ep17 ルナベール
訓練所に漂う緊張の余韻の中、サヤは自分の姿に違和感を覚えた。
「……あれ? ウチ、なんか白くね? って……ちょ、ちょっと待って! なにこの服!? 白ワンピに三角巾!? ウチの服どこいった!?」
思わずぐるぐると自分を確認するサヤ。
「あ、今頃気づいたのか……」
ミランダが少し頷きながら言葉を補足した。
「恐らく、“幽霊”だった頃の霊的記憶が魔力に反応して姿を引き出したようね。強い感情が形となって現れたってとこかしら」
「なるほどね〜……って、もしかしてこの“幽霊モード”じゃないとスキル使えない系?! ええ~なんか嫌なんだけど……」
サヤが小さく肩をすくめ、額の三角巾をそっと触る。
レインは目を逸らしながら、ぽつりと漏らす。
「……なんか普段の姿とギャップがあって俺は好きかも……」
その言葉にサヤは思わず吹き出した。
「え、何その性癖、幽霊好きとか引くわぁ……」
「うるせぇ」
サヤが小さく息を吐いて、目を閉じると、青黒く立ち上っていたオーラがすぅっと静まっていく。肌は再び健康的な褐色へと戻り、髪は金色のロングヘアに。服も、元のギャル全開な軽装へと変化した。
「……あ、戻った。たぶん、イメージ次第で切り替えられるっぽいね」
「なんだよそれ、便利かよ……」
レインが苦笑まじりにツッコむと、サヤはウィンクしてみせた。
緊張の解けた訓練所に、ほんの少しだけ和やかな空気が戻ってきていた。
そんな中、ルナベールの声が静かに響いた。
「……今の一撃、確かに異常な力でした。他の魔法と一線を画する威力……認めざるを得ません」
その目に宿るのは、警戒と尊敬が入り混じった光。だが、完全な信頼にはまだ遠い。
「でも……正直、まだ納得できません」
レインが首を傾げる。
「え? 今ので十分証拠として伝わったんじゃ……」
「“あなた自身”はどうなんですか?」
ルナベールの視線が、まっすぐにレインを捉える。
「えっ、俺?」
「あなたも異世界から来たというのなら、その力を見せてください。仲間になる前に、知っておきたいんです。どんな人か、どんな強さを持っているのか」
「……はは、いや~俺、ああいう派手な技とかじゃないはずだから……」
レインは乾いた笑いを浮かべつつ、サヤの後ろに隠れるようにじりじりと下がる。
「こら、なに自然に背後取ってんのよ」
サヤが肘で小突くと、ミランダが少し面白がるように言った。
「じゃあいい機会だな。レイン、模擬戦で力を試してみるといい」
「え、誰と!? 俺まだ何も準備とか……」
「もちろん、私が相手をします」
ルナベールがすっと杖を構えた。
その所作には、一切の隙がない。スカートの裾が揺れ、魔力が杖の先から微かににじみ始める。
サヤが小声で囁く。
「……あの子、見た目しとやかだけど、意外とアグレッシブね」
「分かる。今もう目つきが“仕留める”やつだもん……」
逃げ腰のレインだったが、ルナベールのまっすぐな眼差しと、そこに込められた真剣さに、ふと息を呑む。
「……なぁミランダ先生? そもそも、俺まだ自分の能力もまともに使ったことないんだけど。いきなり模擬戦って、普通に無謀では?」
レインがやや不安げに眉をひそめると、ミランダは頷きながら返す。
「確かに。サヤには力を試す機会を与えたのに、お前はまだだものね。まずはその《ジ・イレギュラー》とやらの能力が、どんな影響をもたらすか見せてちょうだい」
訓練所の中央に、一つの魔法カカシが設置された。
黒い布で全身を覆い、魔法耐性のある素材でできた簡易訓練用の標的だ。ギルドの訓練生が魔法や技を試すためによく使われるものだった。
「ふふ~ん、レインもついに“魔法使い”デビューだね?」
「なんか俺のって魔法って感じしないけどな……」
サヤの軽口にレインが肩をすくめながら返し、カカシの前に立つ。手には何も持たず、ただ睨みつけるようにして構える。
(使い方……って一体何をどうすりゃいいんだ……)
レインの喉が小さく鳴る。緊張で手のひらにじんわり汗が滲んでいた。
(魔力って、どうやって“出す”んだ? 呼吸? 意識? 気合? てか、そもそも俺に魔力って……あるんだよな?)
心臓がドクンドクンと早鐘を打つ。周りの視線が刺さる。サヤが見てる。ルナベールが見てる。ミランダ先生も真剣な顔で――。
(あーくそっ、なんかめっちゃ見られてるし……やっべえ……)
スキル名はわかっている。
《厄災招来》
けど、それをどうやって「出す」のか、全然ピンとこない。ゲームみたいにメニューがあるわけじゃない。詠唱もない。マナゲージも、コマンドも見えない。
(……叫べばいいのか? それとも、心の中で念じる感じ? イメージ……?)
