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第3話 部室での会話③




 話が逸れてしまったが、部長は現在、特定の誰かと付き合う気はないらしいのだ。

 それは僕としてはありがたい反面、厳しくもある。


「残念ね。一樹(かずき)君に彼女が手に入る人生最後のチャンスだったのに」


 前言撤回だ。飛びついとけばよかったか。


「勝手に人生最後って決め付けないでくださいよ」


「じゃあ作ってみたらどうかしら?」


「ぐっ……」


 じゃあ付き合ってください、なんて言えるくらいの度胸というか外見が欲しい。


 もう少し自分に自信が持てればと思うけれど、長い前髪をめくったところで僕の顔は冴えないままだし、腕を曲げて力こぶを作ってみても、頼りなさが前面に出るだけだ。


 これでも一応部長に気付いてもらうために、美容室に行ったり眉を整えたり、眼鏡をコンタクトにしたりといったアプローチはしているんだけど、今のところ空回りしている。


「あーあ。一樹君は遊びに付き合ってくれないし、今日は暇ね」


 退屈そうに小さな欠伸を漏らす綾乃部長。


「じゃあ何かしら小説のネタを考えればいいんじゃないでしょうか。一応、部活中ですし」


 んー……と声を漏らしながら、綾乃部長が手を組んで上体を反らす。


「大きく形のいい二つの果実が強調され、僕はそれをじっくり舐めるような視線で見つめ──」


「勝手に人のモノローグを語らないでください」


 形の善し悪しはおいといて、綾乃部長のはそんなにデカくないし。乳トンの法則は適応外だ。まあそんな慎ましいところも含めて僕の好みにドンピシャなんだけど。


「そうよ。一樹君、私といいことしない?」


 (やぶ)から棒に綾乃部長が手をひとつ叩いた。嫌な予感がニュータ〇プの如く脳裏を過る。

 彼女の思い付きに付き合わされるとろくな目に合わない。文藝部に入部してから約二年の付き合いで、そのあたり僕の嗅覚はなんとなく研ぎ澄まされていた。


「……いいこと、ですか?」


「そんな……えっちなことを考えてるだらしない表情で喜ばれると、流石の私でも照れるのだけれど」


 僕の名誉のために否定させてもらうけど、断じて違う。

 あくまで健全なお付き合いをしたいだけだ。


 これまで誰とも付き合ったことがないから想像力が及ばないだけ、とも言える。


「これは警戒してる苦々しい表情です」


「あら、元から卑猥(ひわい)な顔だったのね。そうとは知らず……ごめんなさい」


「突然の罵倒。……ああもう、本当に頭を下げないでください」


 綾乃部長は平然とした顔をして毒を吐くことがある。彼女は楽しんでやっている節があるし、人によってはご褒美なのかもしれないけど、生憎(あいにく)と僕はそっちの趣味は持ち合わせていない。


「ってことは、頭を下げる側になりたいってことで、解釈は一致しているかしら。この変態」


 綾乃部長が本当に演技なのかと疑ってしまうくらいのガチ目な引き顔を作る。


 割と精神的ダメージ高いやつだ、これ。MP(マインドポイント)的なのが激減してそう。


「どうしてそれで解釈一致すると──いや、もういいです。で、いいことってなんですか?」


 僕が逸れていた話を元に戻すと、綾乃部長はつまらなさそうにジト目を作る。

 ただ、それ以上茶化しを入れるわけではなく本題に入り始める。



「合作小説を書いてみたいの。一樹君と、私の。部誌にも丁度いいと思わない?」


 ペンを握っているような手の形を作り、綾乃部長はさらさらと虚空に文字を書いた。


「合作ですか? 楽しそうでいいですね、それ。……でも、今から設定を考えて共有するのは結構大変じゃないですか?」


 確かに面白い案だとは思う。僕としてもやってみたさはある。

 だけど、さっきも言った通り文化祭まではあとふた月。今から二人で設定を考えて、それを共有しながら文字に起こしていく──なんて作業をしていたら到底間に合う気がしない。


 綾乃部長はそんな僕の考えを見透かすように、かすっと指パッチンをした。

 部長はたまに、できもしない指パッチンをする。可愛い。


「じゃあ、設定を考える必要も、共有する必要もないならどうかしら?」


「……つまり、どういうことですか?」


 何を言っているのかが分からず、僕は聞き返す。


 設定を考えないと書けないし、共有しなければただのリレー小説みたいなものだ。


「簡単な事よ。二人ともが知ってる事実を小説にすればいいのよ」


 したり顔を浮かべる綾乃部長の提案に、僕はやや難色(なんしょく)を示す。


「……でも、それだとあんまり書くことないですよね。特別面白いこともない気が……」


「そう? 結構面白いと思うわ。それに、足りないなら作ればいいじゃない」


 ふいの満面の笑みに不覚にも胸がときめくのを感じながら、僕は彼女の言葉を咀嚼(そしゃく)する。

 足りないなら作る? 合理的に聞こえるけど、やっぱり意味が分からない。


 事実は小説よりも奇なりとは言うけど、実際文字に起こしてなお面白い事実は少ない。日々苦心しながら恋愛小説を書いている綾乃部長にだって、それは分かっているはずだ。

 話のネタは日常にいくらでも転がっているけど、大抵は面白くないのだ。


「一樹君は考え過ぎるのがたまに(きず)よね?」


 同意を求めるように綾乃部長が首を傾げてくる。


「……自覚はしてます」


 一言もない。


「そう萎縮しないの。確かに私もちょっと回りくどい言い方をしたと増長しているわ」


「そこは反省するところじゃないんですか⁉」


 これからもっと回りくどい言い方をするということだろうか。


 一年とちょっとの付き合いで、段々と部長の言いたいことが分かるようになってきたと自負している僕だけれど、これ以上難解になれば流石にわかる気がしない。


「私、過去は否定しないようにしているの。過去の否定は私自身の否定になるから」


 どっかで聞いたような名言風に綾乃部長が言う。


「…………」


 これ以上、ツッコミを入れていると話が一向に進まない気がして、僕が黙り込むと、部長は僕から目を離して部室の後ろを歩き始める。そのまま壁で折り返すと、


「そろそろ私の言わんとしてることが分かった頃かしら?」


「いえ全く」


「察しが悪いと女の子にモテないのよ?」


「良かろうが悪かろうがモテないので大丈夫です」


 僕が自虐気味に言い返すと、綾乃部長はおもむろに自分の鞄の元まで歩いて行き、中からスマホを取り出した。両手で画面を操作し、直後に僕のポケットが震える。


 送られてきた彼女からのメッセージを読んで、僕は眉根を寄せた。




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