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2.新人研修?それともチュートリアル?

 まごうことなき闇が視認出来た。微睡んでいただけの魂だけの状態の時は五感のすべてを失っていたが、闇も光も意識していなかった。

 しかし、今は漆黒の闇が目の前に広がっている。自分の手すら見えない。でも、視覚で闇が認識出来るように、生きていた時のような人間の体が服をまとっているかのように感じる。ぎゅっぎゅっと手を握ったり開いたりして自分の意思が反映されるかどうかを確かめてみる。

「暗い」

 声もスムーズに出た。その声もなじみのあるものとして耳に入ってきた。

<<明るくすることも出来ますよ>>

 闇の中から声がかけられた。ここに落とされる前に会話していた相手とは違うようだが、抑揚もない話し方はそれだけで人ではないと認識できた。

「あなたは?」

<<私はあなたの補佐としてこの世界に参りました。この世界の案内、説明、あなたの出来ること、出来ないことなどをアドバイスいたします>>

「アシスタント?それともナビゲーター?」

<<あなたの呼びやすいよう、いかようにも。声に出さなくとも疑問を思い浮かべるだけでもお答えします。私の声も>>

 不意に頭の中にイルカがぷかぷかと浮いている画像が思い出された。あれ、わりと好きだったなあと懐かしささえ感じられた。

「ナビちゃんで」

<<かしこまりました。暗いとおっしゃっておられましたね。私に命じてくれれば明るくなります>>

「命じる?」

<<ここはあなたのために用意されたプライベート空間です。ここを使用するためのサポートもいたします>>

「何かするためには、全てあなたを通さなければならないの?」

 鈴音の頭の中にインターネットと繋がって色々なサービスを行うあれが思い浮かんだ。ナビちゃんじゃなかったなと。

<<起動語を設定して実行するという方法もとれます>>

「起動語?」

<<それに関しては後程説明いたします。今は明るくしましょう>>

 有無を言わさず光が溢れた。イルカやア○○サと違って意思があり、強引なところもある。

 柔らかい光は目を傷めることはなかった。頭を巡らせると四角に切り取られた空間の中に閉じこめられていることに気がつく。6畳くらいのアパートの一室くらいの広さ。

「狭い」

<<広くすることも可能です>>

「どれくらい?」

<<あなたの魂の力…エネルギーによります。あなたが持っているエネルギーは相当に多いですし、さらに生産されるでしょうから>>

「魂の力?生産?」

<<魂は魄と結びつくと肉体を維持するために魂魄としてエネルギーを生産するのですが、中には創作意欲というか、何かを成し遂げたいという意思と言いましょうか。そういった衝動を抱えた魂が存在し、肉体維持のため以上のエネルギーを発することがあるです。本来は生きている間にその衝動を昇華するよう行動をし、エネルギーを消費・枯渇させてから死出の旅に出るのですが、中には不慮の事故や事件によって若くして夭折してしまった魂などはその衝動が治まらず魄が失われた後もエネルギーを生産することがあるのです。鈴音さん、今のあなたの状態です>>

「私、大往生のはずですが…」

<<あなたの場合、気が多すぎたせいです。手芸や料理、陶芸や園芸、ゲームに小説…まあ、ゲームとか小説漫画の類は消費専門のようでしたが、興味の向くまま手を出しすぎて、何一つ大成出来なかったわけです。何か一つ…手芸でも刺繍とかパッチワークとか一つに絞っていれば、それで生活できるくらいのレベルは十分いけましたし、名のある作家になれたかもしれません>>

 鈴音は心当たりがありすぎて、思わず目が泳いだ。確かにやりたいことが多すぎたし、飽きるのも早かった。

<<その力でここをあなたのお好きなようにカスタマイズできますが、こちらとしましては、その有り余る魂エネルギーをこの世界のために役立てて欲しいという希望があります>>

 ああ、そういえば何かを頼まれたなと思い出す。

<<こちらがこの世界の全体像になります>>

 目の前に画像が投影された。上空から見た俯瞰図のようだ。黒と見まがうほど深い森の中に白い大地が見える。そこには人工物が配置されているのがわかる。何もない部屋に画像だけ。かなりシュールである。椅子でもあれば新人研修を受けていると思うことも出来るが、冷たい床にぺたんと座りこんでいる状態だ。

<<魔の森と言われている大森林の中に三つの国が存在しています。全て王政です>>

「三つ…バランスをとるには最小の数ですね」

 人が三人いれば派閥が10出来るだったか。

<<三国の中心にこの世界最大のダンジョンがありますが、現在そこに到達した者はいません。三国の外縁にも森は広がっていますが、ご覧のとおり世界の果ては円形となっており、そこから先は存在しません>>

「そこに着いたらどうなるのですか?」

<<壁があるだけです>>

 画像が切り替わった。木が不規則に生い茂っている。

<<遥か先まで森が続いているように見えますが、壁に投影された映像です。もっとも辿り着いた者はまだいません。ダンジョンと同様です>>

「何故?」

<<魔物の存在です。国の周辺から離れるに従い強い魔物の棲息域となっています。現在の住民の強さでは太刀打ち出来ません>>

「まさにRPG」

<<それが元ですから仕方ありません>>

「もう一度全体像が見れますか?」

<<はい>>

 画面が切り替わった。国と国の間をつなぐ道らしきものも見える。国同士の交流はあるらしい。けれど、鈴音にはそのMAPに見覚えがなかった。ゲームをしなくなった後のものだろうか。

