ep13 夢の中の訪問者
俺はふと目を覚ました。
けれど、目に映る景色が、今いる“異世界”ではないことにすぐ気づく。
薄暗くて静まり返った部屋。
ポスターの貼られた白い壁、ゲーム機の置かれた棚、見慣れたベッドとカーテンの隙間から漏れる街灯の明かり。
「ここは俺の……」
思わず声が漏れる。
だが、その声がまるで他人のもののように響いた。
何かがおかしい。空気の質が違う。耳の奥で、低いノイズのような音が鳴っている。
じわりと汗がにじみ、背筋が冷たくなる。
——コン……
唐突に、扉の向こうから音がした。
まるで小さな拳でノックされたような、乾いた音。
俺は硬直した。心臓が嫌な鼓動を刻む。
——たすけて
かすれた、かすかな声。
誰のものともつかぬその声は、床の隙間から滲むように聞こえてくる。
「……誰だ?」
返事はない。ただ静かに、また。
——たすけて。
今度は、確かに聞こえた。
耳のすぐそばで囁かれたように、肌が総毛立つ。
手が勝手に動く。恐る恐るドアノブを回すと、ギィ……という不気味な音と共に扉が開いた。
しかしその先にあったのは——何もない。
いや、“何かがない”わけではなかった。
そこは、色も音も温度も存在しない、光すらも飲み込む深淵、闇そのものの空間。
「……なんだ、ここ……」
声は闇に吸い込まれ、反響すら返ってこない。
まるで自分の存在が、すでに世界から切り離されたかのような感覚。
——たすけて。
再び声がする。今度は足元から。
ひんやりとした風が首筋を撫で、ぞっとして背中を震わせた。
それでも、足を前に出す。
一歩、また一歩、何もない闇を踏みしめる。
歩くたび、靴の音がしない。
それどころか、自分の呼吸音すら遠のいていく。
──それは、夢のはずだった。
でも、これは本当に夢なのか?
それとも……
やがて、ぼんやりと人影が見えてきた。
ぽつんと、闇の中に蹲る一人の少年。
その輪郭だけが、黒に滲むようにぼやけ、明確な形を持たない。
「……大丈夫か?」
声をかけても、返事はない。
「きみ……」
慎重に近づく。近づくたび、足元からぞわぞわと這い上がってくる不安が心臓を締めつける。
ようやく目の前にたどり着いた時、少年は、ぽつりと呟いた。
「助けてくれるの?」
その声はどこか機械的で、感情のない声だった。
それが、余計に怖かった。
「……俺にできることなら。どうしてほしいんだ?」
返答の代わりに、少年が顔を上げる。
いや、“顔だったもの”を向けてくる。
俺は息を呑んだ。
——そこには、眼球のない顔があった。
黒い空洞がぽっかりとあき、目の代わりにどろりとした血があふれている。
裂けた口からは、真っ赤な歯がむき出しになり、ねっとりと笑みを浮かべていた。
「じゃあ……僕の不幸、君にあげるね」
叫ぶ間もなく、少年が手を伸ばしてくる。
その指が、触れる寸前——
ドクン。
胸の奥で、心臓が異様なほど大きく脈打った。
ドクンッ! ドクンッ!!
視界が歪む。身体の中で何かが爆ぜるような感覚。
血液が逆流するかのように全身を駆け巡り、脳の奥が焼けつくように熱くなった。
「ぐっ……あ、ああぁっ……ッ!!」
頭を抱えてうずくまり、叫び声をあげる。
目の奥に走る閃光、全身を引き裂かれるような痛み。
——いや、違う。これは“痛み”じゃない。
“呪い”
見えない何かが俺の内側に侵食してくる。
耳の奥に、何人もの声が同時にささやきかけてくる。
——コワセ。
——コロセ。
——オマエノセイ。
——ゼンブオマエガイルカラ。
「やめろ……やめてくれッ!!」
闇の空間が俺を飲み込み、地面のない世界で落下するように感覚が消えていく。
そして——
ガバッ!
「——っっ!!」
レインは飛び起きた。
身体は汗でぐっしょり濡れ、胸が痛いほど激しく呼吸していた。
「っ、はぁ……は、は……っ……!」
夢だった……あれは……夢だった。そう思い込もうとしても、背中を撫でる冷気は現実のままだった。
目の前には、異世界の天井。
あの少年の言葉が、耳の奥にこびりついて離れない。
——「不幸を、君にあげるね」
レインは、悪寒と共に上体を起こす。
と、その瞬間。
「ん〜……レイ〜ン……?」
かすかな声と、あたたかい吐息。
……隣のベッドのはずのサヤが、なぜか自分のベッドに潜り込んでいた。
「……はっ? え? なんでお前がここにいんの……」
レインが慌てて身を引くと、サヤが布団の中からむにゃむにゃと顔を出した。
「ん~、なんか寒かったしぃ……なんかヤバい気配がしたしぃ……それに、レインが寝苦しそうだったからヨシヨシしたげようと思って」
サヤは寝ぼけたまま頬に髪をかけながら、再びぬくぬくと布団にもぐり込もうとする。
タンクトップとショートパンツという寝巻き姿は、照明の残光に照らされて程よく露出しており、滑らかな褐色肌が月明かりに照らされていた。
無防備すぎるその姿に、レインは思わず視線をそらす。
「お、おいおい……! 勝手に人の布団に入んなっての!」
「いーじゃん、減るもんじゃなし。むしろその方が安心でしょ? 」
サヤがにやりと笑って、レインの腕にぴとっとくっつく。
その体温は思った以上に心地よく、レインの荒れた呼吸が次第に落ち着いていくのを感じた。
「……はぁ……まったく……」
レインは布団の中で、静かに天井を見上げる。
サヤの体温が隣にあることで、確かに今は“現実”だと、少しだけ信じられた。
夢の中のあの少年。あの呪いのような言葉と、異常なまでの苦しみ。
そして、今もまだ、胸の奥に残る不快なざわつき——。
「……何か嫌な予感がする……」
ぽつりと呟いたレインに、サヤが寝言のようにぼそっと言葉を返した。
「……だいじょーぶ……何があっても、ウチが……守るし……」
「……」
レインは肩をすくめて小さく笑う。
「…………ありがとな、サヤ」
けれどその笑みの奥に、拭いきれない不安が残っていた。
この夜を境に、彼の“運命”は確かに何かに引きずり込まれ始めていた。
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