プロローグ(1/1)
そこは地中深くの洞窟であった。地下とは思えない広大な面積に、背の低い建物ならすっぽり入るだろう高い天井。触れたものをズタズタに引き裂く鋭利な岩肌の壁。周囲に設置された数十ものランプには赤い炎が灯されており、洞窟内をオレンジ色の光で満たしていた。そして今、その洞窟内において――
激しい死闘が繰り広げられている。
「喰らえ! 烈風斬!」
碧い瞳が印象的な金髪の青年。その青年が肉厚の剣を振りかぶる。まるで宝石のように美しい剣。その剣が眩い輝きに包まれていく。キリキリと碧い瞳を細めていく青年。力強く一歩足を踏み出して、青年が輝きに包まれた剣を振るった。
ブォンと鼓膜に圧力を覚えると同時、剣の刀身から風の刃が放たれる。頑強な岩さえも切り裂くだろう不可視の刃。その刃が空間を滑るように突き進み――
標的たるドラゴンに着弾する。
「グォオオオオオオオオオオオオ!」
無数に放たれた風の刃がドラゴンの全身を切り裂く。手ごたえはあった。だが致命傷には至らない。青年はそれを瞬時に理解して後方に素早く跳ねる。直後、ドラゴンの鋭く振られた尾が青年の鼻先を掠めて地面を叩いた。
「ぐぅ!」
ドラゴンの尾の直撃は避けたものの、砕けた地面の欠片が青年の全身を叩いた。堪らず地面を転がる青年。苦悶の表情を浮かべる青年のもとに一人の女性が慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!? アラン様!」
腰まで伸びた水色の髪に穏やかな水色の瞳。顔を曇らせたその美しい女性に青年は――アラン・ブライアントは痛みに震えながらも気丈に笑った。
「た……大したことない。大丈夫だ」
「何を言っているのです! ひどい怪我ですよ! 待っていてください――回復魔法」
水色髪の女性が手をかざす。女性の手首に巻かれていた腕輪が金色に輝き、アランの全身を温かな光が包み込んだ。アランの体に刻まれた無数の傷がみるみると消えていく。怪我を回復させたアランが女性に微笑む。
「ありがとう。助かったよ、ソフィア」
アランの言葉に水色髪の女性――ソフィア・ターナーが優しく微笑んだ。笑いながら見つめ合う二人。だがここでアランがハッと表情を強張らせる。大きく息を吸い込んだドラゴンが巨大な炎を口から吐き出したのだ。
アランは咄嗟にソフィアを抱きしめると、迫りくる炎から彼女を庇うよう体を回した。地面さえも焦がす灼熱の炎。その熱気にアランの全身から汗が噴き出す。
ここで高らかな声が鳴り響いた。
「障壁魔法!」
突如展開された光の障壁がアランとソフィアを包み込む。光の障壁に炎が激突。荒れ狂う炎が呆気なく四散した。唖然と目を丸くするアランとソフィア。彼らの視線の先には二人に背を向けて立つ一人の少女がいた。
「ちょっと二人とも。こんなところでイチャつかないでくれる?」
黒いツインテールを揺らしながら、少女がアランとソフィアに振り返る。からかうように黒い瞳を細めるその少女に、アランとソフィアは同時にポッと頬を赤くした。
「な……ば、馬鹿なことを言うな、パティ!」
声を荒げるアランに少女が――パティ・クワインがツインテールを揺らしながらクスクスと笑う。ソフィアから体を離して、アランが咳払いしつつ立ち上がった。
「だけど助かったよ。あれほど強力な炎も防いでしまうなんて驚いたな」
「ふふん、すごいでしょ? これまでの魔法とは一味違うんだから」
パティはそう言うと、右手に持っていた杖を誇るようにかざした。先端に蒼い宝玉が付けられた美しい杖。パティは瞳を輝かせると自身の杖をうっとりと見つめる。