「ゲームの題名は何ですか?」

<<既存のものではありません。一番よくある設定を利用したと考えてください>>

「はあ」

<<ベースがあなたの世界のものなので、使われている言語は日本語です>>

「何ですかそれは!」

<<もちろん、文字もあなたが生きていた時代の日本で使われていたものがそのまま移植されています>>

 あんぐりと開いた口が閉まらない鈴音。

<<通貨も円です>>

「ゲームを使う必要あったの?日本そのままで良かったのでは?」

<<同じものを二つ作る必要がありますか?>>

 世界を創るルールがわからない以上、必要あるかないかはわからない。

<<それに、まるまる世界のコピーはそれなりにエネルギーが必要ですので、効率的とは言えません>>

 何が効率的で何が非効率的かもわかりません。

<<それに、日本人は魔法が使えません>>

「魔法?魔法が使える世界があるのですか?」

<<科学技術ではなく魔法技術が発達した世界もあります。そこの人間をコピーしました。魔物もそうです。色々な世界で似たような動物をコピーしてこの世界に入れました>>

「コピーって、そんなこと許されるのっ?」

<<魄だけです。魂のコピーは出来ません。記憶も同様です。普通はここまでまるまるコピーはしないものですが>>

 感情は全くこめられていない言い方なのにため息が聞こえそうだった。

<<本来ならば世界を創造する前にテストを繰り返すのですが、いきなり世界を創造し、既存の世界から似たようなものをコピーしまくったのです。己のみで世界を創ろうとしたため、省エネルギー化を図り、現在確立されている手法、あるいは新しい手法を取り入れました。が、その者の思った以上にエネルギーが必要であり、さらに己の力を過信しすぎて、エネルギー切れとなりました。そのため完成にはほど遠い状態で放り出される結果となり消滅の憂き目にあうところでした。もっともエネルギー切れとならなければ、その者がこの世界を勝手に作っていたことはわからなかったかもしれません。しかし、不完全な形で放り出される羽目になったこの世界は基本的な生存方法が確立されてなかったため、生物が死滅する寸前でした。持ち込まれた文明も維持するための方法は組みこまれなかったため、あっという間にアーティファクトとなってしまいました>>

「魔物も?」

<<魔物も植物もです。食物連鎖が構築されませんでした>>

「よく生きていますね」

<<ぎりぎり間に合いました。しかし、最低限の物をそろえるしかできませんでした。ここは、計画になかった世界なので、注ぎこめるエネルギーは正規の世界創造よりずっと少ないのです>>

「文明を原始まで戻さなかったのですね。王政…ならばある程度の文明はあるのですね」

<<そこまで巻き戻すと、魔物に全滅させられますから。武器も魔法も弱い魔物を倒すぎりぎりのラインで落ち着きました>>

 一つの国の様子が映しだされる。城というより砦といった堅牢な石造りの建物、高い壁。庶民のものらしき木造の家々。画面が変わり、農村風景が現れる。そこには石造りの建物はなく、小さな木の家がぽつりぽつりと建っていた。そこで生活を営んでいる人々の外見は確かに日本人とは異なっていた。どちらかというと顔の彫りは深く、体格もがっちりしている。髪の色は地球と同じようで、アニメやゲームでおなじみの奇抜な色はなさそうだ

「日焼けしていませんね」

 労働階級であれば日焼けして肌の色が濃くなるであろうに、色白を維持している。

<<紫外線が降ってきませんから>>

「はい?」

<<天動説の世界です。太陽と月が大地を回っています。星もです。それらは単なる光源のため紫外線、赤外線などありません。当然、虹も出ません>>

「そ、それでは雲は…雨とか降らないのでは…」

<<人が住んでいる場所は山も谷もあります。決して平たんな大地ではありません。水が貯まる湖もありますし、そこから流れる川もあります>>

「海…ありませんよね?川があっても循環しないのでは?」

<<魔の森が海の代わりとなっています。川は魔の森に流れこみ、大樹が根から水を吸い上げ、葉から蒸発し、雲となり、雨となって再び大地を潤します。地下水脈もあるため、水に困ることはありません>>

「なんか、無茶苦茶だわ」

 鈴音はお手上げというように手を挙げた。

<<ええ、無茶苦茶です。農作物は五種類。家畜はいません。家畜を飼う飼料の生産が難しいので。魔物で動物性たんぱく質を補っています。それ以上を揃えるエネルギーがありませんでした。というわけで、世界維持のため、さらに出来ればこの世界の文明の維持、向上のお手伝い…ですかね>>

「そんな責任重大な」

<<世界の維持を第一義に、文明のほうは出来ればというスタンスで。鈴音さんの持っている知識と現在の文明の程度と合致すれば導入して欲しいという程度です。あなたの魂エネルギーを注いでいただければ、後の微調整はこちらで行います>>

「注ぐと言われても」

 鈴音は困惑した。

<<ちょっとやってみましょうか>>

 気軽に提案された。

<<魂エネルギーを使用してみましょう>>

「チュートリアルかよっ」

 世界の維持という責任重大な役目のわりに軽い口調に鈴音は思わす叫んでしまった。

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