戦いをもたらすもの 1
『えー、また彗星は不規則な方向転換を見せ軌道が変わりました。予測できない動きに……』
『カイパーベルトを通過した彗星は冥王星ラグランジュコロニー群へと進路を変え、3時間ほど前、統合議会は緊急避難指示を発令し……』
『カイパーベルト内でのコールサック警邏艇による核機雷原設置作戦での作戦失敗を受け。火星政府は冥王星ラグランジュコロニーの市民、九千万人の受け入れを決めました』
『冥王星にある三つのシンギュラリティゲート付近は大変込み合い、事故の報告が絶えません。星軍の指示に従い安全な航行を……』
『第一次決戦と呼ばれる戦闘から十年、星軍が新造した第二世代型の宇宙戦闘艦が軍に引き渡され各コロニーの造船所から出て試運転を兼ねて演習座標へと向かっていきます』
『この第二世代と呼ばれる船たちは、第一世代と呼ばれる貨物輸送船を改造した急造砲艦艦と違い重武装……』
宇宙港へと向かう大型バスの中で紙のように薄く軽い端末、スクロールデバイスの画面を広げニュースを読んでいた。
バスの車内でアカツキは無精髭をなぞりその画面を触れて表示される文字や画像を動かす。
どこも緊急ニュースで埋め尽くされ、臨時と書かれ画面を縁取る赤枠やカメラのフラッシュが点滅する映像が数秒再生されて止まる。
「アカツキ。アカツキ、宇宙港に到着した降りるぞ!」
「え、ああ、ほんとだ。先に行ってくれカゼユキ、俺も今行く」
眼鏡をかけカゼユキと呼ばれた男性に肩を叩かれ、アカツキと呼ばれた男性がスクロールデバイスの薄い画面を本体に巻き取りポケットにしまうと席を立つ。
バスは宇宙港へと到着し二人は車両を降りると小走りで建物の中へと走る。
「時間より少し遅れている、急ぐぞ」
「わかってる」
上を見上げれば地面と空を支える何本もの巨大な柱と別の町。
円柱状の形をしたシリンダー型のコロニーの末端にある壁としてそびえる巨大施設。
施設の周辺には宇宙港への直通バスや市街鉄道の駅から線路や道路が何本も町へと延びている。
「場所は」
「券売機の横で待つと連絡があった。アカツキにも届いてないか?」
「ニュース見てて全然確認してなかった」
二人は手荷物を担ぎ走って宇宙港へと入った。
白いタイル張りの清潔感のある明るい屋内を埋め尽くす多くの人でごった返す広い通路を進み、発券売り場や搭乗口のある広場へと到着すると二人は見回す。
「いた、アカツキ向こうの隅だ二人とも怒ってる」
「フトは血が繋がってないのに、母さんとそっくりだ」
広場の端で大荷物とともに待っていた杖をつく白髪交じりの女性と、赤子を抱えた若い女性のもとへと向かう。
赤子をあやしていた女性が不機嫌そうに眉を吊り上げアカツキを見て一歩前に出てきて、二人は背後に立つ老齢の女性と交互に謝る。
「ごめんフト遅れた」
「遅いですよ、待ち合わせの集合時間過ぎているじゃないですか。休暇期間だからってたるんでいませんか?」
そういって彼女の胸元で眠る赤子をアカツキへと見せた。
「アセビも待ちくたびれちゃったよねー。誕生日なのにその日も忘れちゃって遊びに出て帰ってこないかもねー。言い訳はないんですか?」
「ない、約束した時間通りにこれなかったからな」
「似合わないから、髭、剃りなさい」
「はい」
眉を吊り上げていた女性はふっと笑うとハンカチでアカツキの額の汗を拭く。
アカツキの横でカゼユキは老婆に話しかける。
「母さん、父さんは? 俺たちと同じで遅れているのか?」
「二十時間ほど前にあの人は急な仕事で来られないと連絡がありました。なので私たちだけで行きます」
「仕事? 俺らに何の連絡もなかったけど」
「あなたたち二人は、休暇中でしょう。今は戦時とはいえ時間的な猶予はありますから。それに、引越しをするのに男手がいないというのも大変だから。あの人は、家族のための奉仕をしっかりするようにと言っておりました」
「上官の指示には従わないと、どやされるから精いっぱいやらせてもらうよ」
「向こうに着いたらいろいろ忙しくなるんだから」
ジリジリと甲高いベルの音が鳴り響き宇宙港内にアナウンスが流れる。
『えー、まもなく、六番線、船舶搭乗客車、まもなく乗車許可が出ます。えー、搭乗券をお持ちの方は、荷物を持ち改札口へとお集まりいただき乗車してください。えー、宇宙港では重力が下がるため、スカート、ドレス、裾の長い服、装飾の多い服など当の衣服を身に着けているお客様はご乗車にはなれません。えー、服装次第では、駅構内の購買をご利用いただいて着替えてもらうこともあります。ご理解の程、よろしくお願いします』
多言語で同じ内容の放送を繰り返すアナウンス。
「乗り遅れたら大変です。ほら行きますよ、カゼユキ、アカツキ」
「ここでゆっくり話している場合じゃないか」
荷物を持ち四人は警備員の立つ改札へと向かう。
ポケットからスクロールデバイスかざして通り抜け廊下を進む。
「母さん、父さんはいつごろ帰ってこれそうとか言っていた?」
「いいえ、ただ長くなるとだけ。家の場所がわからないから、仕事が終わり向こうへ着いたときに迎えに来てくれと」
通路の先には真上へと昇っていく列車が待っている駅に着く。
駅には二階建て八両編成の列車が停車しており、それぞれの入り口の前に搭乗員が乗客の服装のチェックをしている。
スクロールデバイスを確認し座席の位置を確認したカゼユキが自分たちが乗る車両を指さす。
「俺らは最後尾の一つ前の車両だ、二等客室」
「ただ上に上がるだけなのに通常席じゃダメなの? 二等とか少しいいとこじゃなくて?」
「大荷物があると荷物分の代金をとられる二等客室しかないんだ、通常者は人を多く乗せるために座席の間隔が狭いから」
「そういうのなのね。一等客席はどうなってるの?」
列車に乗り込む前に簡単な服装のチェックを受け、カゼユキが杖をつく母の手を持ち階段を上がった。
外見は白く窓もない冷たく無機質な外観の列車。
その内部は外見からはおおよそ想像もできない木造で温かみのあるアンティーク調で、どたどたと木の床を踏み鳴らし自分たちの座る座席を探す。
「フト待ってて、アセビのためのチャイルドシート借りてくる」
「お願いアカツキ」
アカツキは荷物を動かないように固定すると座席の案内をする乗務員のほうへと向かっていく。
カゼユキも手にした荷物を固定し杖をつく母を座席に着かせ、座席の上に上がっていた赤い固定バーを下げた。
「きつくはないか、母さん」
「大丈夫だよ」