ep27 冷めない熱気
陽が沈み、朱雀の空が茜色に染まる頃。ギルド《赤蓮の牙》の食堂は、熱気と笑い声に包まれていた。
いつもの木製のテーブルには、ずらりと料理と飲み物が並び、厨房からは次々と香ばしい匂いが漂ってくる。
「よぉ〜し! 今日の主役たちに盛大な拍手ッ! 最高だったぞ、エリアル・クラッシュの選手たち!」
シャルロードが大皿を掲げながら豪快に声を上げると、食堂中から拍手と歓声が湧き上がった。
ルナベール、ジン、ソルフォンス、ミリテット、ナナ──試合を終えた五人は、やや照れたように笑みを浮かべながら席に着く。とくにルナベールの周囲は、レックスを筆頭に人だかりができていた。
「ルナベールさん、マジでかっこよかったっす! 鳥肌立ちましたって!」
「ありがとう、レックス。でも……そんなに近くで見つめられると、ちょっと恥ずかしいかな……」
頬をほんのり染めて目を伏せるルナベールに、レックスは「ひゃ〜〜」と赤面して椅子ごと後ろにひっくり返る。
「ったくもう、落ち着きなさいよレックス。せっかくの宴なんだから、テーブル壊さないでよね!」
レックスを睨みつけながらも、サンシャインはどこか楽しそうに溜息をついた。
その様子を見て、カウンターで酒を飲んでいたモンベルンが笑いながらジンに声をかける。
「いやはや、いつも通りの超火力だったな。マジで容赦ねぇ。あんだけバンバン魔法ぶっ放して、魔力枯渇しねーの?」
肩肘ついてぐでっとしながらも、その目はしっかりジンを見ている。
ジンは薄く笑って、グラスの中身を一息に飲み干すと、尊大に鼻を鳴らした。
「俺が枯れる? ハッ、誰にモノを言っている。覇王たる俺の魔力は《宇宙の底》よりも深い。凡俗の尺度で測ろうとするな」
「いやいや、もうそれブラックホールだろ。なんかこう……魔力湧き出る温泉地帯とか持ってたりする?」
モンベルンが茶化すと、横からシャルロードが笑いながら乱入してくる。手に巨大な肉の串を持ちながら、豪快に笑っていた。
「ハハハッ! ジンは昔からそうだよな〜! “自分こそ最強”って顔してるけど、実際強いから腹立つんだよなぁ!」
シャルロードは豪快にジンの背中を叩くが、ジンは微動だにしない。
「無礼な狼藉だな、シャルロード。だが許してやる。下賤なものは力ある者にすり寄る性……可愛げのある振る舞いだ」
「はいはい……今日も今日とて俺様全開だな」
モンベルンが突っ込みながらも、どこか楽しげに酒をあおる。
ジンは一瞬だけ瞳を細め、ふっと口角を上げて応じた。
「貴様ら凡人の酌でも、俺の杯が傾くなら……多少は認めてやらんこともない」
「上からすぎて笑えてきたわ。まぁでも、そのおかげで今日の試合も見ごたえあったけどな。お疲れさん、ジン」
モンベルンが軽くグラスを掲げる。
ジンはそれに視線を流すだけで、再び静かに飲み始めた。
そして、隣でシャルロードがかぶりついた肉を咀嚼しながら、無邪気な目でジンを見た。
「ジン、明日も試合あるんだろ? 次もバッキバキにぶちかましてくれよ! オレ、ジンの魔法、マジで好きなんだ!」
「……ふ。よいだろう。貴様ら下々の愚民に、もう一度“覇王の力”を見せてやる」
ジンが金色の髪を払いながら立ち上がった瞬間、カウンター周辺はさながら戦場前夜のような熱気を帯びていた。
一方、ミリテットは踊るような身振りでエジールとクリスティンの間にスッと割って入り、にこにこと笑顔で話しかけた。
「ねえねえ、二人とも観てくれたでしょ? 今日のあたしの炎舞、キマってた?」
「……動きは派手だったな」
「おっ、素直じゃんエジール!」
「だが無駄が多い。特に三回転した後の着地、あれは不要」
「ちぇっ、細かいなぁ~!」
苦笑するミリテットの横で、クリスティンが淡々と口を開く。
