第1話 部室での会話①
茹だるように暑い七月始まりの廊下を大股で歩く。
そのまま、油性マジックで『文藝部』と記されたプレートの飾られた扉をがらりと開き、僕は部室中央の椅子に座る少女に原稿を叩きつけた。
「──あら、随分と早いのね。もう読み終わったの?」
長く伸ばした艶のある黒髪をさらさらと指で梳きながら、不遜な態度で足を組む少女。
絶対領域をこよなく愛すると彼女が自称している通り、今日も際どく折りたたまれたスカートとサイハイソックスの間に僕の視線は引き付けられてしまう。
長い睫毛に縁取られた大きな目。
肌の色が透けていると錯覚するような白さに、顏の真中心に位置する整った鼻梁。おおよそ神に愛されたとしか言いようのない類い稀なる美貌。
一切忖度なしに、僕がこれまで生きてきた十七年で見かけた女性の中で一番可愛い。
葉月綾乃。役職は、この二人しか部員のいないとある公立高校文藝部の部長。
僕は彼女のことを綾乃部長、あるいは部長と呼ぶ。
この僭上な態度で実は同い年。僕らの通う学校では色んな意味で有名人。
僕が絶賛片思い中の、ちょっと、いやかなり変な女の子だ。
「いや、ほんともう……なに考えてるんですか⁉ あんなの部誌で出せるわけないでしょう。というか、そもそも話が未完結ですし……!」
「あら残念。私、一樹君になら推敲されたっていいんだけどなぁ」
「僕にはあれを部誌に載せられるレベルまで推敲する勇気はありません」
「キスの描写にはちょっと自信がないの。ほら。私、未経験だから」
「僕だって経験ないんですけど」
「そうなの? なら……私と、練習してみる?」
小さめの唇に指を添えながら、綾乃部長がいたずらっぽく片目を瞬かせる。
「しなを作らないでください」
名前は綾瀬一樹。高校二年生。部室にある全身鏡(綾乃部長が勝手に持ち込んだ)に、冴えない顔を長い前髪で半分隠した痩躯の男が立っている。それが僕だ。
一年と少しになるだろうか。綾乃部長が書く多種多様な小説の主人公に名前を貸し続けている、不憫なやつ。自分で言うのもどうかと思うけど、本当のことだから仕方がない。