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ep18 想い

 ルナベールの絶え間ない攻撃から死に物狂いで逃げ回るレイン。


 (次の発動まで……あと何秒だ!? たしかこの技クールダウンがあったよな……っ!)


 《厄災招来カタストロフィア》は、一度使うと次に使えるようになるまで“時間”がかかる。


 ――約10秒。つまり、回転率の低い“単発スキル”だ。


 その間にも、ルナベールの《フローズン・ケージ》がレインの足元を凍らせ、《クリムゾン・ノヴァ》の火球が視界の端で膨張する。


「この程度で終わり? やはり私の見立てに狂いはなかったようですね……!」

「はぁ……はぁ……っ、もう無理……! マジで死ぬ……!!」


 雷や氷、炎の嵐をかいくぐりながら、レインはゼエゼエと肩で息をしていた。

 一方、ルナベールは冷ややかな視線のまま、杖を再び構え直していた。


「なんでそんなに必死なんだよ! 俺たち別に何かやらかした覚えはないぞ!?」


 その問いに、ルナベールの詠唱が一瞬止まる。そして、ほんのわずかに瞳を伏せた。


「だったらなぜ、あなたは“特別枠”でここにいるの?」

「……っ!?」


 再び杖を構えながら、その声は揺れていた。


「私は、ギルドマスターを尊敬しているんです。あの方みたいになりたくて、何年もかけてここまで頑張ってきた」


 握られた杖を支える手には、目に見えるほど力がこもっていた。


「努力して、失敗して、人に見下されても、才能がないって言われても、それでも諦めきれなくて……。私は……!」


 彼女の瞳が揺れる。真っ直ぐにレインを見つめながら、唇を噛みしめる。


「……やっと認めてもらえるようになるまで登り詰めた。ギルドマスターのフレア様に……認められたの!」


 まるで祈るような声だった。胸の奥から押し殺していたものを、ようやく言葉にできたような。


「ずっと、必死に努力して憧れてきた人にやっとの思いで近づけた気がしたのに……。なのに、いきなり現れたあなたたちは、フレア様に“特別扱い”されてる。これまで積み重ねてきた努力が意味を失うようで……納得できなかった……! 私だけじゃない! 苦労してこのギルドに入った他のメンバーだってきっと同じ気持ちなはず!」


 その真剣な言葉に、レインの心が小さく震える。


「別に……あなたたちを嫌いになりたいわけじゃない。信じたかった。信じさせてほしい……! ただそれだけなの……」


 静かに、だけど鋭く突き刺すような瞳で見据えてくるルナベール。


 レインはしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。


 ルナベールの目は、本気だった。軽々しく口に出したものじゃない。苦しさも、悔しさも、全部乗り越えて、ようやく掴みかけた場所で――自分たちの存在がその上に土足で踏み込んできたように映ったんだ。


 いつの間にか、レインの拳に力が入っていた。


「ルナベール、聞いてくれ! 俺は今まで何をやっても報われなかった。努力したつもりでも結果がついてこなくて、不幸体質のせいで周りも巻き込んでトラブルばかり起こしてた。人の輪からも自然と外れていって……気づけば『最初からやらないほうが楽だ』って思い込むようになってた。努力しても最後の最後に無駄になるって、諦めるのが癖になってた!」


 ルナベールが放つ魔法を避けながら語り続けるレイン。


「……ルナベール。君は、何年もかけてここまで来たんだろ。痛い思いして、悔しい思いして、それでも諦めずに努力し続けてさ」

「……簡単に言わないで。あなたに、私の何が分かるっていうんですか!」

「分からないさ。俺には、そこまでの積み重ねがない。なのに、いきなりお前と同じ場所に立ってる。……それが不公平に思えるのは、当然だ」


 ぽつりと呟くような声。けれど、その奥に、静かに燃えるようなものがあった。


「でもさ――」


 レインは逃げるのをやめ、スッと前を向いた。


「幸か不幸か、この世界に転生して初めて決心がついたんだ。今まで不幸だった分、今度こそ幸せな人生を歩んでみせるって! だから、俺たちはこのチャンスを手放さない!」

「……っ!」

「たとえ、ここで認められなかったとしても……いつか君に認めてもらうまで絶対に諦めない!」


 レインの瞳には、逃げでも諦めでもない、まっすぐな光が宿っていた。


「このふざけたような能力でも、今はこれが俺の全部だから。全て君にぶつける!!」


 レインが手を構えたと同時に、サヤの応援の叫びが響く。


「レイン! いっけええぇ!!」


 その瞬間――空気が揺れた。


 空間全体に不穏な気配が走る。


「カタストロフィアッ!」


 瞬間、空気がびりりと震えた。


 風が逆巻くように訓練場を包み、ルナベールの周囲に不自然なざわめきが広がる。


「……またハレンチなこと起こすつもりじゃないでしょうね……っ」


 ルナベールが身構えた、次の瞬間――


 ズガァン!!


 天井の梁が突然崩れ、上からゴトンと古い魔導装置が落ちてくる。

 その破片が跳ね、訓練場の照明球が次々に割れ、まるで連鎖反応のように次々とトラブルが発生する。


「な、なにこれ!? 建物ごと呪われてるの!?」


 がしゃん! と音を立てて、最後にはルナベールの頭上に設置されていた小型収納棚が倒れ、ずぶ濡れの訓練用タオルがルナベールの顔面に直撃。


「ぅぶっ……!? な、なにこれ……タオル……ぬ、濡れて……ひゃっ……冷たっ……!!」


 バランスを崩し、ルナベールはその場に尻もちをつく。


 だが、不幸の連鎖はまだ止まっていなかった。


 ガキンッ


 天井から古い照明器具が落ち、ルナベールの真上に迫っていた――


「危ないッ!!」


 レインが咄嗟に叫び、体が反射的に動く。


 ガンッ!!


