表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

邪神系最強最悪人外メイドと行く! 捨てられたお嬢様のデッドエンド回避シナリオ

作者: 白詰

処女作です! お手柔らかにお願いします!

 その日は朝から雨が降っていた。


「フィリス・カーター! 君との婚約を破棄する!」


 目の前が真っ暗になる、とはこのような感覚を言うのだろうか。

 貴族に生まれた少女フィリス・カーターは家のために眼前の男と結婚するはずであった。


 それがどうだ、半ば義務のように出席したパーティーで己の婚約者だった者は隣に別の女を侍らせ、自身に婚約破棄を言い渡したではないか。


「俺はこの女性と結婚する! また、フィリス・カーターは俺の愛する人に対し、陰湿な嫌がらせ行為を働いた!」


 ああ、散々聞かされた(・・・・・・・)身に覚えのない悪事の数々。

 この男は本気で自分を潰しにかかっているのだということを痛感する。


「……っ!」


 フィリスは駆け出す。

 一刻も早くこの場を去るために。


(もし……いえ、もう疑っていられない! あいつ(・・・)の言うことが本当なら、時間がないっ!)


 その日は朝から雨が降っていた。

 故に土はぬかるみパーティー用のドレスで走るには、あまりにも適していなかった。


「……きゃあっ!?」


 泥に足を取られ転んでしまう。


「ああ、もう!」


 苛立たしさを隠さず、立ち上がろうとする。

 しかし、上手く立ち上がれない。


 骨を折ったか。


 そう思うが、痛みは感じない。

 不思議に思って、身体をひねって己の足を確認する。


(……情けない)


