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ep14 講義①

 朝の静けさの中で、シャワーの音が部屋に響いていた。


 チョロロロロ……。


 レインは布団の中で目を覚まし、ぼんやりと天井を見上げる。


「……ん、もう朝か……?」


 体に残る疲労感と、昨夜の不気味な夢の名残がまだ微かに残っていたが、それ以上に気になったのは隣の浴室から聞こえてくる水音だった。


 シャワーの音。ということは――。


 その時。


 ガチャ。


「ふーっ、さっぱりしたぁ〜!」


 浴室のドアが開くと同時に、湯気と共に現れたのは――タオル一枚姿のサヤだった。


「……ぶっ!?」


 レインの目が飛び出しかけた。


 白いバスタオルを胸元でざっくりと巻いただけの姿。濡れた金髪がしっとりと肩にまとわりつき、褐色の肌からは湯気が立ちのぼっている。


「お、おいっ!? な、なんでその格好でうろついてんだよ!」

「え? だってこの部屋ウチらしかいないし? 別に気にする必要なくな〜い♪」


 そう言いながら、サヤはごく自然に部屋を歩く。バスタオルはかろうじて身体を隠していたが、胸の谷間と太ももがあまりに無防備で、レインは思わず顔を真っ赤にして布団に潜り込んだ。


「おまっ……ちょっとは恥じらいってもんを持てよッ!!」

「え〜? まさかレイン、恥ずかしがってるの~?」 


 布団に潜るレインの横にすとんと腰を下ろし、サヤはわざと身を乗り出す。髪の先から雫がレインの頬にぽつりと落ちた。


「うわあぁ……くそ、近いって……!」

「ほらほら〜♪ 今なら見放題だぞ~サービスショット☆」


 冗談めかしながら、サヤが自分の谷間を指で押さえ、ぐいっと寄せて見せつける。


 レインは顔を真っ赤にしたまま、布団の中でガタガタと震えた。


「おいっ……ふざけんなっ……!」


 その時だった。


 パサッ。


 ――タオルが、静かに、そして無情にも床へと落ちた。


 それは、ふとした風のいたずらか。

 それとも、レインの“不幸体質”が及ぼした結果なのか。


「……はぇっ?」


 ほんの一瞬、空気が凍りついた。

 サヤの身体が、何の遮るものもなく朝の光にさらされる。


「…………っっっ!!!?」


 レインの目が見開かれ、脳が一瞬でフリーズする。


 その向こうでは、いつも露出の多かったサヤが、今や素の裸のまま立ち尽くしていた。


「きゃああああああああああああああああああ!!!!!!」


 サヤの絶叫が部屋に響き渡る。


「なにじっくり見てんのよ変態ッ!!」

「いや全くもって俺のせいじゃ」


 ――パァンッ!


 鋭い音とともに、レインの右頬にしっかりと平手打ちが炸裂。


 赤面のサヤと悲鳴のレイン、二人の騒ぎ声が朝の静寂をぶち破っていった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ギルド内の講義室──。


 簡素な長机と椅子が並び、壁際には黒板と古びた魔導ランプが揺れている。窓から射し込む朝の光が、真面目な空気を作り出していた。

 その中で、サヤの隣でレインは頬をさすりながら椅子に座る。


「まったく……まだジンジンする……」

「うぅ、ごめんってば……だって見られたの恥ずかしかったんだもん……」


 レインは無意識に、さっきの“映像”が脳裏をよぎる。


 (やばい……記憶が鮮明すぎる……っ!!)


