ep11 ギルドマスターの決意
二人の鑑定がすべて終わり、場には一瞬だけ静寂が訪れた。
フレアは深く頷き、記録された《能力書》をゆっくりと手に取る。
「……こりゃあ、とんでもない力じゃのう……おまえさんたち、一体“何者”なんじゃろうねぇ……」
その問いに、レインとサヤは顔を見合わせる。
どちらからともなく、微かな苦笑が漏れた。
「……さあ、何なんだろうな。俺たちにもわかんないな」
「ウチは最強ギャルってことで!」
場が少し緩んだ、その瞬間だった。
──カリッ……カリリ……カリカリカリ……
突然、《封印写筆》がふたたび動き出した。
すでに鑑定は終わったはずなのに──
「……え?」
レインが眉をひそめて一歩引く。
その瞬間、部屋の魔力が“軋む”ように揺れた。
風のないはずの空間で、薄衣がはらりと舞う。
壁に刻まれた古代文字が、一瞬だけチカリと脈打ち、
《魔刻の鏡》の鏡面が──まるで液体のように波打った。
「っ……これは……」
受付嬢が目を見開き、身を乗り出す。
「記録が……勝手に、再起動してる……?!」
フレアも静かに口を閉ざし、鏡と写筆を見据えた。
《封印写筆》が滑るように走り始める。
その軌跡が、何かを“告発するように”、不吉な文字を紡ぎ出す──。
《封印写筆》・自動記録(再起動ログ)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【魂紋認証:完了】
【交差界層反応:確認】
【次元干渉記録:有】
【出自特定結果】
→ 対象魂体は“本世界の記録圏外”に存在
→ 界外起源
→ 分類:異界転生個体
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「界外起源……だと?」
巨漢の男が、ゴクリと喉を鳴らす。
受付嬢は完全に沈黙し、ゆっくりとレインとサヤへ視線を移す。
「……説明してもらえるかしら? “異界転生個体”って、一体どういうこと?」
「……あ、あー……」
重く、張りつめた空気。サヤが口をパクパクさせ、わざとらしく首をかしげる。
「その〜……言い訳してもたぶん無理だよね?」
「多分……無理だな。魂レベルでバレちゃってんだから」
しばしの沈黙の後、空気を破ったのは、サヤの小さな吐息だった。視線を伏せ、戸惑いながらも、少しずつ言葉を選んでいく。
「……うん。正直に言うわ」
サヤが顔を上げた。いつもの明るさとは違い、その表情には覚悟がにじんでいた。
「ウチら、異世界から来た。ってか……死んで転生してきた……みたいな?」
静寂の中でその言葉は、あまりに異質だった。
レインも続くように口を開いた。
「俺たち、気づいたときにはもうこっちの世界にいて……。なにが原因だったのかは……正直、今でもよく分かってない」
その瞬間だった。
「はあぁっ!? おまえら、ふざけてんのかっ!?」
受付嬢が怒鳴り声を上げ、目を見開いて詰め寄ってきた。激しい動揺と怒りが混ざり合い、まるで爆発寸前の噴火口のようだ。
「いやいやいや! マジなんだって!! ウチら、1ミリも嘘言ってないからね!? ガチ中のガチ!」
サヤが両手を振りながら必死に否定する。その様子はまるで言い訳中の子どもだったが、どこか必死さが伝わる。
そんな騒ぎの中、巨漢の男が静かに口を開いた。
「姉貴……一応《封印写筆》が記録した結果だ。俺には、二人が嘘をついてるようには見えない」
「……はぁっ!? あんたまで何言ってんのよ!? この鑑定だって間違う可能性くらい──」
「それはない」
重みのある声が割り込んだ。フレアが、ゆっくりと前に出てくる。その表情は厳しく、声は静かながらも一切の揺らぎがなかった。
「《封印写筆》含むここにあるすべての魔力装置はな、かつて神から授かった神器じゃ。代々、我がギルドが守り継いできた。それ故、己の心すら偽る魂をこの筆は決して誤らぬ」
