異世界転せ……え!? できない?! と思ったら異世界転生できたけど思ってたんと違う!ってなるお話
目がおかしくなったんじゃないかと思うほど真っ白な空間にぼくは縫い留められていた。
ぼくを押しつぶし、横転直前の不自然なバランスのままでピタッと止まっているのは有名な運送会社のロゴが入った2tトラックだ。
そうだ、ぼくは大学からの帰り道、信号すらないような小さな路地で突っ込んできたトラックに挽かれたんだった……。
「ぇ……あ。い、異世界転生?」
不思議なことに、押しつぶされていたはずのぼくは喋ることができた。
「いやぁ、運がありませんでしたね。あの運転手、前日の深酒が抜けてない状態で運転するなんて何を考えてるんでしょうか」
「だ、だれ!?」
不意に聞こえたのは、耳に入るだけでぞくりとするような、どこまでも澄んだ声。
その声の主はアクアマリンのような深い青髪の女性であった。後光が差しているかのような眩しさにくらくらしてしまう。
め、めがみさま……?
「本来、あなたはこんなところで終わるべきではありませんでした。ですが、この時間停止を解けばどうなるか、わかりますよね?」
不自然に傾いた状態のトラックは、どうやら女神様が時間を止めてくれているらしい。もしも動き出せばヘッドバンパーに引っ掛けたぼくを巻き込みながら横転。
ハンバーグの材料みたいな結末が待っていることだろう。
「私、あなたには期待していたんです」
「えっ、本当ですか?!」
いやいや、ぼくなんて何の取り柄もない普通の大学生ですよ?!
いや、確かに勉強も運動も平均よりはできますし、顔も特徴のない塩系ですけど平均よりちょっと上かもとは思っていましたけれど!
趣味が『免許・資格集め』なのも相まって京極夏彦の文庫本2冊分くらいの厚みになるくらい免許は持ってますけど!
免状を含めると3京極(単位)ぐらいの資格とか持ってますけどね!
「ただし、地球では時間の巻き戻しはできないんです……私の管理する異世界に行きませんか? あなたに世界を救っていただきたいんです!」
「い、行きます! 行かせてください!」
「いえ、大丈夫です。ガソリンはありませんが、代わりに魔力を充填できるようにしておきます」
「は? え? ガソリン?」
「あなたの積載量は普通なんかじゃありません! 環境がおかしくてそのことに気付けなかったんですね……!」
「せ、積載量?」
ぼくの呟きに、女神様はハァ、と大きな溜息を吐いた。
あからさまに『気分が害されました』みたいな表情でぼくを睨みつける。
「あなた、先ほどからうるさいです! 私はいまトラックさんと世界の存亡にかかわる重要な交渉をしているんです! 静かにしていてください!」
「と、トラック!? ぼくじゃなくて、トラック!?」
「当たり前です! なんで私が! 何の取り柄もない! 能力的にも外見的にも平均+0.5くらいの人間を転生させなきゃいけないんですか! 人が一人転生したくらいで世界が変わるわけないでしょう!」
「え、でも、トラック……!?」
「彼はすごいんです! 最大積載量2t! 実直な性格なのでまだ試したことはないようですが、余計な法律のない異世界なら4t近くを運ぶことができるでしょう! しかも最高時速は120km! 馬車の10倍をマークする驚異的な速度です!」
女神様はちょっと血走った眼をカッとひらくとぼくに詰め寄る。
「し・か・も! 私のチートで給油は不要! タイヤも絶対にパンクしない神様仕様! これでどれだけ戦況がかわると思いますか!?」
「戦況って、戦争しているのにトラック……? 戦車でも空母でもなく、トラック?」
「空母くんは巨体すぎて身動きが取れません! 戦車ちゃんも汎用性がないので局地的な危機しか乗り切れないでしょう。しかしトラックさんは違います!」
ビシッと指さすのはトラックの荷台。扉付きのコンテナを搭載したような感じの荷台である。
「たとえば食材! 大量の食材をピストン輸送することで兵站は劇的に改善されるでしょう!」
「ええと……言いたいことは分かりますが」
「たとえば人員! 対魔族でどうしても必要になる肉壁たちも、好きな場所から好きなだけ集めることができます! 拉致しても追手が追い付く前に戦地に送れるんですよ?!」
「不穏! 不穏すぎる発言だよっ!」
「たとえば魔道具! 魔族の強大な魔力に対抗するための大型魔道具だって、どんな場所にも運び放題ですよ!? 激戦地なので設置する人間は確実に死にますが、やっぱりピストン輸送で無限補給できます!」
「なんで人間が消耗品扱いなのっ!? あなた本当に女神様ですか?!」
「そんなわけで私はトラックさんをどうしても誘致したいの! お願いトラックさん! 今なら女神印で13兆年保証付きの撥水加工もしてあげるから!」
がばっとトラックにすがりついたイカレ女神。うん、イカレ女神で十分だこの女。
しかしイカレ女神の表情が、さぁっと青くなる。
「えっ……いや、でも……そんな……!」
何がどうなってるのかまったくわからないけれど、頭のまともなぼくには聞くことのできないトラックのことばが、きっとイカレ女神の望んでいたものではなかったんだろう。
うん、ぼくには関係ないけど。
……さっさと終わらないかな。
なんならトドメ刺してよ……!
