ep25 エリアル・クラッシュ
街の中心部から南へ抜けると、坂道がゆるやかに続いていた。登った先に広がるのは、ふだんは人通りもまばらな高台の公園。しかしこの日ばかりは違った。
旗が翻り、魔導式スピーカーから音楽が鳴り響く。屋台や露店が立ち並び、色とりどりの飾りが風に踊る。人々のざわめきと歓声が渦巻くその光景は、まさにお祭り騒ぎだった。
その中心に構えられたのは、魔法結界で囲われた巨大な競技場。四方には観客席が並び、中央の円形アリーナは、赤く染められた魔石の床で彩られている。
「へぇ~、これが会場……思ったよりデカいじゃん!」
横を歩くサヤが感嘆の声を漏らす。空には魔法のホログラムが浮かび、《紅蓮州主催・エリアル・クラッシュ大会》と、金色の文字がキラキラと光っていた。
「街ぐるみで力入れてる感じがして楽しいな」
会場前の広場には、大道芸人が火の玉を操り、子どもたちがそれを見て歓声を上げていた。隣の屋台からはスパイスの香りが漂い、まるで武闘大会と文化祭が合体したような活気に満ちていた。
そのとき。
「おーい!」
軽快な声に振り向くと、見覚えのある三人が手を振っていた。
同じギルドメンバーのレックス、クリスティン、そしてサンシャイン。ギルドの中でも比較的若目な三人が、どこかピクニックでも来たかのようなラフな格好で、紙袋を抱えていた。
「レックスたちも来てたのか」
レインが声をかけると、レックスはニッと笑い、両手を腰に当てて胸を張る。
「観戦のために朝から場所取りしてたんだよ〜! って言っても、結局いいとこ取られて、今は後ろのほうの席だけど……。今日はルナベールさんも──」
「レックス!」
サンシャインが素早く肘でレックスの脇腹を突き、ピシャリと制止。
「え、なになに? なんかあるの?」
「ルナがどした?」
サヤとレインが揃って首を傾げる。二人の視線に、レックスは慌てて手をぶんぶんと振って否定した。
「あぁ、いやいやなんでもない! そ、それよりみんなで試合観に行こうぜ!」
額にじんわりと汗を浮かべながら、ぎこちない笑みで話題を変える。
レインが半信半疑の目を向ける中、クリスティンが静かに口を開いた。
「……いずれ分かります。会場に入れば、すぐに」
淡々としたその言葉には、どこか意味深な響きがあった。
風に煽られる会場のざわめきの中、サヤとレインは小さな違和感を覚えながらも、ともに観客席へと歩き出した。
「わー、人めっちゃ多いね〜!」
レックスが確保してくれた観客席に着くなり、サヤは目を輝かせながら歓声の波に目を向けた。屋台の香ばしい匂い、宙を舞う魔法の光球、ひしめき合う観客たち──まるでお祭りのような熱気が会場を包んでいた。
「この人の数……そんなに有名な大会なのか?」
ぽつりと呟いたレインに、サンシャインが嬉しそうに頷く。
「もちろんですとも! エリアル・クラッシュは世界で最も人気のある競技ですし、今回は三年に一度の大規模な大会なんですよ!」
「なんかオリンピックみたいだね」
「たしかに、そんな感じだな……」
レインとサヤが感心したように顔を見合わせる。
「まずは各州で予選が行われて、勝ち残ったチームだけが決勝トーナメントに進めるの。そこで優勝できたら、今度は国の代表として“世界大会”が待ってるんですよ」
「まじかよ……すげぇな」
「そーそー! エリアル・クラッシュは立体的な攻防、技術力、精神力、戦術や連携など全部求められる総合バトルなんだぜ!」
レックスがノリノリで説明を補足する。
「……ってことは、出場してる選手たちって、みんな実力者ってことか」
「その通りです」
クリスティンが淡々と、しかしどこか誇らしげに答えた。
「エリアル・クラッシュは五人一組のチーム戦。武器も魔法もスキルも使用自由。空中に浮かぶ魔法球を奪い合い、敵陣の“魔導リング”に叩き込んで得点を競う──それがエリアル・クラッシュ」
「空中で球技で……さらにチームバトル?!」
サヤが眉をひそめる。
「うん、試合は《浮遊魔導コロシアム》と呼ばれる特別なフィールドで行われる。数十メートル上空に“足場”がランダムに浮かんでは消える、変則的な空中フィールドなの」
「足場が消える!? そんなんで戦えんの!?」