 あの真っ白な肌、柔らかそうなライン、そして――


「どうしたんだ?レイン」


 真っ直ぐな声が飛んできて、レインはガタッと椅子から滑りかける。講義室の前方では、腕を組んだミランダがじっとこちらを見ていた。


「さっきからずっと頬さすってるけど、なにかあったのか?」

「なっ、なんでもありません!! 本当になんでもないですからッ!!」


 ミランダはじっとレインを見つめるが、ため息をひとつついて、話を再開した。


「……まぁいいわ。じゃあ講義を始めるわよ。今日のテーマは“冒険者の基本”」


 サヤとレインが姿勢を正す。


「まず──この世界で“冒険者”になるには、最低でも十五歳以上であること。これは魔力の安定期とされる年齢で、各国でも共通の基準になっているわ」

「ふむふむ……なるほど」


 サヤがこくこくと頷く。


「そして、もう一つ必要なのが……“正式ライセンス”。これはギルドでの《三段階能力鑑定》と、最低一つの《基礎訓練課程》を修了してからでないと発行されない」

「ライセンス? 免許的な……?」

「そうだ。ライセンスを持たない者が依頼を受けることは原則禁止。例外的に“仮登録者”として初級依頼の同行が許可される場合もあるけど、それもあくまで訓練の一環よ」


 ミランダは視線を二人に向けた。


「つまり、あんたたちもまだ“本物の冒険者”じゃない。ただの見習いってこと」

「えぇぇ……なんかショック……」

「あれだけの鑑定結果を出しても、まだペーペーってことか……」

「安心しなさい。あと2日もすれば手続きが完了して、正式ライセンスが与えられるはずよ」

「えっ、マジ!? やったー! 楽しみ~」


 サヤが両手をつないで喜ぶ姿をみて、ミランダが軽く微笑む。


「それじゃあ、ついでに冒険者制度の仕組みについても説明するわ」


 ミランダが黒板にチョークを走らせる。


「冒険者として活動できる年齢には明確なルールがあるの。ちょっと難しく聞こえるかもしれないけど、これは若い命を守るために設けられた制度でもあるのよ」


 黒板の図表を指差しながら、ミランダが言葉を重ねる。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 【冒険者登録の年齢ルール】


 ・15~17歳 見習い冒険者 (ジュニアライセンス)

 訓練・補助業務のみ、危険な依頼は禁止


 ・18歳以上 正式冒険者 (フルライセンス)

 本格的な依頼に参加可能、危険区域への出入り許可

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「15歳から冒険者として登録はできるけど、17歳までは“ジュニアライセンス”で、いわば見習い冒険者扱い」

「ほえぇ~、見習い冒険者かあ。報酬はあるのかな?」

「一応あるわ。ただジュニアライセンスの間は、安全な依頼しか受けられないからそんな高くないわね。その代わりに、訓練と実技研修が充実してるのよ」


 ミランダが再び黒板に書き始める。


「主な訓練内容はこうよ」



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 【見習い期間の3年間】


 訓練内容

 ・基礎戦闘訓練(剣術・魔法・体術)

 ・応急処置や食糧確保などの生存技術

 ・契約マナー、依頼報酬、トラブル対応

 ・模擬戦闘による連携研修

 ・荷物運搬・農作業補助など簡単な依頼

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「とくに危険な地域には立ち入れないし、魔物退治のような戦闘依頼も受けられない。これは“命を守る”ため。ギルドとしての最低限の責任でもあるのよ」


 講義机の前で腕を組んだミランダが、真剣なまなざしで二人を見据える。


「へえ~、未成年を戦場に出さないってことか。わりと健全だな」


 レインが感心したように頷く。


「ちなみにこのギルドにも、17歳以下のメンバーが数名いるから。一応、覚えときなさい」

「は〜い!」


 サヤが元気よく手を挙げる。だがその返事は、内容よりも元気が優先されている気配すらあった。

「てっきり、おっさんばかりかと思ったけど……意外と若い子もいるんだな」


 レインが少し驚いたように呟く。冒険者という言葉の響きから、もっと屈強でベテランな人々を想像していたのだろう。


「ウチも! そろそろどんな冒険者がいるのか、見てみたいよね!」

「……そうだな。どんな人がこのギルドに集まってるのか、興味ある」


 レインも同意し、静かに前を見据える。


「そして18歳になると、“フルライセンス”――正式な冒険者になれる」


 ミランダが話す口調に少し熱がこもった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 【正式冒険者(18歳以上)】


 ・高ランク依頼の受注が可能

 ・危険地帯の探索や討伐任務への参加許可

 ・独立した冒険者として、ギルド外の依頼も自由に選択可能

 ・さらなる昇格試験を受け、上級冒険者を目指せる

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「お前、一応18歳以上だよな……?」


 レインがちらりと横目を向けて問いかけると、サヤは即座に胸を張った。


「あったりまえじゃない! なんならレインより歳上だと思うんですけど?」

「えっ、あ、あぁ……そうだっけ??」


 思わず言葉に詰まるレイン。サヤの勢いに押されて、記憶が一瞬吹っ飛んだ。


「そうよ。歳上は敬いなさい、少年♪」


 ニヤリと挑発するような笑みを浮かべながら、サヤがレインの肩を軽くつつく。


「それはともかく」

「流すなーっ!」


 レインが話を切り替えようとした瞬間、サヤが素早くツッコむ。とはいえ、嫌味も怒気もない、まるで兄妹のような軽妙な掛け合いだった。


「先生!じゃあ俺たちは、“フルライセンス”扱いになるんですか?」とレインが手を挙げる。

「ええ、18歳以上は即“正式冒険者”として扱われる。とはいえ、実戦経験がないなら“準訓練扱い”として基礎から叩き込むけどね?」

「わお、とりあえずボコられろってことかぁ……」

「物騒過ぎる!!」


 レインが即座にツッコミを入れるが、ミランダはにこりと笑って再度板書し始めた。


「次に覚えてもらうのは、ギルドにおける“ランク制度”よ。冒険者にも、依頼にも、ちゃんと格付けがされてるの」


 サヤとレインは眠気をこらえるように前を見つめた。


「まずは“冒険者ランク”──初期登録された者は全員【Dランク】からスタートするわ」



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 【冒険者ランク一覧】


 ・Sランク:特級

 ・Aランク:精鋭

 ・Bランク:上級

 ・Cランク:一般

 ・Dランク:新米

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ランクが上がるにつれて、受けられる依頼の難度も上がっていく。ただし、ランクアップには“依頼達成数”だけじゃなく、“信頼度”や“評価”も加味されるからね」

