ep26 蒼閃の戦姫
──開始からわずか数分。
ルナベールひとりで、すでに十得点を叩き出していた。
雷、氷、風、炎──自在に操られる四属性の魔法が縦横無尽に敵陣を駆け抜け、観客たちの視線と歓声を独占する。
だが──
「チッ、とことん舐めやがって……!」
敵チーム《ブラック・ファイア》のリーダー、グラードが苦々しく舌打ちした。
「囲め!」
彼の合図とともに、チーム全員が一斉に動き出す。
レンジャーのルグが矢を放ち、ウィザードのロゼが火球を編み、アサシンのロキが音もなく背後へと忍び寄る。エリアル・コアを手にしたプリーストのアーレイはゴールへ向けて急ぐ。
だが──ルナベールは、動かない。
「何突っ立って──」
その瞬間。
蒼い光が、空を裂いた。
敵の攻撃をかき消すように、空間に無数の魔法陣が展開される。そして、そこから放たれた閃光──まばゆい無数の魔力光弾が、次々と敵チームの攻撃を撃ち落としていく。
光の嵐の中心、腕を組んだまま悠然と立つのは、黄金のコートを纏う男。
ジン。
「さて……そろそろ、俺たちも楽しませてもらうか」
冷ややかな金の瞳が、敵を値踏みするように見下ろす。
無数の魔法陣がその背後で輝きながら回転し、次の瞬間──一斉に光弾を放った。
閃光の乱舞。空間すら軋むほどの密度と速度で撃ち出される攻撃に、敵チームは完全に動きを封じられる。
「な、なんだありゃ……!? あんなスナイパーなんて聞いたことねーぞッ!」
「遠距離から一方的に撃ち落としてくるぞ、気をつけ──ぐっ……!」
思わず動きを止めたレンジャーのルグが、光弾に掠められ、空中でバランスを崩す。
その光景を見届けると、ソルフォンスが立ち上がり、肩を鳴らす。
「やれやれ、先走りよってからに……」
ナナが小さく息を整え、癒しのオーラを掌に灯す。
「皆さん、後方支援は任せてください……!」
ミリテットはくるりと一回転し、ふわりとした踊りで身体を整えながら、腰の魔導扇を広げた。
「さてさて、いっちょ派手に行こっかぁ!」
各ポジションが動き出す中、対する《ブラック・ファイア》も黙ってはいない。
「行けっ! 一斉突撃だ!!」
グラードが叫び、敵チームが怒涛の連携攻撃を仕掛ける。
その光景を見て、観客席でレインが目を見張った。
「すげぇ……なんだあの連携……!」
「チームにはそれぞれポジションってのがあるんだ! ソルフォンスさんが"ガードナー"で、敵の攻撃を真正面から受け止めて、味方を守る盾になる!」
レックスが各ポジションについて解説を始める。
「んで、ミリテットさんは"フィニッシャー"って言って、基本このポジションが《エリアル・コア》を魔導リングまで運ぶ役割を担う。相手チームで言えばアサシンの男がそこのポジションだね」
「なるほど。ガードナーが敵の攻撃をブロックしながら進路を確保して、フィニッシャーがゴールする……ってことだな」
「お、そうそうそゆこと! そしてジンさんは"ブレイカー"ね。遠距離から敵を叩きつぶすポジション! いつもド派手にぶちかましちゃうんだよね~ジンさん」
「なんか、そんな感じする……」
「ナナさんは"ルーラー"で一番後ろにいて一見地味そうだけど、回復や状態異常解除、バフ付与を担っていて、もうそりゃみんなの命綱よ! この競技はどうしてもダメージを受けちゃうから、戦闘継続のためにも絶対チームに一人は必要なんだよ」
最後に、サンシャインが短く補足した。
「そして、ルナベール先輩が"ドミネイター"! この競技の花形です!」
「あっ、俺が言いたかったのにー!!」
「それはどんなポジションなんだ?」