「でも、観客の反応は一番大きかった。見せ方としては正解だったと思う」
「え、ほんとに?! 最高じゃん! クリスに褒められた〜ありがと!」
くるっとターンを決めながらミリテットは笑い、三人の周囲に和やかな空気が広がった。
少し離れた席では、ソルフォンスとナナが、レインとサヤのテーブルに顔を出していた。
「おぉっ、そなたらが噂の“アレス”の英雄たちか! ルナと共に修羅場をくぐったという若者、まさにその気迫、顔つきに表れておるな!」
豪快な声とともに現れたソルフォンスに、レインは一瞬たじろぎつつも慌てて立ち上がる。
「あ、あの、初めまして! レインです! さっきの試合、凄かったです! 盾で敵の攻撃全部受け止めて、活路を開いてたとこをとか! めっちゃカッコよかったです!」
「ふっはははっ! そうかそうか、よく見ておったな! 仲間を守るのがワシの役目じゃ! 背中は任せろと、ドンと構えてこそ盾役の誇りよ!」
「誇り……、なるほどっすね……」
ソルフォンスの後ろから、明るく声を張る少女が現れる。
「はじめまして〜! ナナですっ♪ 回復担当の癒し系ヒーラーしてますっ!」
「きゃわ~~っ! ナナさんかわいいっ! ウチ、サヤ! よろしくね〜!」
「えっ、サヤさんも可愛いです〜! なんか私たちどこか似てません?」
「それな〜っ! なんか波長が合う感じするよね〜!」
「えへへ、絶対仲良くなれると思ってたんです! ねぇ、今度オフの日に一緒に買い物行きません? アクセとか見に行きたい〜!」
「行く行く〜っ! 服とかコスメも見たいし、ついでにカフェで甘いもん食べよ〜!」
二人の息は最初からぴったりで、あっという間に次の休日の予定まで組み始めていた。
わちゃわちゃと盛り上がるサヤとナナの横で、レインがぽつりと呟く。
「エリアル・クラッシュ……出てみたくなっちゃいますね。あんなステージで戦えるなんて、憧れます」
それを聞いたソルフォンスが、バンッとテーブルを叩いて高らかに笑った。
「おおっ、それでこそ男よ! エリアル・クラッシュはただの競技ではない、戦士たちの魂が火花を散らす、栄誉の戦場よ! 一度でも足を踏み入れれば、己の血が騒ぐこと間違いなし!」
「やるやる! もう今すぐ飛び込みたいくらい!」
サヤが拳を握って身を乗り出すと、ソルフォンスもガハハと笑って応じた。
「その気概、実に良し! サヤ殿、そなたには爆炎のような才覚がある! 今度共にフィールドに立つときが楽しみだ!」
「ああぁでもちょっと待って! 俺、空中に浮かぶ足場とか、絶対踏み外して一瞬で落ちる気がするんですけど……」
レインが苦笑まじりに頭を抱えると、ナナがくすりと笑ってその肩をポンと叩いた。
「ふふ、大丈夫ですって。最初は誰だって落ちますよ? しかも頭から! 私も何回たんこぶができたことか……でも、ちゃんと慣れますから!」
「いや怖っ! 一体何に慣れるの?! たんこぶできることに?!」
「じゃあじゃあ、ルナちゃんにコーチ頼んじゃおっかな〜?」
サヤがからかうように振り返ると、ルナベールはびくっと肩を揺らして、小動物のように椅子の背に隠れた。
「えっ……わ、わたしが教えるんですか……!? そ、そんな……えっと……で、できるかわかりませんけど……」
「「かわいすぎか」」
サヤとレインが揃って突っ込み、テーブルには和やかな笑いが弾けた。
──打ち上げの宴は、和やかで温かな空気に包まれていた。
宴の熱気が最高潮に達し、笑い声と食器の音が入り混じる賑やかなギルドの食堂。その扉が、ギィ……と重たく開かれた。
現れたのは、糸目のままに笑みを浮かべる長身の男と、その隣で不機嫌そうに眉をひそめる無骨な男──メフィストとファウスト。ギルド《赤蓮の牙》が誇る双子のSランク冒険者だった。