「ふむふむ……てことは、いきなりSランクとかにはなれないんだね~」


 サヤが腕を組んでうんうん頷く。


「当たり前でしょ。逆にSランクにいきなりなったら世界がパニックになるわよ」


 ミランダがツッコむと、レインが小さくうなずいた。


「そして、依頼の方もランク分けされてる。依頼はF〜Sまでの【依頼ランク】があり、基本的には“自分のランク以下”の依頼しか受けられない」

「ふ~ん……もしランクが上の依頼受けちゃったらどうなるんだろうね」

「ランクに見合わない無理な依頼を受けると、普通に死ぬから気をつけなさい」

「マジすか……」


「さてさて、ここで二人に質問よ」

「えっ、なになに!いきなり?!」

「油断してた……一気に目が覚めたわ」

「冒険者の存在意義って何だと思う?」


 ミランダがそう言って、サヤと目を合わせる。


「え~っと……なんでも屋さん? 便利屋さん……とかかな?」

「んまぁ、当たらずとも遠からずね。レインはどうだ?」

「ん〜小説とかじゃあ魔王を倒す勇者のことも冒険者と呼ぶしなぁ……世界を救うための存在とか?」

「なるほど、2人の答えはどちらも間違ってはいないわ」


 胸をホッと撫で下ろす二人。


「冒険者って響きはカッコいいけど、その存在意義は地味に重要なのよ」


 ミランダがそう言って、板書を示す。


「軍じゃダメなの? ってよく言われるけど、実際問題、軍だけじゃ社会を回しきれないのが現実なのよ。だから、私たち冒険者ギルドが、軍とは別の“柔軟な対応力”で社会のニーズを支えているの」



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 【主な役割は5つ!】


 1. 魔物討伐・生態管理

 2. 未開地の探査・遺跡調査

 3. 個人依頼の遂行

 4. 災害対応・緊急救助

 5. 自治都市の防衛補助

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「順番に説明していくわね」


 1. 魔物討伐・生態管理

「たとえば、朱雀は火山帯に囲まれていて、魔物が湧きやすい。だけど国軍はあくまで“国家防衛”が優先で、地方の細かな魔物管理までは手が回らない。そんな時にギルドが地域ごとの魔物発生パターンを監視し、必要に応じて討伐依頼を出すのよ。これが冒険者たちの最も多い仕事のひとつね」

「日本で言ったら自衛隊と警察のイメージかなぁ?」

「ああ、恐らくそんな感じだろう」



 2. 未開地の探査・遺跡調査

「魔法文明は今も進化してる。でも未だに“未開の地”や“古代の遺跡”はたくさんあるのよ」

「ダンジョンもありますか?」

「ええ、あるわよ。そういった所への調査には危険が伴うから、学者や貴族は自分で行かず、冒険者に護衛や探索を依頼するの。これで新しい魔法技術が発見されることも多いのよ」



 3. 個人依頼の遂行

「軍は動かすだけで莫大な費用がかかるから、個人や小規模な町の依頼はギルドの担当。貴族の娘の護衛、火山地帯での鉱石採掘、魔物の巣の排除とか……民間の“ちょっと困った”を解決するのも、私たち冒険者の仕事」

「街の便利屋さんだね!」

「なんか格が落ちそうだからせめて万屋と……」


 4. 災害対応・緊急救助

「自然災害も多い。火山の噴火、山崩れ、地震、そういう時に最初に動けるのが冒険者」

「そんな事までするの!? 救助できる気がしないんですけど……軍に任せれば良くない!?」

「軍よりも身軽で対応が早く、ギルドの拠点が全国にあるから、災害時の支援にも適してるのよ」



 5. 自治都市の防衛補助

「王都や国境は軍が守ってるけど、地方の小さな町や村は手薄。そこを守るのがギルド。盗賊の襲撃、魔物の群れ、治安維持まで……ギルドが防衛線の一端を担ってるのよ」


 レインが腕を組みながら頷く。


「なんか……地味にすごく重要だな、ギルドって」

「まぁね。“国の歯車”として、ちゃんと機能してるのよ。だからこそ、冒険者もその歯車の一部として、誇りを持って仕事をするべきなの」

「冒険者ってなんかアレだね!消防団と警備会社と警察と自衛隊の一部を合わせたみたいな感じだね〜」

「う〜ん、確かにそうかもな」

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