第8話 映画選び
AIONに着いた僕たちは、まずエレベーターに乗って四階の映画館に向かった。
見たい映画を決めてきたわけじゃないから、上映時間がいつとかも決まっていない。
それなら、チケットを買ってから色々巡った方がいいと考えたからだ。
ちなみに、ショッピングモール内で手を繋いだままはさすがに恥ずかしかったので、一旦手は離してもらった。その際、部長が「次は恋人繋ぎね」と言っていたから、僕は一応マップを見て、AEDがモール内のどこに置かれてあるかを確認しておいた。
映画館の入り口に立ち止まると、でかでかと張り出された広告を見上げて、
「一樹君は何か見たいのはないの?」
綾乃部長が首を傾げながら促してくる。
「僕は……普段、映像作品はあんまり見ないので、面白そうなのが分からないというか」
僕が要領を得ない返しをすると、綾乃部長は広告の一つを指さしてきた。
見ればそこには、ピンク色のミニスカ衣装を着た独特な髪形の少女と、青色の衣装を着たこれまた独特な髪形の少女とが背中合わせに立っているアニメの広告があった。
二人の奥には半月状の目をした敵らしき怪物が、こちらに向けて黒い炎を吐いている。
「一樹君が好きそうな女児向けアニメの劇場版もやっているけれど、いいの?」
「あいにく女児向けアニメは未履修です」
子供の頃、日曜日の朝は戦隊ものと特撮ヒーローを見て、それで終わりだった。
「そう。それは残念だったわ。一緒にペンライトを振って盛り上がれないわね」
綾乃部長は軽く手を握り、ペンライトを振るような動作をする。
「ペンライトとかあるんですか」
「ええ。観客が戦う二人を応援しないと、負けちゃうかもしれないでしょう?」
なんだかちょっとメルヘンなことを言いながら、綾乃部長は今度はグッズショップの方へと足を進める。広告を見上げていた僕も、少し遅れてその後を着いていく。
「ああ、これよ。これなんかどう?」
そう言って差し出されたのは、アニメ映画のパンフレットだった。
僕は普段あまりテレビを見ないから知らないけど、パンフレットにでかでかと印字された謳い文句を見るに、毎週テレビで放送しているミステリー系アニメの劇場版らしい。
「なんだか意外ですね」
「そう?」
綾乃部長が心外といった様子で首を傾げてくる。
「アニメってのも意外ですけど、部長ってミステリー小説あんまり読まないじゃないですか。それに恋愛ものを書くなら、そのネタになるような恋愛映画を見たいのかなと」
「だって、恋愛映画を見て盛った一樹君に、公共の場で襲われたら困るもの」
「…………」
そんな見境なく見えてるのか。
「さっき手を繋いだ時だって、この手をもっとにぎにぎしたいとか舐め回したいとか、そういうことを考えていたんじゃないの? 息が荒かったけれど」
「否定はしません」
「時々、一樹君ってすっごく素直になるわよね」
綾乃部長は別段気持ち悪がるそぶりも見せず、前かがみになって僕の顔を覗き込んできたかと思うと、人さし指で僕の鼻先をツンとつついてきた。
間近で顔を見て改めて思う。
この柔らかそうなほっぺたに触れられるなら、何でもできる気がする。
……とはいえ、僕の行動は基本的に何かしらの天秤にかけられてから決定される。部長に手を出す度胸と、僕のチキンさが天秤にかかれば傾くのは必然、鶏肉の方だ。
だからこの関係性にまだ進展はないし、この関係性のまま一緒にいられているとも言える。
「ちなみに犯人はこの男よ」
パンフレットに視線を落とし、表紙の隅の方に写っている天パっぽい男を指さす綾乃部長。
「へえ、そうなんですか──って、なんで言うんですか⁉」
考え事に耽っていた僕は一瞬遅れて、悲鳴じみた声を上げる。
そんな重大なネタバレをされたら、上映中ずっと天パにしか目がいかなくなってしまう。
「反応が面白いから大サービスよ。この人とこの人が殺されるわ」
「そんなサービス精神は欠片も要らないんですけどね⁉」
同じく表紙に写る茶髪のギャルっぽい女と刈り上げの男を、綾乃部長が順に指さした。
被害者も犯人も分かってしまって、あと楽しみどころがトリックくらいしかない。
というか大声を上げたせいで周囲からの視線がちょっと痛かった。
僕は恥ずかしさから小さく唸りながら縮こまる。
綾乃部長はそんな僕の反応を一頻り堪能したのち、パンフレットを売り場に戻した。
それから長髪の先をくるくると弄ると、くすりと笑う。
「嘘よ。見ていないのに知ってるわけないじゃない」
「…………」
じっと、恨みがましく部長を眺めてみる。
「そんな熱い視線で見つめられても、何も出ないわよ?」
恨みが通じていない。無駄な努力だった。
「……なんでもないです」
「……一樹君は突然、なんでもないのに女の子を視姦する癖がある、と」
綾乃部長はポーチからメモ帳とペンを取り出すと、なにやら呟きながら書いている。
無駄な努力どころじゃない。明白な誤謬だった。
「次の作品のネタにさせてもらうわね」
「こうして事実が捻じ曲げられて作品になるんですね……」
諦めて溜め息を吐き、僕は踵を返してグッズショップを出ようとする。
それを僕が映画から興味をなくしたのと勘違いしたのか、部長が呼び止めてきた。
「映画、見ていかないの?」
その顔には僅かながら焦りのようなものが感じられて、可愛い。
でも困らせる気がなかった僕としては、ちょっと失敗だったかとも思ってしまう。
「映画は見ますけど。あ、欲しいグッズとかありました?」
怒っていないことを表情で前面にアピールして、ついでの一言も付け足してみる。
綾乃部長は僕の問いには答えずに、こちらに歩み寄ってきて隣に並んだ。
映画の上映時間が表示されたモニタを眺め、訊いてくる。
「一樹君が見たい映画はなかったの?」
「部長が気になってるやつが、僕も気になったんで。えっと……上映は三時からみたいですし、券売機でチケットだけ買ってそれまで少しモール内でもふらつきましょうか」
取り繕うようにやや早口で告げ、僕は向かっている先、券売機を指さした。
「そういうことなら、そうしましょうか」
納得したように綾乃部長は言って、ポーチから水色の財布を取り出した。
僕もそれに倣って上着のポケットから財布を取り出し、券売機に千円札を二枚食べさせる。
「部長って水色とかピンクとか、好きなんですか?」
席を選びながら、ふと聞いてみる。
綾乃部長は目を伏せて少し考えたのち、口を開いた。
「色に限らないのだけれど──そうね。淡いものとか、儚いものが好きなの。私が一樹君のことを気に入っているのと同じ理由よ」
「それは僕の存在感が淡いとか儚いとかそういった意味で……?」
もしそうなら、僕はこれから存在の淡さ儚さを追及していかなければならない。
そうしているうちに、いつの間にか空気のような存在になっていって、僕の居場所がなくなっていって──なんて考えは飛躍しすぎだろうか。でも、綾乃部長の好みのタイプになるためにはそれくらいしないといけないのかもしれない。
「ふふ。さ、はやく行きましょ? 喉が渇いたわ」
どうでしょう、とでも言うように不思議な笑みを浮かべながら、部長は振り返った。
その軽やかな動作に一瞬見惚れそうになりながら、僕はその後を着いていった。