目を閉じる。
(えーっと、"因果をねじ曲げ不幸を発生させる"。ってことは……相手の頭に隕石が降る? いや、落雷? 足を滑らせる? っていうかマジでそんな都合よく起こるわけ――)
「……やべぇ、全然イメージできねぇ!!」
声に出してしまった自分に、少しだけ自己嫌悪。
(いやでも……なんか、こう……『俺が運命を狂わせるんだ』みたいなイメージでいいのか? “こいつに不幸を”って思えば――)
自分の中の“なにか”を掴もうと、深呼吸して、カカシを睨む。
(よし。俺が今まで経験してきた不幸な出来事を再現してやる……!)
「……カタストロフィアっ!!」
その瞬間――何も起こらなかった。
いや、正確には、“何か”が起こりそうな空気が流れた。場の空気がピリリと波打ち、数秒後。
──ズボッ!!
突如として、天井から配管の一部が外れ、カカシの頭部に直撃。カカシは首がもげたように崩れ落ちた。
「うお!? なんか落ちた!?」
「……え? 今のって……偶然?」
サヤがぽかんと口を開け、ミランダは腕を組んだまま淡々と観察していた。
「……本当に“偶然”なのかしらね。もう一度、別の標的でやってみて」
再び新しいカカシが用意され、レインがスキルを試す。
(さっきは俺が大学入学初日に遭った事故を強くイメージした。あの時落ちたのは大きな照明で、今回とは少し違うけど、同様の現象が起きた。であれば、もう一度同じイメージをして……)
「カタストロフィア!」
祈るように発動すると――天井に吊るされた訓練用のランプが小さく揺れる……
――がそれ以上何も起こらなかった。
「あれ? 何も起き……」
バコッ!!
直後、カカシの足元の地面に小さな陥没が発生。カカシはバランスを崩して前に倒れ込んだ。
またしても“偶然”にしてはタイミングが良すぎる事故。
「これ……どう見ても狙ってやってるわけじゃないのに、結果的にターゲットが損壊してる……?」
ルナベールが怪訝な顔で呟いた。
「ねぇーレイン! 今のもレインの能力なのー?」
「多分……」
「多分ってどゆことよー!」
レインは自分の手とカカシを交互に見た。
「この《厄災招来》は《術技書》に書かれた通り、相手に不幸を発生させる効果ではあるものの……その内容はランダムっぽいんだ」
「え、ランダム?」
「一回目はイメージに近い現象が発生したから、イメージ通りに不幸を操れるかと思ったけど……、二回目はイメージと全く違う現象だった」
「えーっと……つまり、発動したら何が起きるか分からないってこと??」
サヤの問いかけに、レインは黙って頷く。
「えーなにそれ! なんか使いづらくなーい??」
「ただ……どちらも俺が過去に経験したことのある事故なんだ。だからある程度予想出来るとは思う……。とはいえ、サヤの言うとおり使いづらいのは間違いないかもな」
レインはため息をつき、肩を落とす。
「……どんな能力も使い方次第よ。それに能力は本人の成長度合いによって、真の力を開花させることがあるわ。現時点での効果が全てじゃない。フフ……“不幸を引き寄せる能力"……どんな風に進化していくか、今後が楽しみね」
ミランダがやや感心したように言った。
だが、その瞬間――
「だったら、次は私に試してください」
ルナベールが前に出た。杖を握り、レインのほうを見つめている。
「その能力が戦闘でどれほど使えるのか、確かめたいです」
「へ?」
「早速やりましょう。模擬戦を」
レインがきょとんとする。
「え、いや、あの、他にどんな現象が起こるかわかってないし――」
「大丈夫、戦いの中でこそ発生する現象もあるかもしれません。それを確かめる為にもやりましょう」
ルナベールは理知的な声でそう言いながらも、その目の奥には何か別の感情があった。
「あなたが“仲間”としてふさわしいか、直接確かめさせてください」
訓練所の空気が再び張り詰める。
サヤはレインの横に駆け寄り、肘で小突きながら囁く。
「よっし、今こそチートの不幸パワー見せたれ! あ、でもウチに当たらないようにね?」
「……」
レインは無言で再び訓練所の中央へ歩き出した。
空気が張り詰める中、レインとルナベールが向かい合って立つ。
「準備はいいですか?」
ルナベールは冷静な声で問いかける。細身の杖を軽く構え、その先端にはわずかながら魔力の揺らぎが生じていた。
「い、いつでもどうぞぉ〜……」
レインは思い切り腰が引けたまま、両手を前に出して弱々しく構える。その表情は、明らかに戦う気がない男のそれだった。