 疲労からか、それとも婚約破棄が自分の思っていた以上にショックだったのか。

 足は震え、彼女の言うことを聞こうとしない。


「急がないと、いけないのにっ!」

「大丈夫ですか、お嬢様?」


 そんな彼女に手を差し伸べる者がいる。

 メイド服を着た一人の少女だった。


「……ペイル。あたしを笑いに来たの?」


 ペイルと呼ばれたメイドは、主の問いに表情一つ変えず答える。


「笑ってほしかったのですか?」

「冗談……そんなことより、あなたの言ってたこと……全部本当なのね?」

「はい、その通りでございます」


 フィリスはペイルの手を握る。

 ペイルはその手を引き、己の主を立ち上がらせた。

 雨の当たらない木の影に移動して話を続ける。


「今日、お嬢様は婚約破棄を言い渡され、この後政略結婚の道具としての利用価値すらなくなったお嬢様は父親に勘当されます」

「そして今夜、暗殺される……」

「さらに言うと、国の様々な不祥事を押し付けられ、王国最大の悪女、汚点といて歴史に名を残します。おめでとうございます」

「うるさいわねっ!」


 フィリスは顔に着いた泥を拭い、ペイルを睨む。


「全く……二年前、急に現れて変な話をしてくるメイドだとは思ってたけど……いいわ、あなたの話信じてあげる」

「ありがとうございます」

「それで? どうやったらあたしは生き残れるの?」


 ペイルは淡々と答える。


「まずは、お父上に見つからぬよう家に帰りましょう。具体的にはお嬢様の部屋に」

「どうやって……って聞くまでもなかったわね。あと……」


 うんざりしたような顔をするフィリス。

 そんな主の様子にペイルは首をかしげる。


「……誰もいない所で、その気持ち悪い喋り方止めてくれる?」


 そう言うとペイルの様子が豹変する。


 いかにも己が主に忠実なメイドといった柔らかい笑みは消え失せ、挑発的な笑みを浮かべる。


「そうかい? オレはこっちの方が楽でいいから助かるけどな」

「ええ、その男みたいな喋り方のほうが似合ってるわ。あと、さっさと運んで」

「あいあい、わかりましたよお嬢様、っと」


 ――パチン。


 ペイルが指を鳴らす。


 その瞬間、彼女らの周りの風景は木々に囲まれた道からフェリスの自室に変わっていた。





 フェリスはこのような現象を目の当たりにするのは初めてではない。


 目の前のメイド、ペイルは二年前に現れて以来、フェリスに対してはその特異な力や精神性を隠そうとしていない。

 瞬間移動、怪力、何も無いところから物を生み出したりと、例を挙げれば切りがない。

 その中でも未来予知は半信半疑であったが、出まかせでないということが今日の出来事で確信した。


「……で、あたしはどうやったら今晩死なないで済むの?」


 身体を拭き、濡れた服を着替えた彼女は主の部屋の椅子に座り、偉そうに足を組んでいるペイルに問いかける。


「とれる選択肢は大きく分けて二つ……」


 ペイルは指を二つ立てて続ける。


「襲撃者に対し、逃げるか、戦うか」

「前者ね」

「おっとぉ? チキンお嬢様かあ?」


 ここぞとばかりに煽るペイルを睨みつける。

 フィリスはごく一般的な貴族の娘である。

 当然、戦闘訓練などしたこともないため、自分を殺しに来る刺客など相手にできるはずもなかった。

 この超常の力を当たり前のように駆使するメイドを使えば話は別だが。


「あなたに命令するにしても……何を要求されるか分かったものじゃない」

「オレは何も望まないぜ? 言ったろ、これはオレとオマエのゲームだ」


 この二年間、なんども彼女が口にしたルール。


「オマエはこれから運命に翻弄されて死ぬ。オマエはオレやオレの力を使い、それに抗う。オレはそんなオマエを見て退屈を紛らわす」

「その中であたしがあなたに依存すればあたしの敗北、逆にその運命とやらに打ち勝てばあたしはあなたからも、運命からも自由になれる。何度聞いても割に合わないわね」

 