受付嬢は返す言葉を失ったように口を閉ざし、唇を噛む。室内の空気が重く張り詰めていく。
やがて、フレアは机に置かれた《能力書》に静かに手を伸ばした。指先が羊皮紙を撫でるようにたどり、その目がゆっくりと文字を追う。
その表情はいつもの柔らかさを失い、どこか険しく、深い迷いをたたえていた。
「……おまえさんたちの持つ力は、まさしく“異質”じゃ」
フレアはそう呟きながら、顔を上げた。老いた瞳が、まっすぐにレインとサヤを見つめていた。
「人の枠には収まりきらん……異能とでも呼ぶべきものじゃよ。その力が、もし暴走するようなことがあれば──わしにも、どうなるか見当がつかん」
レインとサヤは思わず目を見合わせた。冗談の通じない、本物の緊張がそこにあった。
「……もしかすれば、“神”の干渉すら……その根にあるかもしれぬ」
その言葉は、空気の温度すら変えるほどに重い。受付嬢も巨漢の男も、反論することなく沈黙した。
「けれどね……力そのものに、善も悪もないんじゃ。どんな力も、最後はその持ち主の“意思”ひとつで、姿を変えるものさ」
そう言って、二人の《能力書》を片手に、静かに微笑んだ。
「強い力ほど、ほんのひと振りで周りを巻き込む。だからこそ、見守る者が必要だね」
受付嬢がわずかに口を開こうとするが、フレアは一歩前に出て、はっきりと宣言した。
「わたしゃは思うんじゃ。こうして出会ったのもなにかの縁……ならば、わたしの責任で、そなたたちの面倒を見るとしようかねぇ」
「えっ……それってつまり」
「うむ。ここ《赤蓮の牙》の一員として迎え入れよう」
サヤの目が見開かれる。
「え、いや……いいの? ウチら、結構ヤバい存在なんだよね……?」
「覚悟の上じゃ。最後まで見届けよう」
「はぁ……不幸なのか幸運なのか分からなくなってきたな……」
レインは横でため息をつきながらも、胸の奥に何かあたたかいものが灯るのを感じていた。
──力を持つことは怖い。だが、それを信じてくれる人がいるなら。きっと、自分にも何かできるかもしれない。
フレアは、二人に向かって強く、そして穏やかに語った。
「さあ、これよりおまえさんたちは《赤蓮の牙》の一員。まずはこの街で仲間と共に経験を積み、世界を知り、そして己を知りなさい。……その力に飲まれることなく、それを使いこなせる者になっておくれよ。ちゃんと、見守ってるからね」
「……はい!」
レインが深く頭を下げた。続いて、サヤも片手を腰に当てながら、ニッと笑った。
「しゃーなし! やってやろーじゃん!」
こうして――レインとサヤは、正式に《赤蓮の牙》の一員として、冒険者の道を歩き始めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レインとサヤが受付嬢と巨漢の男に連れられて広間へ向かったあと、静かになった部屋の中で、フレアは手元の《能力書》を見つめながら、眉間に深く皺を寄せていた。
(……死と不幸。世界にとって忌避すべき性質じゃ。それが、二人そろって同時に現れた……)
かすかに震える指先で、《能力書》に記された奇怪な語をなぞる。
──幽魂転生者
──運命歪術師
(……まさかのう。アルバ、いや、アバドスの残滓……あるいは、依代として選ばれし者……)
一瞬、脳裏に浮かぶ禍々しき名に、フレアの心臓が静かに脈を打った。
(いや、まだ断定はできん。あの子らはまだ、自分自身の力さえ理解しとらん……)
そっと目を閉じ、フレアは深く息を吐く。
(もしも……もしもあれが、かの魔神の力と通じておるのならば……あの存在は、世界の均衡すらも揺るがすことになるじゃろう)
それでも――
彼女はそっと目を開け、笑った。
(ならばなおさら。見守らねばならん。導かねばならん。たとえわしが……)
その瞳に、老いを超えた使命の炎が宿っていた。
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