どうせ目当てはトラックで、ぼくなんてそのまま存在ごと消滅させておしまいなんでしょ!?
ヤケクソ気味に自身の破滅を願っていたぼく。
しかしイカレ女神は油の切れた機械のような動きでぼくへと視線を動かす。
ギギギッと音がしそうな動きはまるでホラー映画のキャラクターである。
「……できますか?」
「はい? もう一回お願いしていいですか?」
「運転ですよ、運転! トラックの運転はできるかってきいてるんです!」
「ええ、まぁ。こう見えて普通免許以外にも小型特殊から――」
「あ、そういうの聞いてないんで。運転できるなら採用! あなたを運転手に採用、転生させてあげます!」
「……はぁ?」
「トラックさんは、自走できないんですっ!」
当たり前だよっ!
そもそもなんで自走前提で話を進めてたんだ!
「ええと、転生するにあたってチートとかは……?」
「トラックさんに全振りしてるのでありません。戦闘力ゼロなのですぐ死ぬでしょうけど、その前に運転方法を現地民に広めなさい」
「ふざっけんなぁ!? 誰が転生なんかするか!!!」
「ちっ……仕方ありませんね。ならば健康長寿の加護をあげましょう。むせび泣いて五体倒置で私を褒めたたえなさい」
しぶしぶといった感じで提示されたのは、普通に嬉しいけど『コレじゃない』感のあるものだ。いや、嬉しいけど地味なんだよ!
「いや、もっとこうド派手な奴とかモテそうなやつとか――」
「ごちゃごちゃ言ってるとあなたの魂をドイツ南西の樹木にブチ込みますよ!? 酸性雨で100年掛けてハゲてきますからねッ!?」
な、なんて陰湿な脅し方なんだ……!
「分かりましたよ……運転手、やります」
「初めからそういえばいいんです……さて、トラックさん。これで運転手も確保できました。……えっ? 治すんですか? この男を?」
えっ、当然治るものだと思ってたんだけど!?
まさか重傷のまま異世界に行かせるつもりだったの!?
「運転なんて腕と足だけあればいいので胴体や頭は別に……ああ、そうですね、シートも汚れてしまいますしね。撥水加工が12兆9999億9999万9999年に減っちゃいますけど本当に、本当に良いんですか? 後悔しません?」
トラック第一主義にもほどがあるだろこの女神……!
そもそも死にかけのぼくの身体を治すのと撥水加工1年が等価ってどういうことだよ……。
「トラックさんの温情に感謝して生きろよクソ人間」
「ぼく、そんなヘイト集めるようなことしましたかっ!?」
「平均+0.5の分際でチーレム主人公になれちゃうとか思う自己評価が過大な人間が嫌いなだけです!」
「辛辣ゥ……!」
ぼくの抗議は完全にスルーされ、気付けば異世界の荒野にポツンとチート満載のトラック、略してチートラと一緒に放り出されていた。
なお、あのクソ女神がぼくに異世界言語理解なんてチートを授けてくれるはずもなく、ことばが通じずにアマゾネス系爆乳美少女に殺されそうになったり神官系のじゃロリ美少女に異端審問に掛けられそうになったりと、とんでもない目に遭うんだけどそれはまた別の話。
ちなみに二人とも最終的には和解して運転手の護衛になったものの、二人そろって「チートラさんと結婚する」とか言い出した辺りで女性としてみるのをやめた。
……可愛い軽トラが産まれると良いね。
ぼく? ぼくはチートラさんのおかげで運送王として君臨して、異世界言語を根気よく教えてくれた村娘のマリアちゃんと二男三女の幸せな家庭を築いたよ。
幸せです!
幸せだけど思ってたのと違うッッッ!!!
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