 フィリスは苦笑する。

 対するペイルは面白そうににやにやと嗤っている。


「なら、諦めて死の運命を受け入れるか?」

「冗談! 簡単に死んでなんかやるもんですか!」


 勢いよく立ち上がり偉そうにふんぞり返るメイド姿の怪物に言い放つ。

 またフィリスを煽ってやろうとペイルは口を開こうとする。

 その口から言葉が紡がれるより早く、部屋の扉が叩かれる。


「……っ! 騒ぎ過ぎた。お父様にバレたかしら?」

「いや、そうじゃなさそうだぜ?」

「……失礼いたします」


 そうして入ってきたのは一人のメイドだった。

 小さい十歳前後だろうか、彼女はフィリスの姿を捉えるとぱあっ、と輝くような笑顔を浮かべる。


「お嬢様! やはりお帰りになっていたのですね! その、ご家族の皆様にご報告は……」

「しなくていいわ。ありがとう、ノーラ」


 ノーラと呼ばれたメイドはこの屋敷では最年少のメイドである。

 フィリスとは一番仲が良く、ノーラはフィリスの機微に聡い。

 今も彼女の様子から、自分の状況を誰かに知られたくないのだろうとノーラは予測した。


「ノーラ、用件はそれだけですか?」


 第三者が現れたことにより、忠実なメイドモードになったペイルが問いかける。


「い、いえ……その、何かお手伝いできることはありませんか!?」

「……それは」


 フィリスは言葉に詰まる。

 はっきり言って想定外であった。

 協力者が増えるのは都合がいい。

 しかし、彼女はまだ幼く、危険な自身の状況に巻き込むことがためらわれる。


「ではノーラ、私から一つ……」

「何ですか、ペイル先輩?」


 見かねたペイルがノーラに告げる。


「これからお嬢様の身には危険が迫ります。貴方はその危機が去った後、お嬢様に力を貸して頂きたいのです。忘れないでください、貴方はお嬢様にとって必要な存在です」


 フィリスがやや驚いたようにペイルを見る。

 嫌がらせの一つでもしてくるものだと思っていたが、彼女がしたことはその逆であった。


「……わたしが、必要な……?」

「はい、ですので……今は何も知らないふりをしていて下さい。落ち着いた頃に迎えに来ます」


 数秒の沈黙。

 そして、ノーラは深くゆっくりと頷く。

 彼女はペイルといくつか言葉を交わし、部屋を後にしようとする。


「……ノーラっ!」


 それをフィリスが引き留める。


「あなたは、あたしの妹のような存在よ」

「そ、そんな! 恐れ多い、わたしなどっ!」


 フィリスはノーラを抱きしめる。

 力の限り、ノーラの小さい頭を己の胸に埋めるように。


「聞いて! だから、今夜だけは、部屋から出ないで。誰か来ても返事をしないで。部屋にも絶対入れちゃダメ。いい、わかった?」

「……はい、わかりました」


 二人の声は震えていた。

 目じりには薄く涙が溜まっている。


 しばらくそうした後、ノーラは満面の笑みを浮かべて扉へと歩いていく。


「それでは、不肖ノーラ! お嬢様の命令を遂行します!」

「うん、お願いね!」


 やや大げさに敬礼をするノーラをフィリスは笑顔で見送る。

 やがて静けさを取り戻した部屋の中でフィリスとペイルは向かい合う。


「……それであたし達はどうすればいいの?」

「おっと、それをオレに聞いていいのか?」

「……あたしの敗北条件はあなたに依存すること。あたしがあなたを使う分には何も問題ないでしょ?」

「正解だ、お嬢様」


 ペイルが指を鳴らすと、机の上に地図が現れる。

 広げられたその地図はこの屋敷周辺のものであることが分かる。

 そしてペイルは地図の上に指を滑らせる。


「ここが今いる屋敷、んでこの辺に小屋を用意した。手狭だが一晩身を隠すには十分な設備を揃えている」

「……こんな所に小屋何てあったのね」

「いや、さっきオレが作ってきた」


 何やってんだこいつ。


 そう口に出そうになったが、何とか堪える。

 いつとかどうやってだとか、疑問は尽きないがそれを聞いたところでペイルが答えるかどうか分からない。

 答えたとしても理解ができるとも限らない。

 フィリスはペイルと接した二年で、そういった類の質問は考えるだけ無駄であると考えるようになった。


「はぁ、それじゃあ今夜はそこに身を隠しましょう。今夜殺されなかったら、やりようはいくらでもある」

「……そうかい。んじゃ、飛ばすぜ?」

「お願い」

「……」


 ところが、数秒待っても周りの景色が変わらない。

 フィリスはまたペイルの嫌がらせかと思い、彼女を睨もうとする。


「……ペイル、ふざけてる時間は……」

「本当にいいんだな?」


 ペイルの表情はいつものにやにやした笑みではなかった。

 何の感情もない、ただ機械的に確認をとっているのだと分かる。

 こんなペイルを見るのは初めてだ。

