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第一章 ブレイブ(4/4)

「では早速面接を始めよう」


 金髪の女が現れてから五分後。リオンは気を取り直して面接を始めた。一つのソファに並んで腰掛けている面接希望者の三人。彼女たちの対面のソファに腰掛けたリオンは、まず右端に座っている赤髪の女に視線を向けた。


「そちらから順番に名前と年齢、自己PRと志望動機を話してもらおうか」


「はいはーい、しつもーん」


 ソファの真ん中に座っていた金髪の女が手を上げる。金髪の女がハラハラと手を揺らしながら「きひひ」と下品な笑みを浮かべた。


「それってえ、スリーサイズとか初体験とか話した方が合格しやすいとかある?」


 金髪の女の発言に赤髪の女が「んな!?」と顔を赤くした。明らかに周りの反応を楽しむことが目的のふざけた質問に、リオンは一切の動揺もなく淡々と告げる。


「そのような無駄な情報に興味はない。貴様らは訊かれたことだけ答えればいい」


「ちぇ、つまんないの。まあガキンチョじゃ女の魅力は分かんないか、ねえチビちゃん」


 金髪の女が左端にいるおかっぱの少女に声を掛ける。だが少女は金髪の女に何も応えない。面接が始まるということでさすがに携帯ゲームは止めたようだが、少女のその視線は面接官のリオンにではなく、何もない虚空に向けられていた。


「下らん質問はするな。そこの赤髪もいちいち気にせずに話を進めろ」


「は――はい! すみません!」


 余計な茶々を入れた金髪の女を一睨みしつつ、赤髪の女がさっと席を立つ。


「グレタ・ウィズダムです! 年齢は十八になります! 実家が剣術道場を営んでいるということもあり、剣の扱いには自信があります! 幼少期より研鑽し高めてきた剣の腕を世間に役立てたいと、ブレイブを志した次第です! 本日はよろしくお願いします!」


「ほう……剣術か。剣士は冒険者でも花形のポジション。腕が立つに越したことないな」


 リオンのこの評価に赤髪の女――グレタがやや勢い込んで口調を強くした。


「はい! 剣の腕であれば師範である父にも決して劣らないと自負しております!」


「それは結構。ところでこの街に冒険者のプロダクションは他にもある。なぜこのブルフォード社との契約を希望したのか、その理由を説明してもらおうか」


「え……は、はい! それはその……御社の社風が素晴らしいことと、その理念に甚く共感したからであります! 何よりも優れた実績があります。私はブレイブを志したその時から御社を第一希望として考えていました!」


 戸惑いながら話したグレタに、リオンの背後に控えていたアイリーンがさらりと言う。


「弊社の事業手続きが完了したのは数日前なのですが、グレタさんがブレイブを志したのはその数日の間ということでしょうか?」


「ぎくり!」


 アイリーンの指摘に続いて、リオンもまた無感情のままポツリと言う。


「そもそも設立して間もないウチに社風も理念も、ましてや実績などないのだがな」


「ぎくりぎくり!」


 グレタが分かりやすく擬音を口にする。先程までハキハキと話していたのが嘘のように、途端に「あの……その……」と言葉を詰まらせるグレタ。狼狽するその彼女に――


「きひひひひひ! 何やってんのアンタ!」


 金髪の女が手を叩いて笑う。


「参考書まんまの受け答えでウケるんですけど! ぜんぜん心こもってないじゃん! そんな口から出まかせばっか言ってっから、簡単に論破されちゃうんじゃない!?」


 グレタが顔を真っ赤にして金髪の女をギロリと睨みつける。グレタの握りしめられた拳。それがプルプルと震えていた。相当腹を立てているようだ。今にも金髪の女に殴り掛かりそうなグレタに、リオンは嘆息して告げる。


「まあ良い。できたばかりの会社を希望する理由など有りはしないからな。グレタと言ったな。お前はとりあえず座れ。次はそこの騒がしい女の番だ。さっさと立て」


「お、アタシの番? はいはーい!」


 渋々といった様子で着席するグレタに代わり、今度は金髪の女が席から立ち上がる。


「まず名前と年齢だっけ? アタシはベッキー・キャンベルって名前で、歳は十七歳。見ての通りのギャルでーす。アタシの長所はみんなを明るく元気にするところかな? ムードメーカーってやつ? だからアタシってば友達からチョー愛されてっから」