「だからこそ、魔法での浮遊や加速、回避が重要になる。地上戦よりも空中戦術とチームワークが問われる競技なの」
「なんかレベチすぎるんですけど……」
サヤが思わずため息を漏らすと、サンシャインが少し真剣な表情で言葉を継いだ。
「とはいえ、怪我はつきものです。本気のぶつかり合いですからね。でも毎年、この大会を観て“冒険者を目指したい”って言う子たちがたくさんいるんですよ」
「へぇ~……そんなにすごい大会なら、ルナも一緒に観ればいいのにな」
その言葉に、サンシャインとレックスが顔を見合わせ、意味ありげな笑みを浮かべる。
「大丈夫です。……すぐに分かりますよ」
サンシャインの落ち着いた声が、どこか含みを持って響いた。
その言葉と同時に、試合開始を告げるアナウンスが場内に鳴り響く。
『皆さま、大変お待たせいたしました! 本日第一試合の選手、入場です!』
場内のボルテージが一気に高まり、観客の歓声が響き渡る。
中央の闘技場へ、出場チームが次々と現れる──その中に。
「えっ!? ──ルナちゃん!?」
「なんでルナがあそこにっ……!」
レインとサヤが同時に立ち上がり、驚きの声を上げた。
「ふっふっふ。これが言いたくてウズウズしてたんだよね〜!」
レックスが胸を張り、誇らしげに答える。
「ルナベールさん、実は朱雀じゃちょっとした有名人なんだよ! 去年のエリアル・クラッシュでは決勝トーナメントまで進んだ実力者だからな!」
「えっ……まじで……?」
レインが目を丸くする。
「信じらんねぇ……そんなすごい人が、俺たちのパーティメンバーだったのかよ……」
「ふふふ。ギャップってやつよ。それに、ルナベール先輩は責任感強いから。新人にしっかり寄り添うために、あえて自分のことをあまり出さなかったんだと思う」
闘技場中央へと進むルナベールの後ろには、ソルフォンス、ジン、ナナ、ミリテット──《赤蓮の牙》の錚々たるメンバーが揃っていた。
「“赤蓮の牙”の最強チームって言われてる面々よ。あのメンツ揃ってるんだもん、今年も優勝候補って言われてるのよ」
サンシャインが指を差しながら解説する。
「ウチらのギルド、あんな強そうな人たちもいたんだ……」
サヤが圧倒されたように呟く。
そして、浮遊魔導コロシアムの中央に二つのチームが並び立つ。
審判役の魔導士がフィールドの魔導陣を起動させると、無数の浮遊足場がその上に立つ選手たちを上空へと運び、上下左右にランダムに動き出す。
ルナベール率いる《赤蓮の牙》の五人。その正面、対するのは見知らぬチーム──《ブラック・ファイア》。
先頭に立つのは、背丈のある筋肉質な青年。両腕を組みながら、唇の端をつり上げている。
「おーおー、ついに当たったか……有名人とよォ」
その男――バーサーカーのグラードが、仲間たちに肩をすくめて見せる。
「ルナベール、だったか? ま、名前は聞いたことあるけどよ、結局は五対五のチーム戦。俺らが連携すりゃ、どんな凄腕だって崩れねぇっての」
「そーそー、個人技でなんとかなると思ってたら足元すくわれるぜー?」
背後のレンジャー、ルグが軽口を叩きながら矢を弄ぶ。
さらに、その横でウィザードの女──ロゼがルナベールをちらと見て、鼻を鳴らす。
「……多属性魔法ねぇ? どうせ器用貧乏ってやつじゃない?」
「けどみんな気をつけようよ。相手は“赤蓮の牙”の看板背負ってる。それに結果も出してるし……」
プリーストのアーレイが、杖を両手で握りながら注意を促す。
「それはつまり、潰し甲斐があるってことだな」
黒づくめのアサシン、ロキの言葉の裏にじわりと滲む敵意。
ソルフォンスが余裕そうに空を仰ぎ、ミリテットが軽くジャンプして体をほぐす。ジンは無言のまま腕を組み、ナナは静かに祈るように胸元に手を置いた。
そしてルナベールはそんな相手の挑発に一切動じることなく、静かに目を伏せてから──
「……全力で来てください。そうでないと、退屈してしまいそうですから」
凛としたその言葉に、グラードの眉がピクリと動いた。
「おう、言ったな……! だったら後悔すんなよ!」
空気が張りつめ、魔導フィールドの境界が発光する。
『それでは! エリアル・クラッシュ予選大会、第一試合──開始!』
ビイィィィィィッ──!!!