 フィリスは一瞬ためらう。


「何よ……まさか今夜ここで、襲撃者と戦えって?」

「オレはそっちを勧めるぜ?」

「私は戦えない」

「オレに命令すればいい。オレがオマエに戦える力を与えることだってできる」


 ペイルに戦闘面を頼るのは論外だ。

 目の前にいるメイドのような何かは邪神や悪魔だとフィリスは考えている。

 そんな者との取引は慎重に行わなければならない。

 今でさえかなりのリスクを飲み込んで彼女を使っているが、これ以上は大丈夫なんて保証はどこにもない。

 生き残るために、自分の命を差し出すような事態は本末転倒だ。


「……方針に変更はないわ。飛ばしてペイル」

「承知いたしました。お嬢様」


 ――パチン


 乾いた音が一つ、鳴った。





 フィリスの不安や緊張を嘲笑うかのように、あっけなく夜は明けた。


「……何よ、何もなかったじゃない」

「一日寿命が延びただけだ。根本的に解決するか、かなり遠くに逃げねえと死の結末は変わらないぞ」


 所詮、一時しのぎに過ぎない。

 しかし、少なくとも一日は時間を作ることができた。


「逃げるなら隣の街ね。あそこなら商業も盛んだし、物も人も多い。隠れるにしろ逃げるにしろ選択肢は多いに越したことはないわ」

「……」


 フィリスは違和感を感じる。

 ペイルがいやに大人しい。

 その表情はいつもの人が一喜一憂する様を眺めて楽しそうにする彼女からは想像することもできないものだった。

 退屈、失望、そういった感情をペイルがフィリスを見る目から感じられる。


「……何か言いたいことでもあるの?」

「いや? 人選、じゃないな。オレの目も曇ったかな、ってな」

「どういうこと?」


 ため息交じりのペイルの言葉にフィリスは少し腹を立てる。


「オレはさ、オマエがオレの退屈させないと見込んで選んだんだ」


 何度も聞いた、傍迷惑な動機。


「世界が、運命がオマエを殺しにきてるんだぜ?」


 それを回避するために今動いている。


「敵は、オレみたいな理外の怪物が手を貸してぎりぎり勝てるかどうかってレベルなんだ」

「……さっきから何が言いたいの?」

「何も失わず、何のリスクも冒さず、運命に勝つ気なのか?」

「私が……!」


 フィリスが声を上げる。

 我慢の限界だった。


「私が、何のリスクも冒していないですって!? あなたという化け物を抱え込んでいる時点でこれ以上のリスクなんてあるの!? いきなりあたしの前に現れて! いつ死ぬだとか、魔法みたいなものだとか、わけわかんないことばかり突きつけてきて……! 勝手なのよ、あなたは! 私は、ただ普通に生きたいだけなのに!」

「……ガキが。だがオマエの意見はよく分かった」


 ペイルは荷物をまとめ始める。

 フィリスに背を向け、手を動かしたまま話す。


「このまま隣町へ転移する。ここには戻らねえから、そのつもりで」

「ちょっと待ちなさい! ノーラはどうするのよ!?」


 聞き捨てならなかった。

 他ならぬペイルがノーラを迎えに行くと言ったのだ。

 堂々とフィリスが妹と慕う少女との約束を反故にするのか、と問い詰めようとする。


 しかし、続けられた言葉はフィリスの思考を止めるのに十分なものだった。



「ノーラは死んだ」



 何と言った?


邪神達(オレら)にはある程度得意分野があってな。オレは死者の情報を無条件に、一切の嘘偽りなく正確に閲覧できる力があるんだよ」

「待って、え……何て? ノーラ、が……え」

「オマエは本来昨晩、暗殺者に自室で寝てる間に殺されるはずだった。しかし、オマエは部屋にいなかった」


 そこで暗殺者たちは標的をフィリスに近しい者に変えた。

 その結果、ノーラが殺される結果となった。

 まるで本来死ぬはずだったフィリスの代わりとでも言うように。


 ――パチン


 聞き慣れた音が鳴る。

 周囲の景色は小屋の中から鬱蒼とした森の中へと変わる。


「……あ、ああ。ああああ……!」


 すぐにそれは目に入った。


 木を背に横たわる小さい身体。

 彼女に合わせたメイド服は血に濡れ赤く染まっている。

 元気な笑顔を見せてくれた彼女の顔は見る影も無くなっていた。


「オマエの選択を責めるわけじゃねえが、覚えておけ……これがオマエの選んだ未来だ」

「……あたしが、この子を置いて行ったから……」


 膝をつくフィリスを無視して、ペイルは彼女の死体を調べる。


「おい、死体から情報を抜いたらさっさと隣町に行くぞ」

「……あなた、本当に人でなしね……」

「人じゃないからな」

「あなたもノーラのことは気に入ってたでしょ? 少しは悲しんだりしないの?」

「傷心の割にはよく喋るじゃないか」


 ペイルはいよいよフィリスに対する失望を隠さない。

 

