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2-初めての女性客

あらすじ

多くの犠牲を払い、ダンはビキニアーマー専門店を開いた。

店内とショーウィンドウに並べられたビキニアーマーを着たマネキン、試着室、採寸用の部屋。風俗街の一角に建つこの店が、俺の城だ。


「……」


そんなビキニアーマー専門店では、今日も閑古鳥が鳴いていた。当たり前か。金を払ってあんな恥ずかしい恰好をしようなんて女性が現れる訳はない。


しかし、可能性がない訳じゃない。幼き日に見た小説の女主人公のように、全てをかなぐり捨てて効率を求め、ビキニアーマーという一つの答えに至る者がいつかは……。


「……」


今日も来店者は零人。開店してからも零人。冷やかしの客でさえ訪れなかった。その日までは。


「こ、こんにちは……」


ビキニアーマー専門店に女性客が来店した!


彼女の見た目の年齢は十八前後、灰色の長い髪に青い瞳、細身で長身。そして気が弱そうな雰囲気だ。


「いらっしゃいませ! どうぞ、見ていってください!」


接客モードに切り替え、女性を迎える。そう言えば今まで技術面ばかり磨いて、接客能力は磨いてなかったな。ちゃんと対応できるだろうか。


「わあ、ええ……。ええ……」


女性は顔を覆いつつ、指の隙間から陳列されたビキニアーマーを見て回った。口には出していないが、顔には「え、こんなの本当に着るの?」と書いてあった。


「あの、えっと……。これって本当に防具なんですよね? こんなのでちゃんと戦えるんですか?」

「はい、もちろんです! これには着た人の魔力吸収効率を上げる効果があるんです。そして防具自身がその魔力を元に肌に障壁を張り、あらゆる攻撃を防いでくれます。そういう付呪魔法が施されています」


何を隠そう、俺が学生時代に開発した技術だ。開発者だからこそ技術をよく理解しており、より上手く付呪魔法を施せる。


「魔力で強化ですか……。それなら、普通の鎧に同じ付呪魔法を施すのでもいいんじゃないですか?」

「それは違いますね。魔力というのは空気中に常在的に漂っていて、人はそれを皮膚から取り込んで体内にためています。だからこそ魔法使いは革や鉄の鎧ではなく、通気性のいい布の服を着ているのです。しかしそれでも、素肌の方が格段に魔力の吸収効率がいいです。ビキニアーマーは露出する肌面積を多くして魔力吸収の効率化を図り、その魔力によって障壁を強化。鉄の鎧以上の防御力を得ているのです。鉄の鎧にビキニアーマーと同じ付呪魔法をかけても、そこまでの防御力は得られませんよ」


と、早口で説明してしまった。一方的に話し過ぎたかな。


「へ、へえ……。凄いですね……」

「えーっと、見た感じお客さんのサイズに合いそうなのは、これですかね」


店の一角に置かれているビキニアーマーを着たマネキンを示す。それは金属製の兜、肩当、手甲、腰当、脛当、ブーツを備えたもので、胴体はもちろんビキニだった。


小ぶりな胸をしたから押し上げる構造のトップ、サイドは紐でローライズ気味なボトム。ちなみに上下ともに水色だ。


「試着してみてサイズが合わなかったら調整できますし、採寸してオーダーメイドもできますよ?」

「試着……、採寸って……。え? 嘘、値段……。驚きました……」


女性がビキニアーマーに付いた値札を見て驚いた。え、まさか……。


「驚いたって、値段が高過ぎって意味ですか……?」

「いえ、安くて驚いたんです! 普通の鎧だったらこの十倍はしますよ!? 確かに材料費はかかってなさそうですが、それでも……」


ああ、そっか。そういうことか。商人ギルドの武具商人たちは、談合して値段を上げている。もしも談合を無視して安値で売ろうものなら、その町ではもう商売ができなくなってしまうだろう。


