最後のひとりは?
「先生、このまま泣いて良い……?」
「それは別に構わないのですが、この勢いで綾先生に抱きつかれる流れとなるのは勘弁なのですが……」
「うんうん。……って、私はそんなこと一切しようと思ってないからっ!」
「それ本当です?」
「先生はいつだって健全です!」
疑うすずねと、反論する綾先生。
「だからね、七賢者の卵が集まらないことによる給料差し控え泣き寝入り案件とか嫌なのよっ!」
駄々っ子の声が部屋中に響きわたる。
「ヤダヤダ、やーだー!」
「何よ……あれ……」
「妹よ。拙者も驚いた」
「ですです。ここは念のため距離を取っておいたほうが無難かと」
この部屋でくつろいでいた先輩方は皆、ドン引きして綾先生から視線を逸らしていた。
「えっ、ちょっと……皆……」
「流石に先生が悪い」
「あっ、ハイ……。大智君……先生ちょっと反省します」
綾先生はため息をつく。
「ほほう……召使いの先生をこうやって手懐けるとは」
「すずね……また変なこと考えてない?」
「……? わたしは、いつもどおりですよ」
疑いようのない純粋の瞳の奥深くには、どす黒い不気味な微笑が見え隠れしていた。
気づいた綾先生がイジケないかだけ心配だった。
「それよりも綾先生は、そろそろ最後の七賢者の卵の居場所を突き止めないと減給が待っていそうですが」
「そうねぇ……。焦っても仕方ないから、とりあえずドアを閉めときます」
綾先生は開いているドアに手にかける。そして、そのまま勢いよく閉める。
「……っ、ひゃん」
女の子の声が漏れた。
これは……外からだ。
「綾先生、聞こえましたか?」
「うん。いまの声って、もしや……」
次の瞬間、綾先生に虫酸が走った。ドアに挟まっている左手が、震えている。
「ほほう、これはお見事。やっちゃいましたね」
「うるさいわね!」
いまにも血管のひとつや二つを切らしそうな声を出す綾先生の限界は近そうだ。
とはいえ、先に心配しないといけないのは、外にいる生徒だろう。
ドアを慎重に開けていく俺は、息を呑む。
「大丈夫ですか?」
「心配はいらないわ。あたしが全部悪いの」
痛みを堪えていた女の子は、建物の中に入ってきた。
「――癒やしの風よ、穢れき魂を修復したまえ」
小さな魔方陣が展開されて、ドアに挟んでしまった左手が一瞬だけ黄色く光る。
「これで大丈夫よ。得意分野ではないけど、一応……応急処置くらいは……」
長めの橙髪を揺らした女の子は、俺と顔を合わせる。
くりくりした目は思ったよりしっかり者って雰囲気があって、真面目そうな子と思えた。
「あたし、縁崎兎羽というの。こうみえても……入学式に遅刻しちゃったので」
「ここに来る時点で遅刻してきたのは理解できる」
「ホント? それならよかった。それじゃあお邪魔しますね」
兎羽は全部理解しているのか否かよくわからないが、これで今年度の七賢者の卵全員が集まった。
「よかった……私の給料……」
「……綾先生の本音が駄々漏れですよ」
「ほら、事実じゃない。大智君もさっさとドアを閉めて、自己紹介から始めるわよ」
「へーい」
俺はサッとドアを閉めた。
そして、振り向く。
誰よりも心配していた綾先生は、これで次の予定に進めると思って張り切っていた。