「そもそも死は基本的に無価値だ」

「……何ですって?」


 ノーラの死は無意味である。

 フィリスにはそう聞こえた。

 そんな彼女を無視して淡々とペイルは半ば独り言のような話を続ける。


「もし彼女の死に価値を持たせたいなら、生きている者が後から価値を与えなければならない」

「……っ! どうしろって言うのよ?」

「それはオマエが決めることだ」


 ペイルは大きくため息をつく。


「しゃあない。ちょっと見せてやるよ。これはオマエも見る権利はあるだろ」

「……何を?」

「ノーラの最期の記憶だよ」


 ――パチン


 いつものようにペイルが指を鳴らす。

 瞬間、視界が暗転する。





 視界が唐突に開く。

 空は暗く、周囲の様子から場所は先ほどの森であると推測できる。 


「……あ、あなたたちは……?」

「フィリス・カーターの居場所を教えろ。そうすればこれ以上の危害は加えない」


 身体全体を黒装束で包んだ者たちがノーラに刃を突きつける。

 生まれて初めての死の恐怖。

 身体が硬直し、呼吸は浅く荒くなる。


「し、知りません……」


 絞り出した声は震えていた。

 暗殺者は努めて落ち着いて声で問いかける。


「……我々も、君のような子供を手にかけたくない。頼む、教えてくれ」

「そ、それは……」


 ノーラはもちろんフィリスの居場所など知らない。

 それでもどうにか生き残れるのなら……


(……っ!)


 頭の中で火花が散ったような感覚。

 急速に思考が巡る。


 自分は今何を考えた?

 

 己が命を惜しんだのか?

 生物として至極当然の反応だ。

 だが――


「……聞きたいことがあります」

「……?」


 口をついて出たノーラの言葉に暗殺者は首をかしげる。


「わたしが、助かればっ、あなたたちはお嬢様のところへ行くのですか?」

「そうだ、我々の使命はフィリス・カーターの抹殺だ」

「なぜ? わたしを助けようとするのですか?」


 暗殺者たちは捉えた少女に違和感を感じ始めた。

 本当にさらってきたのは、ただの幼いメイドか?


「私には君と同じくらいの歳の娘がいる。だから……君は殺したくない」

「お嬢様は! ただの平民だったわたしに、すべてを与えてくれた!」


 雨風をしのげる部屋、傷んでいない食べ物、綺麗でかわいい服。

 そして、何より――


「わたしを! 愛してくれた! こんなわたしを、妹と呼んでくれた!」

「……!」


 暗殺者たちは一斉に身構える。

 少女の目は哀れな囚われのそれではなかった。

 己が主のために命すら投げ打つ覚悟を決めた者の目だった。


「わたしは! フィリス・カーター様のメイドで、妹だ!」


 服の内側に仕込んだ護身用のナイフを抜く。


「やめろ! 君と戦うつもりはない! お前たちも武器を収めろ!」


 ノーラと話していたリーダー格の男が部下たちにそう指示するが――


「……があぁっ!」


 暗殺者の一人の首元にナイフが深々と刺さる。

 小柄なノーラの体格を生かした、素早い攻撃だった。

 ねじるようにナイフを押し込み、確実に息の根を止める。


「……おまえたち、暗殺者としては素人ですね? 本業の方なら無駄話などせず、わたしをすでに殺しているはずです」

「くそっ! よくも……!」


 仲間をやられたせいか、暗殺者たちは統率を失い我先にとノーラを殺そうと殺到する。

 負けじとノーラもナイフを引き抜き、構え直す。


 そこから先は乱闘だった。


 しかし、それもそう長くないうちに終わりを迎える。


「……くうっ!」


 身体に傷が増えていく。

 明らかに敵は戦闘訓練を受けている。

 対してノーラは最低限の護身術程度しか使えない。

 勝敗は最初から見えていた。


(……それでもいい。時間さえ稼げれば、あとはペイル先輩が……)


 ノーラにとってペイルは理想そのものであった。

 何をしても完璧で、フィリスとの距離も近く、まさに彼女の目指すメイドとしての完成形であった。


 そんな彼女が、己をフィリスにとって必要な存在と言ってくれた。

 自身の力が必要だと言ってくれた。

 迎えに来ると言ってくれた。

 その約束が守れないことに罪悪感を感じる。


(……お嬢様にはいっぱい、もらったなあ……)


 返しきれないほどの恩を受けた。

 もう恩返しの機会すらないが、願わくはこの戦いがほんの少しでも助けになれば。


(……ああ、一回くらい……フィリスお姉ちゃん、って……呼びた――)



 

 