「……何が元気にするだ」


 ぼそりと呟くグレタに、金髪の女――ベッキーが「あれれ?」とニンマリと笑う。


「もしかしてさっき笑ったこと怒っちゃったりしてる? いやだな冗談じゃん。アンタっておっぱい大きいのに心は狭いんだね」


「――貴様!」


「どうして冒険者を希望した」


 席から立ち上がりかけたグレタを制して、リオンはベッキーにそう尋ねた。浮かせた腰を歯噛みしながら下ろすグレタ。その彼女を横目に見ながらベッキーが首を傾げる。


「冒険者? ……ああ、ブレイブのことか。まあ思いつきなんだけど、アタシってホープソードの大ファンじゃん? 特にアラン・ブライアント様がチョー好きでさ、だから同じブレイブになればお近づきになれるかなって」


「そんな理由か?」


 むっと顔をしかめる。リオンの不満に気付いてか、ベッキーが苦笑して肩をすくめた。


「だって仕方なくない? チケットもすぐ完売して手に入らないし。近づく方法ってそれぐらいしかないじゃん。本当はホープソードが所属してるジョンストーン社に入りたかったんだけど書類審査で落とされたし。だからしょうがなくここに来たの」


「……なるほど。うちはジョンストーン社の代わりと言うことか」


「あらら? そっちも怒っちゃった? 気に触ったんならごめんね。アタシってば何でも正直に話しちゃうタイプだからさ」


「……もういい、お前は座れ。やれやれ……次、最後の黒髪――」


「ドナ・エドモンズ」


 リオンが言葉を言い終えるよりも早く、おかっぱの少女がぼそりと呟く。視線を虚空に彷徨わせたまま、席から立ち上がろうともせず、少女がぼそぼそと言葉を続ける。


「十五歳。好きなものはゲームとお菓子。この面接を受けたのは気紛れ。以上。終わり」


 勝手に話を終わらせる少女――ドナ。結局彼女について判明したことは名前と年齢、あとゲームと菓子が好きという既存情報だけだ。どいつもこいつもまともな奴がいない。リオンがそう溜息を吐いたところで、アイリーンが「エドモンズ?」と疑問符を浮かべた。


「失礼ですが、ドナさんは魔動機器の製造で有名なエドモンズ社と何か関係が?」


「……一応、親が社長やってる」


 ドナの気のないその返答に、リオンはピクリと眉を動かした。エドモンズ社。それは魔動機器製造業において高い知名度を誇る一流メーカーだ。冷蔵庫やテレビなどを含めた一般家庭に普及している魔動機器の約三割はエドモンズ製だという調査結果もあり、もはや国内でその名前を知らない者はいないだろう。


 特に最近ではホープソードを起用したCMが有名だ。自社の技術力の宣伝を目的とした、魔動機器を用いた派手な戦闘映像(プロモーション)は、幅広い年齢層で好評を博していると聞く。


「えええええ!? ちょ、マジで!? じゃあアンタってチョーお金持ちってことじゃん!」


 エドモンズの名前を聞いて、ベッキーがブラウンの瞳をキラキラと輝かせた。露骨にゴマをするような仕草をしながら、ベッキーがそっぽを向いているドナに体をすり寄せる。


「こんな場所でエドモンズ社のお嬢様と会えるなんてチョーラッキー! スマホの番号交換しようよ! メッセージアプリ使ってるならそのIDでもいいから!」


「やだ」


 ドナが短く拒絶する。眉をひそめて露骨に煩わしそうにするドナ。だがそれをまるで意に介した様子もなく、ベッキーがドナの肩に腕を回しつつペラペラと言葉を重ねる。


「そうつれないこと言わないでさ! アタシたち友達じゃん! そういえばエドモンズ社ってジョンストーン社と専属契約してるよね!? もしかしてドナちゃんに頼めば、アタシをジョンストーン社に推薦してくれちゃったりするわけ!?」


「知らない……離れて」


 肩を近づけてくるベッキーに、ドナの表情が不快感に染まる。だが嫌がる少女などまるで無視して、ベッキーがさらに顔を近づけて口を開こうとしたところ――


「――いい加減にしろ!」


 グレタが憤慨して立ち上がった。


「君の態度はさっきから何なんだ! 真面目な面接で終始ふざけて、嫌がる女の子に強引に詰め寄り、あまつさえブルフォード社の方々が目の前にいるこの状況で、他社の推薦を催促するとは無礼にもほどがあるぞ!」


