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Lets escape  作者: ざらめ
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1話 白い柵とワンピース

物書きは初めてなので、

色んな意見を聞かせてください。



たまに、脳裏をよぎること。

大したことではない。今日はフライドチキンの気分だとか、昨日途中まで読んだ本の内容が気になるから早く読みたいだとか、そのレベル。思い出しても口に出すほどではなく、さほど緊急性もない。

一つ違うのは、定期的に、必ず脳裏をよぎるということ。もちろん忘れるのだが、ずっと忘れるってことは今までなかった。物心ついたころからずっとそうだった。だから特に不快でもなかった。強迫観念に駆られているなんて恐ろしいものでもない。

小さな好奇心。

「この白い柵の向こうはどうなってるんだろうか。」

今日はやけに気になって、口に出すほどのことになった。

ブライトは、ランチができるまでの時間を、いつも家の庭にある白いベンチに座って過ごしていた。何か目的があるわけではない。むしろ、その目的を探すために座っていた。見える光景は、黒い雲、その間から差し込む日の光、白い柵、ボロボロになった建物。町はこんなにきれいな建物がたくさんあるのに、いや、なぜこの町だけがきれいなのか。そっちを考えるべきなのかもしれない、と、こんな堂々巡りなことをこのベンチに座ると考えるのだ。

柵の外の世界は、全く機能していないというわけではなかった。週に一回、必ず大きな空電(エアエレキ)式のトラックが、光線銃のような独特の音を響かせてやってくる。そこには新鮮な野菜や、肉や、衣料品、はたまたおもちゃや自動車まで運ばれてくる。どこかに農場や工場が密集している地帯があるのだろうか。だとしたら、この町だけでなく、世界中の町に同じように届けているのかもしれない。彼は、愛しのブルーベリーチーズケーキがレーンに整列し、目がくらむほど沢山つくられる様を想像して薄ら笑いを浮かべる。

町のみんなは生活必需品をその輸送から手に入れ、何不自由ない生活をしている。彼もその一人だった。ほしいものがあれば一週間もあれば手に入るし、別にお金がかかるわけでもない。物心ついた時から不足はなかった。多分、物心つく前もなかったのだろう。

と、庭の外から、間隔の短い足音が聞こえてきた。走ってこちらに向かっているのだろう。聞きなじみのあるリズム。それはだんだんと歩道のコンクリートを踏むカツカツという音から、庭の芝生を踏むサクサクという音に変わる。"彼女"は、いつもみたいに全力疾走のブレーキが利かず、彼の前で豪快に転んだ。

「ねー!エアエレキってどういう仕組みなの!おせーておせーて!」

そしていつものごとく、転んだことなどなかったかのように立ち上がり、ブライトに質問を浴びせた。

「お前こけるのわかっててやってるのか?新しい服もう汚してさあ。ほんと意味不明がすぎるよ。」

彼女の着ていた真っ白のフリフリ付きワンピースは、芝生と土の色を塗りたくられ、緑ときどき茶色模様だった。早く洗わなくては、洗剤でも落ちるかどうか...

「えへへ、いやあスカートの丈が長くて引っかかっちゃって、じゃなくて!もー質問に答えてよ!あと"お前"じゃなくてオーティーだってば!これ14回目!」

「15回目な。エアエレキは二酸化炭素をR10.5機構に取り込んでクーロン結合を

「んー私にもわかるように!」

「CO2をCとO2にわけて、そいつらを燃やす。したら電気が生まれる。」

「んー簡単すぎ!」

「わかったんならいいだろ。全く意味不明がすぎるやつだ。」

理解してもらえればいい。納得してもらおうなんて思ってもいなかった。それはブライトの努力が足らないのではなく、オーティーの誰にも掴めない知識の偏りによるものだった。ときに彼でもわからない難解なものの仕組みを聞いてきたり、またときに三歳児でも知っているようなことを聞いてきたりする。まったくもって不明で、理解できない。

「ブライトの方が意味わかんないよ。このチーズケーキまんめ。よいしょっと」

何の確認もなくブライトの横に座る。まあ構わないが。

「チーズケーキじゃない。ブルーベリーチーズケーキだ。ブルーベリーじゃないとダメなんだ。ブルーベリーチーズケーキだからこそ至高なのであって、ストロベリーでもクランベリーでもリンゴベリーでもラズベリーでもクランベリーでもベリーショートヘアでもだめなんだ。」

「んー全部言わなくていいし!クランベリー2回言ったし!最後絶対違うし!」

「……」

「………この場所、本当に好きだね、ブライトは。」

「んーきっとそうなんだろうな。」

理由は分からない。いつも同じ景色のはずなのに。空は真っ暗で、それに歯向かうみたいに、雲間から差した光は白い柵を照らして、眩しいくらいだ。ひとつ確実なことがあるとすれば、この景色は綺麗ってこと。

「…そう。」

「なあ、今日は俺もお前に質問してみてもいいか?」

「だからお前じゃ、、んー何?」

「この柵の向こうってどうなってるんだろうな。」

なぜ今日言ったのか。なぜ彼女に言ったのか。ブライトにはわからなかった。いつだって聞けたはずだ。何度も同じ場所でこうして会っているのだから。誰だって良かったはずだ。むしろこんな、「フレンチフライにはケチャップかマヨネーズか」という問に答えを出すのにまるまる1週間を要する脳みその持ち主に聞くことなんてなかったはずだ。

だが、その問いは彼女の答えを聞くやいなや、掻き消えた。

「わかんない。だから見に行こうよ。一緒に。この柵を飛び越えてさ!」

そう、いつもお前は、オーティーは、俺の欲しい言葉をくれるんだ。気が合うとは少し違った。まる心療セラピストのように、説法を唱えるお坊さんのように、心臓をわしっと掴むような言葉をくれるのだ。

なんの躊躇いもなく、いつものしわくちゃな笑顔のままで。

「決行は明後日にしよう!明日のおやつはブルーベリーチーズケーキだからね!」

あーほんと、俺が喋るまでもないな。

そして、周りには誰もいないにも関わらず、オーティーは小さな口の小さな声で耳打ちをした。

「この街から逃げよう。」

こんな、何不自由ない不足ないこの街から、彼女は「逃げる」と言う表現を使った。ブライトは、そこに違和感を感じなかった。無論、実はディストピア、なんてオチならとっくにブライトはこの街から逃げている。そうでは無い。きっと、厳密には違うからだ。

この街から、逃げるんじゃない。この街の退屈から逃げるんだ。平和がもたらす退屈から。ないものねだりで天邪鬼な人間の本性を受け入れて。

「ブライト〜ご飯よ〜」

おおっと、

恍惚も束の間、ランチの用意ができたようだ。芳しい卵と豆の匂い。スパニッシュオムライスとみた。

「じゃ、また明日打ち合わせしよう!またね!」

少し学んだのか、スカートを少しまくって、引っかからないようにして、来た時と同じぐらいの速さで帰って行った。

ブライトの目に映る白い柵は、今までで1番低く感じた。


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