しかし、俺の所には談合の話は来ていない。ビキニアーマーを売る人間なんて他に居ないだろうし、そもそも売れないだろうし。だからこそ、この値段に設定できる。


利益は上がらないが、金なら利権で得た分があるので問題ない。


「ところで、お客さんは冒険者ですか? 魔物の討伐に?」

「あ、いえ。そういうのじゃ……。えっと、すみませんが、もう少し考えさせてください」


そう言いきらない内に女性は踵を返し、足早に店を出て行った。俺の接客に何か問題があったのかも。これなら父親の店で、もっと接客のノウハウを学んでおけばよかった。



 ◆



「邪魔するぞ……」


女性客が去って数分後、天井に頭がつきそうな大男がヌウっと店に入ってきた。


灰色の長髪を無造作になびかせ、鋭い眼光の瞳は青色。俺が腕を広げたくらいの肩幅があり、筋骨隆々で威圧感が半端ない。こんな無頼漢がビキニアーマー専門店に何の用だろう……。もしかして、ケツモチとか言って金を要求しに……?


「……鎧を、売ってくれ」

「はい?」


男の意外な言葉に、思わず聞き返してしまった。


「鎧を売ってくれ。ここは鎧を売る店だろう?」

「鎧は鎧ですが、ビキニアーマーですよ?」

「ああ、知っている。俺にビキニアーマーを売ってくれ」


俺を見下ろしながら、地を這うような低い声でそう告げる大男……。こいつ、本気で言っているのか……?


「娘に店を偵察させた。性能は本物のようだな。ショーウィンドウに並べられている物を外から見たが、値段も安い」

「娘……?」


開業以来、この店の敷居を跨いだ女性はさっきの子だけ……。まさか、彼女のお父さん? こんな店だから、女性である娘に下調べをさせたのか。


「ビキニアーマー狂いのダン。この町で、その名前を知らない者はいない。性格は品行方正、誠実で優秀、勤勉で努力家、誰にでも心優しく接する人格者。しかし、ある時ビキニアーマーに狂って全てを失ったと聞いている」


俺、そんなふうに言われてるのか……。客観的事実だ……。


「気がふれているとはいえ、その技術は本物のはずだ」

「確かに、うちのビキニアーマーはどれも一級品で、鉄の鎧よりも高性能ですが……。失礼ですが、お客さんが着るんですよね? ビキニアーマーを選んだ訳をお伺いしても……?」

「ふむ……」


大男は腕を組み、一呼吸置いてから口を開く。


「いきなり男がビキニアーマーを売ってくれと言ってきても怪しいか……。こういう店にも、守秘義務ってのはあるのか?」

「うちは情報を扱う店ではないので、法律上の守秘義務は発生しませんが、お客さんが不利になるようなことは絶対に口外しないと誓います」

「そうか……。実は俺たち家族は逃亡農奴なんだ」

「逃亡農奴……」


農奴とはその土地に縛られた農民のことだ。住居の自由が無く、領主の許可なく土地を出れば罰せられる。


そんな農奴でも重税などから逃れるために逃亡することがある。もちろん領主は追手を出すが、捕まえるのは難しいと聞く。そして一定期間逃げ切れば、領主は逃亡農奴に対してそれ以上の追及ができなくなるとか。目の前にいる大男がその逃亡農奴……。


「身分を明かせない逃亡農奴は、まともな職場では雇ってもらえない。だからこそ、素性不問の冒険者ギルドで生計を立てるしかないんだ。しかし、冒険者として稼げるのは上澄みの上澄みの上澄みだけ。最低でも一人で盗賊の一団を壊滅させたり、オーガを倒せるくらいでないと話にならん」


盗賊団の壊滅かオーガの討伐……。どちらも、傭兵の一団を雇うくらいの相手だ。それを一人でって……。冒険者稼業は厳しいとは聞いていたが、そこまでとは……。


「家族を養うため、今の俺には強力な防具が必要なんだ。しかし、鎧を買えるだけの金はない」

「だからこそ、うちのビキニアーマーですか。確認しておきたいのですが、ビキニアーマーと付呪魔法の関係については娘さんから聞いていますか?」

「ああ。娘がお前から聞いた説明を伝え聞いた。肌面積が多いほど、真価を発揮するんだろう?」

「ええ、そうです。ビキニアーマーの上から服を着てしまうと、本来の力を発揮できません。肌の上に張る障壁が弱くなってしまいます。むしろ鉄の鎧ではない分、防御が下がります」