 視界が元に戻る。

 まるで夢から覚めるような感覚だった。


「ご感想は、クソお嬢様?」

「……最悪よ」


 そう言いながら、フィリスはノーラの遺体に近づく。

 そして彼女の手から真っ赤に染まったナイフを取る。


「……ペイルライダー」

「何だ?」


 静かに、ゆっくりと立ち上がり口を開く。

 珍しく邪神や悪魔を自称するメイドのフルネームを呼んだ。


「方針変更よ。あたしの妹が覚悟を決めたのよ?」


 振り返り、真っすぐペイルの目を見る。


「全面戦争よ。あたしに一人で戦えるだけの力を寄こしなさい」


 その言葉を聞いた人外メイドは、見慣れたいつものような、にやにやとした笑みを浮かべ笑う。


「いいぜ? 好きに暴れな、フィリスお嬢様」


 死ぬのは自分だけだと思っていた。

 慎重に、安全に、状況を一つ一つ回避していけば、いつか死の運命も振り切れるのだと考えていた。

 しかし、避け方次第で本来フィリスに降りかかる死が他の誰かのもとに行くのであれば、話は別だ。


(考えが甘かった。もうなりふり構っていられない)


 邪神に祈ることも、悪魔との契約もいとわない。

 すべてを利用して向かってくる脅威のことごとくを潰さねば、真の自由を得ることはできない。


 そう悟った後は早かった。

 ペイルにいくつかの質問と指示を与え、フィリスはペイルから貰った力の試運転を重ねた。

 作戦と呼ぶのも憚られる、そんな八つ当たりのような作戦。

 決行は今夜、フィリスは急ごしらえの妹分の墓を前に改めて誓う。


(絶対に生き残る。ノーラ、あなたが示してくれた覚悟に、命に価値があったのだと胸を張って言える未来を手に入れて見せる!)





 日は落ち、星月は輝く。


 屋敷の敷地外、暗殺者たちはフィリスの行方を捜すことに躍起になっていた。


「フィリス・カーターの行方はまだ分からないのか?」

「足取りが全く掴めないんだ。仕方ないだろう」

「あのパーティー以降、目撃情報が一切ないんだぞ。あり得るかそんなこと?」


 当然だ。

 ペイルの瞬間移動や証拠隠滅はこの世界のあらゆる技術、知識を結集したとしても微塵も分からないだろう。

 それほどまでにペイルと人間の間には生物、いや存在としての格が違い過ぎるのだ。


「どうすんだよ!? 期日までに始末できなければ殺されるのは我々だぞ!?」

「分かっている! 一刻も早く見つけねば……!」


 焦りを見せる暗殺者たち。

 不安と焦燥感に空気が重く感じられる中、場違いな声が響く。


「……その必要はないわ」

「……っ!?」


 そこには一人の少女が立っていた。

 今しがた話に上がっていたフィリス・カーターその人がそこにいた。


 その姿は貴族令嬢らしい煌びやかなドレス姿ではなく、黒を基調にした動きやすさと耐久性を重視した戦闘服を言って良いものであった。


「こいつっ!」

「一体どこから!?」

「いいからさっさと始末しろ!」


 男たちはとっさの行動とは言え、連携を崩さずフィリスに襲い掛かる。


「……遅い」


 しかし、次の瞬間には暗殺者たちは宙を舞っていた。


「……っ、がぁ」

「……ぐっ、う!」


 地面に叩きつけられ呻く彼らをよそに、フィリスはペイル製の装備の内の一つ、黒い皮手袋をはめた手を見る。


「……ノーラの言ってた通りね。思っていたより強くないわね。ペイルに作らせた装備……過剰戦力だったかし、らっ!」

「……ぐあっ!」


 フィリスは男を一人蹴り飛ばす。

 すかさず追撃を加え、確実に手足の骨を折る。


「……くそっ! 舐めやが……!」

「……冗談」


 ようやく起き上がった男が二人係で、フィリスの背後をとる。

 しかし、二人が攻撃に移るよりも早く、彼女の蹴りが二人の下あごを掠める。


「……なぜ、だ? ここまで、強いなんて……聞いて……」


 意識を失う直前に男が呟く。

 その言葉にフィリスはペイルの言っていたことを思い出す。


『オレが与えるのは魔法みたいな力じゃない。技術や技能と呼ばれるものを直接オマエに流し込むんだ』


 ペイルが便宜上技能(スキル)と呼ぶそれは、一流の料理人の技能を与えられればどんな素人も一流の料理人と同等の技術を得られる。

 天才科学者の技能を与えられれば、どんな馬鹿な子供でも天才に。

 最強の剣士の技能を与えられれば、どんな不器用な人間でも最強に。

 