「魔法の展開速度も強度も大幅に改善されているのよ。なおかつ安全性も完璧でね、誤作動率が限りになくゼロに近いのに、仮に誤作動した場合も緊急停止が働くよう高度な術式が組まれているんだから。メーカーの優れた技術力が窺えるってものよね」
「す……すごい! だがそれほどの技術力……まさかその杖を製造したのは――」
「信頼と実績――エドモンズ製品よ!」
パティが高らかに杖を掲げる。頭上にかざされた杖に、キラキラとした謎のエフェクトが施される。「や、やはりそうか!」と得心したように頷くアラン。やや興奮気味のその彼に、「……実は」とソフィアがはにかみながら自身の腕輪をかざした。
「私のこの腕輪もエドモンズ製品なんです。回復速度が改善されただけでなく、既存製品にありがちな回復後の体のだるさも抑えられる、新しい術式が採用されているんですよ」
「なるほど道理で! あれだけの怪我を一瞬で治してしまうわけだ!」
ソフィアの説明にまたもアランがうんうんと頷く。戦いの最中に雑談をするアランとソフィア、パティの三人。そして彼らの会話が終わるのを律儀に待つドラゴン。二人の杖と腕輪を物欲しそうに見ていたアランが眉尻を落として自身の剣を見やる。
「実は僕のこの剣は別メーカーのものなんだ。エドモンズ製品より安かったからね」
落胆したように頭を振るアランに、パティとソフィアが口調を強くする。
「もう、駄目じゃないアラン! 武器を選ぶことも日用品を選ぶことも、命を預けるという意味では同じことよ! 魔動機器は値段じゃなくて品質で選ばないと!」
「確かにエドモンズ製品は他社製品より割高なことが多いです。しかしそれは高度な技術力と確かな品質を確保するために仕方のないこと。少しばかりのお金を渋ったことで取り返しのつかない事故にでもなれば、ご家族の皆さんまで悲しませてしまいますよ」
「全くその通りだ。反省したよ。やっぱり魔動機器はエドモンズ製品が一番だな」
アランはそう言うと手に持っていた剣を雑に放り捨てた。空手となったアランにソフィアがどこから一振りの剣を取り出して、アランにその剣を差し出した。
「こんなこともあろうかと、エドモンズ製品の剣を用意しておきました。魔法の威力も格段に上がり安全性も確保されています。アラン様、これをお使いください」
「さすがソフィア、用意が良いね。よし、このエドモンズ製の剣さえあれば――」
アランはソフィアから剣を受け取ると、視線を鋭くしてドラゴンを見据えた。三人の会話を黙って聞いていたドラゴンが、タイミングを見計らったように凶暴な咆哮を上げる。空気を激震させるドラゴンの声にも怯まず、アランは剣を横なぎに振るった。
「――烈風斬!」
剣の刀身から風の刃が放たれる。空間を切り裂きながら直進する不可視の刃。先程放ったものと見た目には変わらない。だがドラゴンの皮膚を傷つけることしかできなかった先程の刃とは異なり、エドモンズ製の剣から放たれたその刃は――
ドラゴンの胴体と首をあっさり両断した。
バラバラになったドラゴンが沈む。どういうわけか血が一滴も流れないドラゴンの死体を確認して、アランが「す、すごい!」と剣を頭上に掲げた。
「やはりエドモンズ製品は違うな! これからはエドモンズ製品だけを使い続けるぞ!」
「私もエドモンズ製品を買います。これほど信頼できる会社は有りませんから」
「二人してズルい! あたしが一番のエドモンズ製品のファンなんだからね!」
そして三人がカメラに振り返り――
声を合わせて締めの言葉を言う。
「私たち『希望の剣』はエドモンズ社を応援します!」
『全ての人々に幸福を』
『未来を創造する会社』
『エドモンズ株式会社』
そんなテロップが流れて――
長尺のCMが終わった。