「司令官だよ。ポジションに囚われず自由に動き回りながら守備も攻撃も行い、味方に指示を出して戦場を支配する」
「……すげぇ、めっちゃ重要なポジションじゃん」
「今まで見た試合の中でこのポジションを完ぺきにこなせるのって、ルナベールさん以外にいないと思う! それぐらいルナベールさんの実力はトップクラスってことなんだぜ!」
そして、空中ではさらに戦況が動いていく──。
グラードが怒声を上げる。
「散れ! ジンの射線を切れ! 一人ずつ囲んで潰すぞ!!」
《ブラック・ファイア》が一斉に動いた。
ルグが矢を放ちながら、浮遊足場を飛び移ってジンの位置取りを崩しにかかる。ロゼは炎の魔法陣を展開、火球の雨を降らせて牽制し、アーレイがその後方で結界を張り、仲間をサポートする。ロキは再びハイドスキルで姿を隠し、裏へ回り込む。
「フンッ……ようやく、踊る気になったか」
ジンは腕を広げると、さらに魔法陣を数十個展開させ次々と光弾を呼び出し、敵の攻撃と精密に撃ち合う。矢の一本も、火球のひとつも、その防壁を破ることはできない。
「……でも、あれが本気の《赤蓮の牙》……!」
そのとき。
「させんッ!!」
低く響く声と共に、グラードが正面から突進してくる。分厚い肉体から繰り出される剛拳が、空間ごと捻じ曲げる勢いでソルフォンスに襲いかかる!
だが、ソルフォンスは怯まない。右足を一歩踏み出すと、豪腕でグラードの拳を受け止め、そのまま地面に叩きつけるように投げ返す。
「ぬぉっ……!!」
「まだまだだな。腰が入っとらん」
その一撃で足場がひとつ砕け、グラードが体勢を崩す。
すかさず、ミリテットが滑り込んだ。
「はいはい、こっちおいで〜!」
軽やかな声と共に、ミリテットの魔導扇から紅蓮の焔が舞い上がる。彼女のステップに合わせて炎は花のように広がり、敵を眩惑するように踊る。
アーレイがロゼを守るように障壁を作って防ごうとするが――
「ちょっとバリア張るの遅かったね~」
ミリテットの刃が回転し、炎を纏った蹴りがロゼの胸元を弾いた。
その隙に、ナナが仲間たちへバフを掛けてさらに強化する。青白い光が味方を包み込み、戦場全体のリズムが一気に《赤蓮の牙》のテンポに傾いていく。
ルナベールが上空から状況を俯瞰し、ひとつ頷いた。
「全員、連携完了……あとは仕上げ、ですね」
彼女の指先に、再び雷光が集まりはじめる。
そして再び、ルナベールの詠唱が響いた――。
「《サンダーレイン》――展開!」
空を裂く雷鳴とともに、数十の落雷が戦場を包み込む!
《ブラック・ファイア》は、その激流のような攻撃の中、次々と足場を失い、浮遊コートから叩き落とされていく。
「や、やばいっ……このままじゃ――」
逃れようとしたロキが、気配遮断を解いて《エリアル・コア》に飛びつくも――
その手前に、ルナベールが先回りしていた。
空中で視線が交差する。
ロキが目を見開く。
「……なんで、ここに……!?」
「私は戦場の支配者。“見えない”ものは何一つないの」
静かに告げたルナベールが、雷の刃でロキの足元を打ち砕き、彼を真下へと叩き落とす!
そして、彼女は残された《エリアル・コア》を手に取り、しなやかに宙を舞う。
「決めます」
風を纏い、敵陣をすり抜けると、彼女はそのままゴールリングへ跳躍し――
《エリアル・コア》を叩き込んだ。
会場が、一瞬静まり、そして――
「うおおおおおおおおおっ!!」
歓声が爆発する。
「──追加一点、決まったァ!!」
実況の魔導音声が響き渡る中、観客たちはその鮮やかなプレイに酔いしれていた。
ルナベールの背には、雷の残光が翼のように煌めいていた。