「つまり、上から服を着ずに常にビキニアーマー一貫の状態でいないと意味が無いと」

「そういうことです」

「覚悟はできてる」


俺を見下ろす大男の目は真剣そのものだった。覚悟を決めている漢の目だ。


「ただし最後に、ビキニアーマーの性能を確かめさせてくれ。本当に敵の攻撃を防げるのかどうか」

「ああ、それなら」


俺は服を脱いだ。大男がピクリと眉を動かす。


「お前、その姿は……」


俺は服の下にビキニアーマーを着ていた。しかし肩当や手甲はなく、ただビキニだけなので、見た目はただのビキニを着た男だ。ちなみに俺にサイズを合わせた特注品だ。


「自分が売る商品ですから、自分も着るのは当然でしょう?」

「いい覚悟と商売魂だ。気に入った」


ニヤリと笑う大男。そして気に入られたらしい。


「それでは、俺を殴ってみてください。ビキニアーマーによる障壁で、ビクともしないはずです。と、その前に……」


こういう時のために用意しておいた丸薬を一粒飲み込む。


「それは?」

「魔力の補充薬です。魔力を補充して、ビキニアーマーを万全な状態にしたんですよ。結構高い薬なんですけどね」


嘘だ。結構なんて値段じゃない。これ一粒で牝牛が一頭買える値段だ。もくろみあって、この大男にはビキニアーマーを買ってもらわなきゃいけない。


「本当か? 本当に殴るぞ?」

「どうぞ」

「俺は冒険者ギルドの依頼で、山に棲む熊を一掃したことがある。その時は素手で戦った。並の武器では振るうとすぐに折れてしまうからな」

「え、熊?」


大男が丸太のように太い腕を振りかぶる。大きな拳の影が俺の顔を覆う。自分のビキニアーマーには自信があるが、これは本能的に怖いな……。いいや、逃げるな! ここは耐えろ! ビキニアーマーを売るために!


「いくぞ!」


どがっ!


攻城杭のような突きが俺の胸部に刺さる。


しかし肌の上に張られた障壁が衝撃を吸収し、俺は無傷。吹き飛びもせず、直立不動を保った。


「……」

「……」


静寂で満たされた店内にあるのはビキニ姿で直立不動の俺と、俺の胸に拳を添えて固まる大男。


「まさか、ここまでとは……。常人なら上半身が爆発四散するほどの突きだったんだが……」


え、爆発四散? 多少は手加減してくれるとは思ったけど、そんな本気だったのね……。こわー……。冷汗を隠しつつ、服を着直す。


「今度こそ決めた。ビキニアーマーを売ってくれ。流石に俺のサイズに合うものはなさそうだから、オーダーメイドか? 値段はいくらだ?」

「恥を捨て、家族のために覚悟を決めた貴方の男気に感動しました。お代は十万ロアで結構です。利益度外視、材料費にもならない値段です」

「十万!? 本当にいいのか?」

「余ったお金で、良い剣でも買ってください」


値引きではない、これは投資だ。もしも彼がビキニアーマーを着てくれたら、その頼もしい父の背中を見た娘もまた、冒険者になってくれるかもしれない。そして、ビキニアーマーを着てくれるかもしれない。全ては俺の夢のためだ。


「それでは、貴方に合うサイズのビキニアーマーはありませんので、あちらの部屋で採寸をしましょう。完成は二週間後ですので、その時また来てください」


二週間後、大男は再び店に来て本当にビキニアーマーを購入した。店でビキニアーマーを着て悠然と帰っていく彼の後ろ姿を、俺は手を振って見送った。

まとめ

男がビキニアーマーを買っていった。

ちなみに農奴が一定期間逃げれば自由になれるって話は、史実みたいです。

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