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1-開業! ビキニアーマー専門店

 ビキニアーマーはこの世には存在しない。


ビキニアーマーとは創作物の上でのみ存在が確認される、女性用の防具の一種だ。金属製の兜、肩当、手甲、腰当、脛当などで防御を固めることもあるが、胴体を守るのは共通してビキニである。ビキニというのも、胸と股のみを隠すだけの創作物上の衣服だ。


ビキニアーマーは敵の攻撃を避けることに特化した機動性重視の軽装として扱われるが、実際の生きるか死ぬかの戦場でそんな一か八かの戦い方はできない。ほとんどの戦士や兵士は肌を見せない防具を着て戦いに挑む。


この世でビキニアーマーを着て戦う者など、一人もいないのだ。



 ◆◆◆



俺がビキニアーマーを初めて知ったのは、物心がついたばかりの頃だった。


父親の書斎に忍び込み、机の下に隠してあった小説を発見したのだ。その内容は、「蟻を食う魔物に父親を殺された幼き娘が復讐を誓う。成長したその子は冒険者ギルドに入り、魔物討伐を稼業にしながら蟻を食う魔物を追う」というものだった。


内容自体の面白さは当時の俺にはわからなかったが、彼女が着る防具の描写には衝撃を受けた。その防具こそが、ビキニアーマーだったのだ。軽量かつ強固な素材で作られた兜、肩当、手甲、ブーツで防御を固めているのに、胴体の守りは布製のビキニのみ。身長の代わりに栄養を吸って成長した豊かな胸を支えるトップ、毛の処理をしていなければ確実にはみ出しているほど布面積の小さなボトム。復讐のために恥も外聞も捨てた娘が行き着いた、軽装備の究極形──それがビキニアーマーだったのだ。。


雷に打たれたかのような衝撃を受けた。劣情とか意外性とか、そういうものでは断じてない、ただただ純粋な衝撃だ。そして幼き日の俺は思った。文字ではなく、実物を見てみたいと。


その時から、俺の人生はビキニアーマーに真っ直ぐ伸びる一本の道になった。



 ◆



俺は街の冒険者ギルドへ行き、窓からこっそり中を覗いてビキニアーマーの女性を探した。


ギルド内に併設された酒場では荒くれた男たちが飲み食いしていて、女性の姿は受付嬢かウェイトレスくらいしかなかった。彼女らがビキニアーマーを着るはずはない。初日に見た光景はそれが全てだった。


二日目も冒険者ギルドを覗いてみた。基本的に男しかいなかった。


三日目、女性の冒険者の一団を発見した。彼女らは受付嬢と何やら話し込んでいた。皆革や鉄の鎧を着込んでいて、肌の露出はほとんど無い。機動力よりも防御重視なのだろうか。


四日目、目に映ったのは基本的に男たちだけだった。夕方、二人組の女性が冒険者の登録に来た。彼女らはビキニアーマーを着るだろうか。


五日目、酒場には女性冒険者の姿がちらほら見られた。皆普通の鎧を着ていた。


それから数か月、冒険者ギルトを覗き続けたが、女性冒険者は見かけてもビキニアーマーの女性は見かけなかった。冒険者ギルドにはビキニアーマーの女性はいないのだろうか? 冒険者ギルドにいなければ、じゃあどこに? 


俺は走った。息を切らし、足をもつれさせながらも、街中を必死で走った。ビキニアーマーの女性を求めて。しかし、見付からなかった。そうして知った。いや、思い知らされた。この世界に、ビキニアーマーなんて存在しないと。


絶望した。人生が真っ暗になった。ビキニアーマーの無いこんな世界が嫌になった。自らの命を絶ってしまおうかとも考えた。


そんな絶望の最中、ある時耳にした父親の言葉を思い出す。「欲しいものをねだっているだけでは、手に入らない。どうすれば手に入るか、どうすれば人を動かせるか。それを考えなきゃいけないよ?」という言葉を。