「いきます」
次の瞬間。
ルナベールは杖を軽く振り上げた。
「《サンダーレイン》」
空がうなった。直後、訓練所の天井付近からバリバリッと雷光が乱舞し、レインの周囲に電撃が降り注いだ。
「わあああああッ!? 開幕で範囲魔法てアリかよおおおッ!!」
悲鳴を上げながら、レインは魔法陣から飛び退く。振動と焦げた空気が肌を刺し、跳ねた火花が髪先をかすめた。
「《フローズン・ケージ》」
続けざま、地面が淡く青白く発光し、冷気がうねる。氷柱が周囲から立ち上がり、レインの逃げ道を封じるように包囲してくる。
「うわっ、まじで凍る! 待てって! ちょっとストップ……ストオォォォップ!!」
レインは壁のように立ち上がる氷柱の間をスライディングで滑り抜け、地面に腹を打ちながら転がって脱出する。
「《クリムゾン・ノヴァ》」
ルナベールの声に呼応して、今度は地面が赤熱し始める。
「また来たぁぁぁぁッ!? 今度は火ィィィ!? 属性多すぎィ!! 容赦なさすぎいぃぃぃ!!!」
燃焼前に地面が光り、レインは身をよじってその場を離脱。直後、着弾した火球がズドンと地響きを立てて炸裂した。
爆風に煽られて後ろから吹っ飛ばされるレイン。
「す、すごい……レイン絶対丸焼きにされそう……」
「……あの子は複数属性を自在に扱える“四系統適性持ち”。攻撃と補助、両方に長けた万能型だ」
ミランダが腕を組み、冷静に解説する。
「魔法の系統は通常、一人一属性が基本。二属性以上は“才能”と呼ばれるけど、四属性は……ほぼ奇跡よ」
「ル、ルナちゃんてやっぱり優秀なんだ」
サヤが唖然とする。
あたふたと転がるレインの横を、さらなる冷気と雷撃が通り過ぎる。
「し、死ぬうぅぅぅ!!!」
「こら~レイン! 逃げるなー! 戦えー!!」
ミランダも頷く。
「彼女、抑える気ゼロ」
その言葉通り、ルナベールは容赦なく詠唱を重ねていた。スピード、詠唱速度、魔力の質、どれも一級品。
それをひたすら“逃げ”だけでどうにかしようとするレインの姿は、あまりに対照的だった。
「くっそ……! このまま逃げ回るだけじゃダメなやつじゃねぇか!」
ルナベールの《サンダーレイン》が、再びレインのすぐ後ろの床を焼いた。焦げた煙が舞い、レインは地を転がるようにして回避する。
その最中、レインは心の中で必死に唱える。
(今度こそまともなやつ発動してくれよ……!)
狙いをつけ、指先でルナベールを指し示す。
「うおおっ……発動、カタストロフィア!!」
ビリッと空気が微かに揺れた――直後、ルナベールが手元に集中させていた魔力が急にブレる。
「えっ、ちょ、なにこれ……!?」
詠唱しかけていた風魔法の《ウィンド・フェザー》が意図せず暴発し、突風が逆方向へ一直線に吹き抜ける。
その風は、ルナベールのスカートの真下を――
ふわっ。
「きゃっ……!?!?!?」
ルナベールのスカートが勢いよくめくれ上がり、蒼銀の髪と共に脚線美が目にも鮮やかにさらけ出された。
空気が凍る。いや、むしろ妙に熱を帯びた気配が、そこに立ち込めた。
「レインお前……」
ミランダが静かに呟いたその声には、怒りでも呆れでもない、何とも言えない“間”が含まれていた。
「やだ……レインのエッチ」
サヤが頬を赤らめながら、からかうように呟く。
「うわぁああああああああああああっ!?!?!? ご、ごめんっ! 今の俺、狙ってない! 俺じゃなくて風がッ! 魔法がッ! 完全に事故!!」
レインは両手で顔を覆いながら、真っ赤な顔でうろたえる。目は必死にそらしつつも、視線がフラフラしている。必死に弁解する姿は、すっかり不審者そのものだった。
「み、見てない……見てないからなっ!! 今のは俺のせいじゃ……!」
ルナベールは顔を真っ赤に染めながら、スカートをぎゅっと押さえて震えている。
「……こ、こ、このヘンタイッ!!!」
「えっ!? ええぇえぇぇぇぇ!?」
レインが一歩下がると同時に、ルナベールは杖をピシリと構える。
「今の本当にわざとじゃないって言うなら……逃げ回ってないでちゃんと力を示しなさい!」
「えぇ!? ちょ、ちょっと待って!? もしかして俺命かかってる!?」
「男なら命の一つや二つ、諦めて差し出しなさいッ!!」
ズドォン!!
ルナベールの詠唱が完了する前に、巨大な雷撃がレインの頭上に落ちた。
「ぬおぉおおおおぉぉ……!?」
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