鋭い開始音と同時に、空中に放たれた光球が閃光のような軌道を描いて飛び出す。
「行けっ!」
《ブラック・ファイア》のバーサーカー、グラードが一声吠えると、敵チームは即座に動いた。
プリーストのアーレイが全員にバフを掛け更にバリアを貼る。レンジャーのルグが素早く矢を番え、ウィザードのロゼが詠唱を開始。アサシンのロキは一瞬で姿を消す。全員が連携を取り、戦術どおりの初動を見せる。
だが──《赤蓮の牙》は、誰一人として動かない。
ソルフォンスはドスンと座り込み、ナナは目を閉じて祈りのポーズを崩さない。ミリテットは軽くストレッチを続け、ジンはあくびをしている。
ただ一人、ルナベールだけが、空に舞う《エリアル・コア》を見据えていた。
「……なんだ、ビビってんのか!?」
先陣を切ったグラードが、屈強な身体で浮遊足場をいくつも蹴り上げながら上空へ上昇する。そして《エリアル・コア》を掴みかけたその時――
「《サンダーレイン》」
ルナベールの詠唱が静かに響いた。
青空を裂くように、空中に雷雲が瞬間形成され、次の瞬間──!
バリバリバリバリバリィィンッッ!!!
上空から怒涛の雷撃がグラードの目前に降り注ぐ。閃光がグラードの身体を直撃し、炸裂した雷の衝撃に吹き飛ばされた彼は、足場の外に叩き出され墜落する。
「ぐっ……は……っ!」
グラードの呻きが残響するより早く、ルナベールのもとに二つの影が迫る。
「ナメんなよぉっ!」
「余裕かましてんじゃないわよっ!」
レンジャーのルグが高速で矢を連射し、ウィザードのロゼが火球を撃ち込む。しかし……
「《フローズン・ケージ》」
詠唱はわずかに一言。
瞬間、ルナベールの周囲に霧のような冷気が膨れ上がり──ズシャアァァッ!!
氷の檻が突如として出現し、二人を中心に四方から伸びた氷槍が鎖のように絡みつく。
「なっ……身体が……動かない!?」
「ウソでしょ……一瞬で凍結魔法を!?」
二人が凍結の魔力に囚われるその隙に──姿を消していたアサシンのロキが動く。
浮遊足場の影からすっと姿を現し、無音で《エリアル・コア》を掴み取ると、機敏な動きでゴールへと加速する。
「一気に決める……!」
しかし、ルナベールがそれを逃すはずがない。
「──《ウィンド・フェザー》」
足元に風が渦を巻き、ルナベールの身体が宙を切るように舞い上がる。風の加速に乗り、まるで空を泳ぐような滑空速度で、アサシンの背中に肉薄する。
「……っ!?」
ロキの目が驚愕に染まる。
アサシンである彼の機動力を、真正面から追い抜く者など──そうそういない。
「──《サンダーレイン》」
宣言と共に、再び雷鳴が轟く。
ゴロゴロゴロ……バリバリバリッ!!
ロキの足元に雷が炸裂し、電光の波が彼の身体を貫いた。
「ぐあっ……!」
痺れる身体から手が離れ、《エリアル・コア》が宙に浮く。
ルナベールは優雅にそれを拾い上げると、追いすがるプリーストのアーレイを軽やかにかわし──
ゴールリングへ向けて、魔法で加速させた球体をシュート!
ズバァァァァッン!!!
響き渡る衝撃音と共に、リングを貫いた《エリアル・コア》が光を放ち──
『《赤蓮の牙》、一点先取!』
観客席が一瞬の静寂のあと、爆発的な歓声で揺れた。
「わあぁぁぁぁぁ!!!すげえぇぇぇ!!!」
「ルナベール様ーーーッ!!」
「かっけぇぇぇ!!」
「これが朱雀の“蒼閃の戦姫”……!!」
レインとサヤもその迫力に圧倒され、思わず口を開けたまま固まっていた。
「……いや、なにあれ……」
「さすがに……想像超えてたわ……」
戦場に吹く風すら、ルナベールの足元で従うように巻き、彼女の蒼銀の髪を静かに揺らしていた。