そうだ父さん、その通りだよ。真っ暗な絶望の中でこそ、小さな希望の光が輝いて見える。俺はその小さな輝きをつかみ取ってみせる! そう誓った。



 ◆



道のりは長い。そもそも現物であるビキニアーマーを作れないと意味がない。そのためには、鍛冶と裁縫を覚えなくては。それらの技術を身に着けるためには、職人に弟子入りしなくてはならないが、商人ギルド側である俺が職人に弟子入りするのは難しいだろうな。


さらに、ビキニアーマーが完成したとしてもそれを女性が着るに足るだけのメリットが無くてはならない。今この世の中でビキニアーマーが普及していないのは、デメリットが大きすぎるからだ。機動力があるというメリット以上に大きなデメリット……。普通に考えたら、恥ずかしいからだろう。当たり前だ。娼婦みたいな恰好で街を歩けるわけがない。しかもその上で、魔物や悪党なんかと戦わなくてはいけないんだ。うん、普通に考えて服を着るよな。


次に考えられるデメリットはやはり防御力の低さだろう。肌の露出が多くて、怪我をしやすい。怪我をしやすい防具なんて、存在意義が皆無だ。


しかし、そこを逆転できたら……? もしも普通の鎧よりも強固なビキニアーマーを作れたら? 軽装の機動力を残しながら、重装鎧並みの防御力を持ったビキニアーマーがあったとしたら、それは最強だ。メリットがデメリットを上回る! しかし、肌を露出させつつ肌を傷つけないという矛盾……。これをどう解消すべきか……。可能性があるとしたら、付呪魔法の分野だ。調べてみたら、付呪魔法には防具の表面に薄く透明な障壁を張って防御力を高めるというものがあるとわかった。その障壁をより強固にし、人肌の上にも張れるようにしたら、あるいは……! おお、希望が見えてきたぞ!

 まだまだ小さな希望の光だけど、つかみ取ってやる! いつか、必ず!



 ◆



まず資金を作るために父親の商業を助け、できたお金で魔法学校に入った。勉強、魔法の研究、鍛冶職人や裁縫職人への弟子入り……。俺にはそれらの才能なんて微塵も無かったけど、一瞬一瞬を全力で取り組んで知識と技術を身に着けた。


そして二十四歳になり、大通りの一角に鍛冶場付きのビキニアーマー専門店を開こうとした。すると店を建てようとした直後に行政から、「そんな如何わしい店を大通りに建てるな」という指導が入った。真っ当な意見だ。俺の店は大通りではなく、風俗街の一角に建てられることになった。


工事は順調に進み、ビキニアーマー専門店は無事開業。店に並べられるビキニアーマーは全て俺のお手製で、付呪魔法、鍛冶、裁縫の技術を注ぎ込んだ一級品だ。


「……」


俺は店先に立ち、ショーウィンドウに並べられたビキニアーマーを眺める。店先だけ見たら、娼婦用の衣装店にも見えなくもないな……。いや、娼婦だって仕事中はもっと露出の少ない服を着るか。


家族からは勘当された。親戚一同からは縁を切られた。当たり前だ。一族の自慢だった優秀な子が、ビキニアーマー専門店なんていう正気の沙汰ではない店を開こうとしたのだ。今後は完全に赤の他人だと宣言されても仕方がない。ただ、商人ギルドから除名されなかったのは幸運だった。


学生時代の友人たちの中には文通をする仲の者が何人かいたが、ビキニアーマー専門店開店後は音信不通になった。


お世話になった職人たちからも縁を切られた。「お前を育てたことは一生の恥だ」、「俺の技術をそんな低俗なものに使うなんて」とか言われたなあ。


残されたのはビキニアーマー専門店と、利権で得た大金、そして四半世紀かけて見に着けた知識と技術だけだった。人生で手に入れたそれ以外の全てを失った。しかし、それでもいい。女性にビキニアーマーを着せる。金を積んでで頼みこんでではなく、自分の意志で、ちゃんと防具として着せる。俺はその夢へ前進したのだから。

まとめ

ビキニアーマーのために知識と技術を得て、ビキニアーマーのために多くを失った

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