 つまり、ペイルが持ちうる近接戦闘の技能をすべて与えられれば――


「……あたしが戦えるなんて、知らなくて当然よ。実際昨日までそうだったんだから」


 ――どんな貧弱な貴族の令嬢でも最強の戦士となる。


「不思議なものね。初めて人を殴る、ましてや殺そうとしているのに……身体は何の疑問もなく目的を遂行しようと動くの」


 今までずっと、そうしてきたかのように。

 頭で考えるよりも先に身体が動くとは、まさにこのことだろう。


「だから……少なくとも今だけは、あたしは冷静でいなくていい。怒りに任せておまえらをぶん殴ることにするわ」


 細かいことは、身体に刻まれた技能が勝手に調整するだろう。

 今は、今だけは妹を奪った奴らに対する怒りで我を忘れても良いだろう。


 そう思ってからは一瞬だった。


 大人の男たちが自分たちよりも一回りも二回りも年下の少女を前に、手も足も出ない。

 人間が玩具のように宙を舞い、地面に落ちる前に蹴り飛ばされる。

 高速で周囲の木の幹に叩きつけられる者、フィリスの蹴りで背骨を折られる者。

 嵐のように土煙と人間が空中で荒れ狂う。


 ペイルが与えた技能は、フィリスがどんなに感情に我を忘れても、最適な技や戦術を選択し実行する。

 しばらくの間、獣のように暴れまわったフィリス。

 彼女はふと思い出したかのように動きを止める。


「……そうだ、忘れてた」


 仲間がボロ雑巾の如く地に投げ捨てられた惨状の中、一人だけ一度もフィリスに攻撃していない者がいた。

 リーダー格の男、ノーラの殺害を拒むような発言を繰り返していた男だ。


「あなたは、ノーラを殺すことに消極的だったわね……」

「……だから、何だ?」


 男からフィリスの顔は丁度影になって見えない。

 しかし、先ほどまでのような燃えるような怒りはおろか、何の感情も感じられない抑揚のない声に恐怖が湧きたつ。


「……娘がいるんですって?」

「そうだ」

「……助けてあげましょうか?」


 目の前の少女の皮を被った化け物は、自分を見逃すと言った。

 彼女自身、他の男たちをひとしきり殴ったせいか怒りは嘘のように収まっていた。

 正直、目の前の男に対する興味も無くなりつつあった。

 故に返答次第では本当に見逃すつもりであった。


 しかし――


「……断る」

「あら、娘さんはどうするのかしら?」

「妻がいる。彼女なら……苦労はかけるが、きっと大丈夫だ」


 フィリスは驚いていた。

 醜く命乞いをするものと考えていたからだ。


 そんな彼女の空気を察してか、男が口を開く。


「……俺は、今まで多くの人間を殺してきた。度し難い悪党も罪のない善人も……」

「……」


 吐き出すように男は話す。

 フィリスは黙って先を促す。


「だが、間違ったことをしたとは思っていなかった。そうするしかなかった、これを否定すれば……俺は前へ進むことすら出来なくなるからだ!」

 

 男の声は最早嘆きに近いものになっていた。


「もし、俺のしたことが許されざる悪であるのなら……いつか俺を裁く奴が俺の前に現れてくれると信じていた。俺はそのとき、初めて己の行いを悔いて、その罰を受けようと……」

「……もういいわ」


 フィリスの言葉が遮る。

 彼女はうなだれる男の前で改めて構えをとっていた。


「……そう、それでいい。お嬢ちゃんが……そう(・・)だったってだけだ。ここで……俺を終わらせて(止めて)くれ」

「……あなた、名前は?」


 フィリスの言葉は無意識だった。

 それは彼女なりの敬意だったのだろう。

 この数日で彼女は成長すること、変化することを余儀なくされた。

 憎むべき敵であれ、新たな門出の糧となってくれたのだから、名を覚えておこう。 

 