 激しい音とともに、レインがルナベールを押し倒し、ギリギリで直撃を免れた。照明はすぐ隣に落下し、地面にヒビを走らせる。


 ブシャッ――!


 舞い上がった砂埃が、二人の姿を包み込むように濛々と立ちこめた。


 訓練場の一角が見えなくなり、場の空気が一瞬、静寂に包まれる。


「……っ……だ、大丈夫か……?」


 レインの声が、ぼんやりとした砂煙の中で響く。


「えっ……あ……えっ……?」


 霞の向こうで、ルナベールの困惑した声がかすかに漏れる。


 徐々に砂煙が晴れてゆき――やがて姿を現した二人の距離は、想像以上に近かった。


 気づけば、レインはルナベールに覆いかぶさるような姿勢で倒れ込んでいた。顔と顔の距離は、わずか数センチ。

 互いの呼吸が交じるほどの至近距離に、空気が一瞬止まる。


 ルナベールの大きな瞳が、すぐ目の前にあるレインの顔を見つめたまま、ピクリとも動けない。

 まつげの一本、息づかいの熱までもが感じられるほどの距離に、彼女の頬がじわじわと赤く染まっていく。


「……な、な、な……っ」

「いや……ごめっ、これは違」

「何してるんですかぁぁぁっ!!」


 バチィンッ!!


 乾いた音が響いた次の瞬間、レインの体はきれいに宙を舞い――


「ぐわぁっ!? って、何でだぁぁっ!?」


 勢いよく床に叩きつけられた。


「ス、スケベです……! 変態ですっ……!」


 ルナベールは真っ赤な顔で口ごもり、スカートを押さえながらバッと身を翻す。


「ぷはっ、やっば! 腹いたぁ……!」


 サヤは腹を抱えて笑い転げていた。


「いやー、かっこいいとこ見せたかと思ったらす〜ぐスケベするんだから……やっぱレインって変態ねぇ 」

「はぁ……さすがにこれは想定外ね……」


 ミランダはこめかみを押さえ、静かにため息を吐く。


 一方でレインはというと――床に転がりながら、ぼんやりと天井を見上げている。


 顔を真っ赤にしながら口を抑えるルナベールと、腹を抱えて爆笑するサヤを横目に見ながら、レインはひとり考えていた。


(今のはそれなりに威力がでていたよな……? 何が起因したのかは分からないけど、このレベルのものを安定して発動できればワンチャン勝てるかも……?)


「よ、よし……今のはまあまあな威力だったろ……? 続けようぜ!」


 レインが肩で息をしながらも、気合を込めて前に出る。額にはうっすら汗、けれどその目はまだ微かに燃えていた。


「ちょっ……待ってください!」


 ルナベールは慌てて手を突き出した。


「これ以上やったら、また……また何かエッチなことが起きるかもしれないじゃないですか!」

「え!? いやだからそれは事故だって! 故意にやってないからね!?」

「どちらにせよ一歩間違えたらあのまま……!」

「あのまま……?」


 顔を真っ赤にしながら、ルナベールはぷいと視線を逸らした。


「ぐぬ……どうやらまだ認めてもらえないようだな……!」


 レインは苦しげに歯を食いしばり、足を踏み出そうとする。


 だが、ルナベールがその前に、静かに言った。


「……もういいです。やめましょう」

「えっ……?」

「……私の負けです。というか、続けるの……なんか、怖いです」


 ルナベールは額に手を当て、少し疲れたように肩をすくめた。


「あなたの“能力”も……“運の悪さ”も……確かに、ただのまぐれじゃない。だからもう、認めます」

「……マジで?」

「マジです」


 レインはその場で力が抜けたようにへたり込み、へなへなと尻もちをついた。


「おぉ~、 やったじゃんレイン! 認められたねー!」


 サヤがレインの肩をバシバシ叩きながら喜ぶ。


「これでウチらパーティだね! レインの不幸パレードもバッチリ効いてたし!」

「勝手に変な名前つけるな……」


 その様子を見ながら、ミランダが一歩前に出る。


「ふむ。……サヤの《幽終の王冠》は、闇魔術とも違う、恐怖を媒介とした即死魔眼。いわば“死”そのものを具現化する存在」

「死の具現化……」

「そしてレインの《ジ・イレギュラー》は……因果の操作、不幸への干渉。通常の魔法や物理攻撃とは異なる“確率”と“流れ”に作用するタイプ。正直、制御が難しいが、潜在的には相当危険ね」

「この力を俺なんかに制御できるかな……」

「まぁ、これからの訓練で少しずつ調整していきましょう。スキルの精度や応用も含めて、私がメニューを組んでおくわ」


 ミランダがにこりと頼もしく微笑むと、二人は顔を見合わせてこくりと頷いた。


「……それと、ルナベール」


 ミランダは彼女の方へ向き直る。


「今日から三人、同じパーティの仲間になるわけだけど……やれるわね?」

「……はい」


 一呼吸置いて、ルナベールは少しだけ恥ずかしそうに、でも真剣に言った。


「……改めて、ルナベール・アイリーン。先程はひどいこと言っちゃってごめんなさい。これから……よろしくお願いします」

「おー! 改めてよろしくね、ルナたん!」

「よろしくな! ルナたん!」

「その呼び方やめてください!」


 そんなルナベールのツッコミと共に、訓練所にはどこかあたたかな空気が流れはじめていた。

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