間に火花が走る。
それを見かねて、ソルフォンスが立ち上がった。
「よさんか、二人とも。ここは戦場ではないぞ。ギルドの宴席じゃ」
「俺らはこのギルドのためを思って言ってるだけやで……」
メフィストが静かに告げた、その直後だった。
「──喧しいな。……俺の酒がまずくなるだろうが、くだらん痴話喧嘩で食堂を汚すな」
その声が、カウンターの奥から響いた。
一斉に、視線が集まる。
手にしていたワイングラスをテーブルに軽く置き、すっと立ち上がる。
「……双牙が揃って、新人相手にずいぶんと」
「おやおや、S級冒険者のジンはん……アンタが新人の味方とは意外やな?」
「ハッ。俺は誰の味方でもない。……だが、俺の思い違いか? 世界に名を馳せたS級冒険者ともあろう兄弟が、まだ未熟な力に怯えてるようにしか見えんのだが?」
「……なんやと」
普段は笑みの奥に隠れていた糸目が、ゆっくりと開かれた。にこやかだったメフィストの顔に、冷たい“本性”が滲み出る。
ジンはそれすらも面白がるように、ゆったりと腕を組んだ。
「不満があるなら、口喧嘩ではなく──力でねじ伏せればいい。模擬戦で白黒つけたらどうだ?」
ざわつく食堂。
「ほう? それはええ案やな。珍しく」
「おいおい……新人がS級相手に模擬戦って、無茶すぎだろ」
モンベルンがグラス片手にジンをちらり。
「なら、そこまでの器だったってことだ。弱者に構ってやる理由はない」
「はぁ……珍しく誰かをかばったかと思ったら、お前……。ほんっと、相変わらず極端だな」
モンベルンが肩をすくめ、グラスを口元に運ぶ。
そんなやりとりの中心で、レインは黙ったまま拳を強く握りしめていた。
──逃げられない。いや、逃げちゃいけないんだ。
誰かに信じてもらったのなら、その信頼に、応えなければならない。
その決意が、確かに胸の奥で、静かに、だが確かに燃え始めていた。
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