「俺の名は――――」

「そう……」


 覚えたわ、と続けられるとほぼ同時に彼女の拳が振り下ろされた。





 あの夜、フィリスたちは暗殺者たちを退け、無事に隣町に到着した。

 死体の後始末や情報の隠蔽はペイルが行った。

 手段について言及するのは無意味だろう。


 そして一年の月日が流れた。


 フィリスは現在――


「お疲れ様です、フィリス会長」

「本当よ! 何でこんなに忙しいのよ!?」

「先日の新商品が好評だったのと、 大口の取引が三件控えているのが原因かと」

「分かっているわよ!? あとペイル! 気持ち悪いから、二人のときはその喋り方やめなさいと何度……と言うか、何でまだメイド服着てんのよ!」

「聞くのが一年ほど遅いぜ、お嬢様? アイデンティティなんだよ! 気に入ってんだよ、悪いか!?」


 あの後、ペイルの力を使うことに躊躇が無くなった彼女は商業が盛んなこの街で最大の商会を乗っ取った。

 無論、ペイルの邪神パワーをフルに活用した結果であるが。

 彼女は死の運命から逃れられたといってもそれは一時的なものでしかない。

 またいずれ世界は、運命は彼女を殺しにくる。


 それに一年前の暗殺騒ぎは終わったわけではない。


「ああ、そういえば。一年前の暗殺……調査に進展があったぜ」

「ないと困るわ。何のために商会乗っ取ってまで資金力と人手を蓄えたと思ってるの?」


 身を守るため、脅威を打ち砕くため、フィリスが欲したのは財力であった。

 何をするにも必要なものであり、金があるのとないのでは選択肢が大きく変わる。


「結論から言えば、オマエの元婚約者と泥棒猫は黒幕じゃない。さらに後ろに二人を誘導した奴がいる」

「誰か分かったのかしら?」

「……何も?」

「はあ?」


 それは苛立ち、よりも困惑の方が大きかった。

 ペイルが主体になって調査したのだ。

 それで収穫なしとは明らかに異常だった。


「オレがうかつに手を出せない奴なんざ限られてる」

「……予想はしてたけど、こんなに早く……」

「オマエにオレがいるように、黒幕にもいるんだろうな、バックアップするオレみたいな人外が」


 フィリスは天を仰ぐ。

 ペイルが面白そうにしているが、無視する。


「どうするんだ? 下手すりゃ人外レベルの戦争だ。そうなりゃ人間なんざ何万も死ぬし、オマエも数え切れないほどの数を殺すことになる」

「それは覚悟してる。というか、私の手はこの一年で真っ黒よ」


 でもね、とフィリスは続ける。


「もし、これが間違いだって言うなら、きっといつか私を止める誰かが現れるわ。私はその時まで死に物狂いで走るだけ」

「ハハハッ! 本当にオマエを駒に選んでよかったぜ。いい感じにいかれてきたな」


 フィリスは近くにあったペンをペイル目がけて投げる。

 そして、当たり前のようにペイルが避ける。


「……そうだ、一ついいかい? 名前を変えたのは分かるが、商会の名前を変えたのは何か意味があるのか、お嬢様?」

「ああ、それ? ただの自己満足よ、悪い?


 ペイルは珍しく、フィリスに対して質問をする。

 それに対して、フィリスはあっさりと答える。


 そうこうしていると、扉が叩かれる。

 次の仕事が始まる合図である。


「……さすが貿易の重要都市なだけあるな、この街は。そこの最大の商会ともなれば連日商談が絶えないな」

「はあ、さっさと終わらせましょう。……休みたい」


 フィリスは椅子から立ち上がり扉に向かう。

 その後ろをペイルが追従する。


「行くわよ。付き従いなさい、邪神ペイルライダー」

「ああ、楽しませてくれよ? カルタノーラ商会会長、フィリス・カルタノーラお嬢様」


 少女は進む。

 人ならざる高次存在を従えて。


 運命などという理不尽に定められた死ではなく、人として己で選び生き抜く未来を、悔いのない結末を。

 例えそれがバッドエンドであっても。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