星屑 1
って滑り出す。 宇宙港に停泊する多くの船の一つ、客船マケマケ223。
千人程度の人を運ぶことができる船は冥王星の近くに浮かぶコロニーから火星へと向かおうとしていた。
巨船であるにもかかわらず、所狭しとスイッチとレバー、びっしりと並ぶ計器類の並ぶ操縦席にいるのは機長と副機長の二人だけ。
小さな室内を照らす電気も暗く計器やモニターの明かりがまぶしく点滅している。
「そろそろ出発時刻か、仮にも戦時だってのに俺らはいつもと変わらないことをしているな」
「とはいえ、緊急避難、避難指示とやらが発令された影響で、他の港は大混乱らしいですよツヅミさん」
「ここがただ火星方面行きのビジネス用の港で、他の港よりバスや列車の本数が少なく出入りする船の出入りも少ないってだけで、ここも時間の問題だろうな」
「火星政府が避難する人を大勢受け入れるってさっきニュースでやっていましたからね。次の往復から忙しくはなりそうですね」
「それもこれも彗星を破壊できないからだ。核まで使って作戦失敗とか、次の往復から避難する人で混雑しそうだ、ダイヤが乱れるのはやめてほしいが」
「すごい勢いで飛んでくる星を止めるって言うんですからむつかしいんじゃないですか? でも向かってくる星の速度は落ちてるんですよね」
「よくは知らないけど彗星自体が勝手に速度を落としてるらしいな、ニュースで言ってた」
「宇宙人とのファーストコンタクトが戦争だなんて、残念ですね」
「宇宙人、か。人の形をしていないらしいじゃないか。宇宙生物とかなんとか……」
操縦席のわきにある内線がけたたましく鳴りツヅミはすぐに受話器を取った。
「どうした? 早速のトラブルなら勘弁してほしいが」
『機長、奥さんとお子さんが来ておりますが?』
「ああ、そうだったな。通してくれ」
『申請のない見学は事故のもとになるのでこういうのはやめてください。見学ガラスまでですよ、絶対に操縦席には座らせないでくださいね』
「わかってるわかってる、さすがに計器には触らせない。せっかく冥王星を往来しているから、引っ越すときに顔が見たかっただけだ」
受話器の向こうで話を続けるがツヅミはいったん受話器を置き、座席の固定具を外すとふわりと浮かび上がり操縦席の背後にある扉のほう向くと立ち上がり扉のほうへと歩んでいく。
「見学ガラスまでですよ、計器のそばには近寄らせないでくださいねツヅミさん」
「わかってる、今言われた。娘に一度仕事場を見せてやるだけだ」
ツヅミが離れると副操縦士の操作で透明な壁がシャッターのように操縦席の後ろに降りてくる。
透明な壁に遮られると運転席の扉が開き、無重力の船内をふわりと浮かびながら移動する小さな少女とその母親が操縦席に入ってきた。
「ぱぱ~」
「やぁ、二人とも来たか」
「慌ただしくなる前に避難ができてよかったわ。チケットありがとう」
母親は暗い部屋の入り口で立ち止まり壁の手すりにつかまりながら明るい通路側を向いてスクロールデバイスを見はじめたため、ツヅミは娘を抱き上げてガラスの降りた操縦席へと向かう。
小さな少女はポシェットからくしゃくしゃになった紙を取り出す。
「あのね、パパ。火星に着いたら花火見に行こうね」
くしゃくしゃの紙は火星の観光パンフレットで、夏に向けての特集が組まれた表紙をしていた。
「ああ、来月か夏の休暇のしておかないとな。火星の花火はすごいぞ、酸素使用量を気にしないから大きくきれいな花火があちこちで何時間も続いているんだ」
「本当!」
「ああ、大きくきれいな花火を一緒に見に行こうな」
「約束だよ! パパお休みとっといてね!」
操縦席前に張られたガラスの壁に顔を近づけ少女はツヅミに話しかける。
「ボタンがすごいいっぱいあるね。でもここお外見えないよ」
「ああ、船の真ん中から外を見られるんだぞ」
副機長が操作し操縦席の前に宇宙港を見渡す映像を映し出す。
上下左右を映し出すモニターだったが今は停泊中で、無機質な港の裏側と管制室や整備機械の倉庫しか見えない。
停泊する船の進路の前には暗い宇宙空間が見えた。
「建物の中だから今は見えないか、正面に見えるあれが宇宙だ」
「真っ暗……怖い」
「ここからだと整備場の明かりで外が真っ暗だけど、この建物を出たらすごいぞ。どこを見てもお星さまだらけ、夜の中を飛ぶんだ」
「本当!」
受話器を取りガラスの壁越しに音声を届ける。
「機長、そろそろ出航の時間です。家族サービスはそこまでということでお願いします」
わかったと返事を返すと娘を連れて操縦席の外へと向かう。
「それじゃあ向こうでまた会おうな」
「パパ、ここでお星さま見たい」
「座席についている画面でもお外の様子は見られるぞ、だからママと一緒にいなさい」
「は~い」
家族に手を振りツヅミは操縦席の扉を閉めると席へと戻る。
ツヅミが固定ベルトを締めていると隣に座る副機長がシステムのチェックを始めながら話しかけた。
「これから忙しくなるっていうのに休めるんですかツヅミさん?」
「これからこのあたりのコロニー全体の人間の大移動だっていうのに、長期の休暇を入れる予定はないよ花火大会の日だけさ」
すぐにツヅミも計器のチェックを始め、内線の受話器を取りオペレーターに出航のアナウンスを流すように伝える。
「火星、今年も花火大会するんですかね?」
「彗星との戦争が始まっても中止することなく何年もやってるし、今年もやるってさっき娘が見せてくれたパンフレットに書いてあったぞ」
『出航時刻だ、異常はないか?』
「こちらマケマケ223異常なしだ、出航許可を出してくれ」
『了解、マケマケ223出航を許可する。シンギュラリティゲート付近は今混雑しているから向こうの指示に従ってくれ』
「耳の早い連中がこぞって逃げ出し始めたか。大方ほとんどが係留基地や物資倉庫を借りている採掘企業の船だろうな」
『いくつか事故も起きているという情報も入ってきている、彼らは操縦が荒い衝突には十分に気を付けてくれ。それでは安全な船旅を』
「ああ、安全な船旅を」
小型の作業艇に曳航され千人近い乗客を乗せた客船は緩やかに港を離れ宇宙へと向か