「ええ、なになに? なんだってアンタが怒っちゃうわけ?」


 ドナへのアプローチを邪魔されたからか、ベッキーがやや不満げに唇を尖らせる。


「ドナちゃんとかガキンチョが怒るのはまだ分かるけど、アンタには関係ないじゃん。意味わかんないしウザいんだけど。ああ分かった。そうやっていい子ぶってさ、さっきのミスを帳消ししようとしてんだ? うわあ、やり方がチョーセコイし」


「――なっ! 私はそんなつもりなんて――」


「えい!」


 怯んだグレタの隙を突いて、ベッキーが唐突にグレタの胸を両手で鷲掴みした。「ひぃやあ!?」とグレタがヘンテコな悲鳴を上げて飛び退く。顔を真っ赤にするグレタに、ベッキーがワキワキと指を動かしながら笑う。


「いいいい、いきなり何をする!?」


「別に? 固いことばっかり言ってるからさ、おっぱいもカチカチなのかなって思っただけ。だけどおっぱいはチョー柔らかいし。ねえねえ、もっぺん触らせてよ」


 下卑た笑みを浮かべるベッキーに、グレタが表情を強張らせて後退りする。顔をさらに赤く染めていくグレタ。恥じらう彼女にベッキーがべろりと舌なめずりした。


「カワイイ反応するじゃん。きひひひひひ。何だかアタシも興奮してきたよ」


「ほ、本当に怒るぞ! それ以上近づくな!」


「そんな嫌がらなくてもいいじゃん。女の子同士なんだしさ。ただのスキンシップ。それなのに顔を真っ赤にしちゃってさ……ああ、そっか。アンタもしかして――」


 ベッキーが嘲笑しながらそれを言う。


「おっぱい揉まれて――感じちゃったんだ?」


 このベッキーの一言に――


 グレタからピシリと破裂音が鳴った。


 グレタの羞恥に染められた顔。その顔から潮が引くように赤みが消えていく。彼女の唐突な変化にベッキーが「およ?」と目を丸くする。赤みとともに魂までも抜けたように呆然とするグレタ。そしてふと彼女が部屋の隅へと歩き出した。部屋の中にいる全員に見守られている中、グレタが飾られていた観葉植物の幹を両手に握りしめて――


「――殺してやる!」


 観葉植物を剣のように振りかぶりベッキーに襲い掛かる。


「ひぃいいああああ!?」


 ベッキーが慌ててソファから飛び退く。グレタが観葉植物を振り下ろし、根元にある植木鉢をソファに叩きつけた。柔らかなソファに叩きつけたにもかかわらず、あっさりと砕ける植木鉢。それだけグレタの剣捌き――観葉植物捌き――が鋭いということだろう。


「ちょ――冗談じゃないんですけど! だ、誰か警察呼んで! コイツヤバいって!」


「逃がすかぁあああああああ!」


 グレタが観葉植物を振り回しながら、ベッキーを追いかける。グレタの鋭い剣筋を奇跡的に回避しながら部屋の中をグルグルと逃げ回るベッキー。もはや互いに周りが見えていないようで、二人は追いかけっこをしながら部屋にある家具や飾られていた小物類、窓ガラスなどを容赦なく破壊していった。


 台風のように部屋を荒らしていく二人に、リオンはソファに腰掛けたまま沈黙する。ここでふとドナに視線を移すと、彼女は我関せずとばかりにまた携帯ゲームに興じていた。彼女の中でもう面接は終了したものらしい。


「誰を採用するかお決めになりましたか?」


 勢力を強めていく台風の只中で、アイリーンが物静かにそう尋ねてくる。リオンは破壊音を片耳に聞きながら自嘲的に笑う。


「聞く必要があるかな?」


「いいえ。しかし一つ進言させてください」


 アイリーンが口調を変えず淡々と言う。


「この業界に伝手のない私たちは知名度を上げることがまず急務となります。そして知名度が上がればおのずと、集まる人材の質も向上していくことでしょう」


「……それが悪名でもか?」


「悪名は無名に勝ります。それにすでに完成された人間をプロデュースするより――」


 アイリーンの無表情に――


 小さな笑みが浮かぶ。


「少し問題がある方が面白くありませんか?」


「……少しだけならば良いのだがな」


 悪戯を思いついた子供のように笑うその孫娘に、リオンは諦めの嘆息を吐いた。


「とりあえず三人とも研修生として置いといてやる。期待はできんがな」



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